風のたより

つれづれに

               ~~~~~   マルセイユ、そしてゴッホのアルルへ   ~~~~~

2014-12-28 | クルーズ その1 (地中海クルーズ)



午後1時、MSCは最後の寄港地となるフランス最古で最大の港町マルセイユに入りました。
港の駐車場にもいっぱいの車が見えます。

一度来たかったここがマルセイユ!!
さっそく下船後バスでの観光が始まりました。





マルセイユとういと港町のイメージが強いのですが、移動中のバスの中から見える街並みはどれも立派で
けっこうな商業都市という感じでした。





バスは街を抜けてマルセイユ旧港ヴューポールにやってきました。

広い通りをはさんで前は港、後ろには瀟洒な建物やホテルが林立しています。





下りたバスの後ろには、たくさんの旗がはためく市庁舎が、、、

旧港の周囲には見事な建築遺産が多く集まっているようですが、この市庁舎もその一つのようです。
港の正面にありました。





港からは高台に聳えるノートルダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂がみえています。
この大聖堂はマルセイユのシンボルとか。





この港も朝には鮮魚市が立ち、大通り沿いにはシーフードレストランが数多く軒を並べていて、マルセイユ市内
でもとくに賑わう場所とか。  
きっとここでブイヤベースを食べたら、本場の味が楽しめたでしょうね。





バスはその後、マルセイユからゴッホの愛したアルルの町へと向かいました。

バスから降りて最初に向かったのは、アルルのローマ遺跡の円形闘技場。
この闘技場と周辺のロマネスク様式建造物群は、1981年に世界遺産に登録されています。





闘技場沿いの道にはこんな絵が、、、、、

うっかり現地ガイドさんのお話を聞き逃したのですが、どうやらこの絵はゴッホの絵のようでした。
ここに看板があるということは、当時のこの辺りの光景を絵にしたものでしょうね。
ひょっとしたら、この闘技場の中の観客の様子を描いたのかもしれません。





そしてここが円形闘技場。

小雨が降り出し足元が濡れて滑りそうになりながら、闘技場の古い石段を登り一番上まで行ってみました。
(危ない危ない!!)





この円形闘技場は、アルルに残るローマ遺跡で1世紀末ごろに建造され、3層構造で2万人を収容できる巨大な
建造物だったとか。
現在は最上階が失われ、2層の建造物として残っています。

ローマのコロッセオより一回り小さい感じですが、当時やっていたことは同じで、今でもコンサート
や各種イベントに使われているのだそうです。





この円形闘技場の屋上からはアルルの街並みが一望できました。

小雨に煙る街並みの風景はちょっと残念ですが、、、、

あのゴッホがこのアルルの町に初めて来た日は、2月の冷たい雪の降る日だったとか。
南仏の明るい光と太陽を求めて来たはずなのに、雪の降る街並みを、そしてこの地特有のアルプス
下ろしのミストラル言われる風の中をゴッホはどんな思いで宿屋を探して歩いたのでしょう?





ゴッホの泊ったその宿屋があった辺りが遠くに見えるということでしたが、曇りから小雨の天気ではっきりと
確認できませんでした。
遠く左上に見える大きく蛇行しているのがローヌ川のようですが、、、、





このあとアルルの街並みを歩くころはかなり降り出してきました。
白い雨粒が写真に写っています。

うっかりバスに傘を置いてきてしまいお仲間の方の傘に入れて頂きなんとか、、、、
帽子をかぶっていたのが救いでしたが、、、、





最後に向かったのは、アルルで描いたゴッホの絵「夜のカフェテラス」の今でも現存するカフェのある場所へ。

かなり入り組んだ曲がりくねった細道を傘をさしながら皆さんもくもくと歩きます。





そしてしばらく歩いた先にあったのは、、、、あの絵と同じカフェでした。
カフェはフォーロム広場に面して建っています。





このカフェが、1888年9月ゴッホが「夜のカフェテラス」として描いた場所なんですね。
やっとたどりついたカフェですが意外に狭い場所でした。

今でもカフェ・バン・ゴッホとして普通に営業されているようです。





そしてこれがゴッホの描いた「夜のカフェテラス」(ネットからお借りしました)

今から126年も前に描かれた絵と同じ場所に立っていることの不思議、、、、
周りの雰囲気もきっと当時とそんなに変わっていないのではと思います。





このカフェの前に置かれた案内板。

100年以上たった今でも人がたえないこの場所ですが、当時ゴッホが画いた絵の中で売れたのは
たった一枚だったといわれています。
なんて皮肉なことでしょう。
芸術とはそういうものなのかもしれませんが、、、、

ゴッホはこのアルルに1888年2月20日から翌89年5月8日まで、ほぼ15ヵ月過ごし、200枚の油絵を制作し、
100枚以上の素描と水彩画を描き、約200通の手紙を書いたと言われています。

このアルルはゴッホの画家としての生活の中で一番充実していた時だったとも言われています。





アルルの観光が終了後バスが来るまで10分ほどの自由時間があったので、最後にもう一度見たいと
娘とふたり来た時とは反対の方からあのカフェに戻りました。

ゴッホの絵に中に描かれている建物と建物の間の道です。
あの絵の反対からの光景です。





そしてもう一度、、、、誰もいないカフェを、、、、
旅の最後に見たものは、あのゴッホの印象的な絵である「夜のカフェテラス」でした。





船旅の最後の日、お世話になった部屋のベランダからマルセイユの街を眺めました。

その後午後8時、船はゆっくりと最後の寄港地マルセイユ港を離れ、最初に乗り込んだイタリアのジェノバ港
に向かい、その後無事下船。
ジェノバからはバスでミラノまで移動し、ミラノからカタール空港のドーハを経由し無事日本に戻りました。

自分の記録の為に、記憶の薄れないうちにと綴ってきました旅行記に長い間お付き合いいただき
ありがとうございました。

今年もあとわずかとなりました。
来る年も皆さまにとって幸多い年でありますようにお祈りいたします。

それでは皆様よいお年を。


(完)

                ~~~~~    近代都市バレンシア    ~~~~~

2014-12-25 | クルーズ その1 (地中海クルーズ)



地中海を時計回りに進んできたMSCは、マヨルカ島をあとにし翌日の朝スペイン第3の都市のバレンシア
にやってきました。

これまでは各国でたくさんの荘厳なカテドラルや歴史的建造物を見ることが多かったのですが、バレンシアで
最初に目にしたものは、全く違う近未来的な建物群でした。





バスから降りてさっそく見たものは、どれもこれも近代的な建物ばかり、、、、

ここはバレンシアの新しい顔として最近有名になった「芸術科学都市」という場所だとか。





橋の向こう側に見えるのは、丸いドーム型のソフィア王妃芸術宮殿。





そしてこちら手前がIMAXシアターの「レミスフェリック」といわれる建物と後ろががフェリペ王子科学博物館。
どちらもまるで今まで見てきた建造物とは全く違う様子に、ただただ圧倒されました。





まるで恐竜の背骨を連想させるようなフェリペ王子科学博物館は、その中でも異彩を放していました。

これらはいづれもスペインの科学と芸術を複合させた施設ですが、もともとこの場所は1957年に大洪水を
起こし、その後1980年に公園となったトゥリア川の古い川床にたてられた現代建築群なのだそうです。
マドリッドでもバルセロナでも見たことがないスペインの新しい顔を見た思いでした。





この後はバレンシアの街中を歩き大聖堂に向かいます。
バレンシアの清々しい朝の明るい日射しが街に注いでいました。





バレンシア大聖堂が見えてきました。
高い塔の上には鐘楼があるような、、、、とみていると、、、





その建物の前になぜか綺麗な民族衣装を着た男女の姿、、、、
これは一体??
思わず皆さん持っていてカメラを向けて思いがけない光景を喜んで撮らせていただきました。





これは単に結婚式の記念写真を撮っていたのでしょうか、それとも観光客へのスペインらしいサービス??
いづれにしても観光客にとっては、スペインの素晴らしい民族衣装を見せていただけラッキーでした。





そしてここがカテドラル。
ここが3つあるといわれている入口のうちの正面にあるバロック様式のファサード。





そしてこれがカテドラル内部の祭壇。

街の喧騒を離れ、ここだけはしんと静まり荘厳な空気が流れます。
今までにどれだけ同じような光景を目にしたことでしょう。





大聖堂を出てから、ふたたび街を歩きスペインの建物などを眺め~~~~





街の雰囲気を感じながら次の中央市場へと向かいます。

後ろの赤いオープンカーは、街を回る観光バスのようです。





途中こんなオレンジの木を見つけたり、、、
それもそのはず、ここはバレンシア、、、バレンシアオレンジの産地でした。





又、こんな光景にも遭遇!!

プロのカメラマンでしょうか?
カメラとマイクが付いていて一人で取材しているところだったのでしょうか?
こんな撮影の仕方は初めて見ました。





そしてバレンシア中央市場が見えてきました。
外観はとても市場というイメージとは違いお洒落な感じがします。





それもそのはずで、この建物は19世紀末から20世紀初頭にヨーロッパで流行した芸術運動「モデルニスモ」
という様式で建てられたものだとか。

この市場はヨーロッパでも有数の大きさを誇り、建物はガラスドーム型で、中では数百ものブースが入っています。





中は観光客や地元の買い物客でいっぱいで活気づいていました。

やはり目を引くのは店頭にズラリとぶら下がっているこの生ハム、壮観ですね。
カラスミのお店もありました。





この果物店で飲んだマンゴーオレンジの味はフレッシュで最高でした。





市場の外には、ここにもいろんなお店が並び活気にあふれています。





並んだお店の中には、、、、、ありました!!パエリアのお鍋!!
大きさもいろいろですが、一つほしいと思っていたので、中の大きさのお鍋をついにゲットしました。

船に戻ると、夜は2回目のフォーマルナイトがありました。
そしてクルーズは、いよいよ最後の寄港地となるマルセーユに向けて午後2時半出港しました。

(続)

                  ~~~~~    パルマ・デ・マヨルカ    ~~~~~

2014-12-21 | クルーズ その1 (地中海クルーズ)



アフリカのチュニス港を午後2時過ぎ出港した船は、翌日午後時3時過ぎ次の寄港地マヨルカ島に着きました。

マヨルカ島は、西地中海に浮かぶスペインバレアレス諸島自治州の中心となる島で、州都はパルマ・デ・マヨルカ。
マヨルカ島は、スペイン王室一家が毎年夏のバカンスを過ごすことでも知られているリゾート地で、
なぜかイギリスやドイツからの移住や別荘も多いとか。

マヨルカ島観光の始めは、壮大なゴシック建築のカテドラルから始まりました。
バスから降りてカテドラルまでの道を歩きます。





海の近くに建てられたパルマ・デ・マヨルカ大聖堂。

1229年イスラム教徒による支配から国土回復運動としてマヨルカ島を奪還したハイメ一世が、その記念として
建設を命じたものでしたが、完成までにはその後数百年を要し、完成したのが1601年だったとか。

この大聖堂の中央祭壇には、バルセロナに多くの傑作を残したガウディのデザインによる珍しい鉄製の天がい飾り
があることで有名のようですが、今回は中に入る時間がなく残念でした。





次に行ったのがベルベル城。

マヨルカ王の夏の離宮として使われたいたベルベル城は、20世紀初頭までは要塞や監獄として使われて
いた事もあるとか。





中はバームクーヘンのようにくり抜かれた珍しい形で、14世紀に建てられたお城ということでした。





このお城は、パルマの町と港が一望できる高台にあり、その景色はすばらしいの一言。
ベルベルとは、”素晴らしい眺め”という意味があるのだそうです。納得!!

ここマヨルカ島にはイギリスやドイツからの移住者も多く、特にドイツ人にとってマヨルカは日本でいう
ハワイのようなものとか。
特に夏には英語とドイツ語が多く聞かれるのだそうです。

そういえばあのショパンもこのマヨルカ島でひとときを過ごしたことでも有名ですね。
パルマ・デ・マヨルカから、バスで約30分のところのバルデモサという小さな村に滞在し、有名なあの
「雨だれのプレリュード」を作曲したと言われています。

本当はそのバルデモサに行きたかったのですが、午後5時には閉館と聞き時間が合わず断念しました。





この高台からはパルマ港に停泊している我々の乗ってきたMSCの姿も見ることが出来、ちょっと感激でした。





二つの観光を終えた後は、このメインストリートに並ぶデパートの前で自由行動となりました。
添乗員さんと一緒にという手もあったのでうが、私達母娘はここで離団届けを出し、出港までの数時間
皆さんとは離れ自由行動をとることになりました。





さっそく親子で街をぶらぶら~~~
売店を眺めているうちに、変った形の後ろの建物が気になりました。





で回ってみると、、、、

なんと以前バルセロナで見たガウディーの建物にそっくり、、、、
そう、ここはスペインの一部なんですね。





ぶらぶらしているうちに、こんなお店も発見!!

お店を覗くと、天井までびっしりとマヨルカの特産品がぶら下がっています。
中身は一体何なのでしょう??
ひょっとしたら豚のパプリカで味付けされた腸詰の「ソブラサダ」というものかもしれません。





美味しそうなジェラートのお店。どれも美味しそう!!





さらに階段を登って、、、、上の街中へ~~~

クリスマス用でしょうか、お星様の形をした飾りがきらきらしています。





そして、街中で見かけたこれは、、、、マクドナルド???

でも日本でよく見かける赤地に黄色とは違い、グリーン地に黄色は初めて。
ところ変われば~~~なんですね。





さらに街中をぶらぶら~~~
このお店はスペインで有名店、やっぱりマヨルカ島はスペインなんですね。

だいぶ自由時間を楽しみ孫たちへのお土産も買う時間があり満足したあとは、坂を下りてもう一度
大聖堂まで下りてきてみると~~~~





昼間見たときとは違うライトアップされた大聖堂に遭遇!!
うわー、綺麗!!





昼間は気付かなかった大聖堂前の大きな池の中に浮かぶ噴水と夜景の美しさにしばし見とれました。

でもそろそろ戻らないと、、、、
添乗員さんは「帰りはタクシーがお薦めですよ」ということでしたが、あえて港までの市バスに
乗ってみることにしました。
バスの中では親切なおばちゃんに出会い意気投合!!こんなことも旅の楽しみなんですね。

で、ちゃんと港近くのバス亭に着きました。





下りたバス亭からしばらく歩くと、接岸しているMSCの姿が見えてきました。
こんな角度から、そして夜の海に浮かぶライトアップされた船の姿を見るのは初めてでちょっと感激です。





無事に戻れたことと、自由行動だから見られた街の風景を思い出しながら~~~





皆さんはもうとっくにお部屋でゆっくりされていることでしょう。

このあと船は、深夜12時過ぎ次の寄港地バレンシアに向けて出港しました。
さっき見てきたライトアップされたマヨルカ大聖堂の光が船のデッキからよく見えていました。

(続)

                 ~~~~~   MSC(ムジカ)船内案内   ~~~~~

2014-12-17 | クルーズ その1 (地中海クルーズ)



アフリカのチュニスを午後2時出港した船は、地中海に浮かぶマヨルカ島に向けて一晩中
静かに走り続けました。
バルコニーから船の軌跡をぼんやりと眺めたり、、、

この日は午後からのスケジュールで珍しく朝ゆっくりでき、まだ見ていない船内をさっそく探索に。





先ずは最上階のメインデッキへ。

朝早かったせいか人の姿はちらほら、、、デッキに並ぶライトの光が綺麗です。





船上には、こんなミニゴルフ場や、、、





テニスコートもありました。
天気の日には、きっとここでプレーする人も多いのでしょうね。

まだ朝も早く天気もいまいちの今朝は、まだ人の姿はありません。





娘と二人、デッキの周りを軽くウォーキングしながらあれこれカメラに収めているうちに周りが
ちょっと明るくなってきましたが、海風が強く、そのうえ小雨が降り出しあわてて室内に戻りました。





今回初めてのクルーズでいろいろ知ることが出来ました。

まず船への乗船には、港からギャングウェーと言われるこの橋を渡ります。
入口では、事前に渡されたクルーズカードを見せると一人づつコンピーユーターで制御されたチェックが入ります。
事前に登録するために撮られた顔写真と照らし合せて一人づつチェックされます。

このチェックは乗下船の際,そのつど行われけっこう厳重でした。





乗船後、まずはメインのレセプションルームへ。

ここが5階にあるこの船のメインのレセプションルームです。
深いソファーにゆっくりと座り休憩するのもいいですね。





一段と高くなったガラス張りの中に置かれたピアノからは、いつも素敵なピアノ曲が流れたり
フルートの音色が流れていました。





5階には、チョイスメニューのできる「ロレアンドロ」というレストランがありました。
ここでの食事は、たくさんのメニューから前菜からメインまで一人づつ選ばなくてはなりません。





選んだお食事はボーイさんが運んで来てくれ、船旅ならではのちょっとぜいたく気分を味わえるのですが
選ぶ手間と、もっと気軽に好きなものを好きなだけと思えば、、、





13階に上がればバイキング形式のブュフェレストランがあり、ほぼ一日中オープンしているので
いつでも自由に気軽にお食事が出来ます。

ここはいつ行っても席がとれないほど人がいっぱいでした。





さらに6階にはバーラウンジや、、、





カクテルラウンジ(ブルーベルベット)などがあり、最初のフォーマルナイトの折、ここでガラカクテル
の無料サービスをうけました。

こんな贅沢な経験も初めてでしたが、、、





同じ6階の船の最後尾にはショーの行われるシアターがあり、今回は観光の終了後夜の9時頃から
開催されるショーを4回ほど見ることが出来ました。

特にイタリアのカンツォーネを歌った歌手の声は、ルチアーノパバロッティーにそっくりでびっくりでした。
ショー「ラグジュアリー」という題でしたが、ふだんこんなまじかで観劇することもないので、大人向けの
素敵なショーにはうっとりでした。

なお船の中でのお食事じやショーは全て乗船代に含まれています。





さらに1階上の7階には、カジノもありました。
横を通り過ぎただけで御縁は全くありませんでしたけど、、、





同じ7階にある、これは確かカードルーム。
静かな雰囲気でした。





そして、フォトギャラリーも7階にありました。

このフォトギャラリーには、いろいろの催しの際、プロのカメラマンが撮った写真が日を追って
展示されており、気にいった写真を買うことが出来ます。

私達母娘も一眼、コンデジ、アイフォンとそれぞれ持っていき、おまけに今流行の自撮り棒まで
持参し、たっふり撮ったはずでしたが、プロのカメラアングルには負けて数枚買うことになりました。(笑)

少々高いのですが,これも旅の記念と思うとなんとなく納得してしまって、、、、、、





8階から12階までは客室ですが、13階にはこんなお部屋も。

どうやらここは、ゆったりと体を休めるスパ&エステのようです。
ここは乗船代とは別料金で有料のようです。





その先には、海を眺めながらのフィットネスルームが、、、、

持参したウェアと靴が必要とか。
ここもどうやら有料のようです。





同じ13階のメインプールの場所に出てみると、朝とは違いいっぱいの人で賑わっていました。
船旅の醍醐味は、やっぱりデッキから大海原をゆっくりと眺めることかもしれません。

                   ~~~~~   チュニジアンブルーの街    ~~~~~

2014-12-14 | クルーズ その1 (地中海クルーズ)



日本を発ってから丁度1週間、クルーズが始まって5日目の朝、船はイタリアを離れアフリカの
チュニスに入りました。
接岸されたMSCが上陸後の手続きを終えて出た広場から見えています。

この日は曇りからちょっと小雨。
去年モロッコに行ったので、北アフリカのチュニスは二度目のアフリカの大地です。





アフリカというだけで広い砂漠を連想してしまいますが、街中に出るとこんな感じでコロニアル風な
建物があちこちに見られ、アフリカというイメージには程遠い印象です。





ここはチュニスの観光地、メディナ(旧市街)の入口に建つフランス門。
フランス門ということは、、、そう、チュニスは昔フランスの植民地だったのでした。





さっそくこの門から入り街の中心へ、、、

目抜き通りであるハビブ・ブルギバ通りには、中央に街路樹の植えられた遊歩道があり、ここがチュニスの街
とはとても思えない雰囲気です。





洒落な建物と並木に沿って並ぶオープンテラスのカフェは、パリのシャンゼリゼ通りを感じさせる雰囲気が
漂っていました。
ここがアフリカとは、、、、??





この後は旧市街メディナの散策になりました。

細い路地の両側にぎっしりと並ぶ店々。
店に置かれている物は、同じアフリカですから去年行ったモロッコで見たお土産とほとんど一緒でしたが、、





こんなきれいなアクセサリーも、、、、

次に行った観光地で、同じような感じのネックレスを見つけ、30ユーロと言うのを5ユーロに値切って
旅の記念に一つ買いましたが、、、、

観光客を見ると(特に日本人と分かると)大体かなり吹っかけて値段を言ってくるので要注意です。





散策後はここからバスで世界遺産にもなっている古代都市カルタゴ遺跡観光に出かけました。

カルタゴ博物館のあるビュルサの丘からは、眼下に地中海とチュニスの街が見渡せました。





ビュルサの丘にはいたるところに遺跡がゴロゴロという感じです。





カルタゴ博物館では、たくさんのモザイク画や、、、、





数々の素晴らしい彫刻を見ることが出来ました。

息をのむほど素晴らしかった女神の彫刻。
布の薄く柔らかい襞や重なりが、見事に表現されていました。





カルタゴの遺跡は、紀元前814年にフェニキア人よって建設された古代都市でしたが、元前2世紀の
ポエニ戦争でローマ軍に徹底的に破壊され、現在見られるのはローマ時代に造られたものだとか。

かつての夢のあとを遺跡が静かに語りかけてくるようでした。





その後バスは、アントニヌスの共同浴場跡へと向かいました。

海を背景に建てられた広大な公衆浴場で、2世紀にローマのアントニヌス・ピウスにより建設され大理石を
ふんだんに使った巨大な公衆浴場だったようです。

遺跡の中は自由に見学が出来ました。





当時建物は2階建てで、更衣室・温浴風呂・水風呂・サウナ・プール・噴水・談話室・トイレ等100を超える
部屋があったとか。





共同浴場とはいってもサウナやプール、図書館、運動場まであり、床にはモザイク画、周りにはたくさんの
彫刻などが施されていたのだそうです。

凄いですね!!





現在の大型スーパー銭湯や大健康ランドも追いつかないほどのかなり立派な設備だったんですね。

ただただ圧倒され写真だけはパチパチと撮ってきましたが、、、、





このアントニヌスの共同浴場は、1980年から1988年にかけてユネスコの協力で修復、復元され今では
世界遺産になっています。





後で知ったのですが、、、、

このアントニヌスの共同浴場のすぐ近くには大統領官邸があり、そちらへカメラを向けての撮影は禁止だったとか。
丘の上にある白い壁の向こうが大統領官邸です。

知らずに撮った写真の中に大統領官邸が偶然写り込んだ写真がありびっくりでした。(笑)
たしかに国旗が掲げられています。





この日の最後に訪れたのは、チュニジアで一番の観光地と言われるシディ・ブ・サイド。

白壁にチュニジアンブルーが映えるシディ・ブ・サイドは、「白と青の小さな楽園」とも言われるとか。





確かに白い壁に青い窓の家々が続きます。





この白い壁に青い窓のせいか、お店の前に並んでいる物もなぜか綺麗に見えてしまいます。





目の覚めるようなチュニジアンブルーの門。

真夏だったらもっともっと鮮やかだったのかもしれませんが、11月でも十分綺麗でした。






この日の夜、船の中で行われた催しは、、、、

「イタリアンカラー」と言うことで、何か赤、緑,白の物を身につけるか持参するということでした。

腰に三色を着けたボーイさんたちが掲げているのは、甘いチョコレートケーキで長い行進の後
皆さんに配られました。

こんなお遊びをするのも、MSCがイタリアの客船だからでしょうね。


(続)