1月17日、あの阪神・淡路大震災から28年を迎えたが、もう28年も前の出来事という印象である。月日が経つのも早いものである。1995年当時、関連会社に出向中であったが、大阪支店と神戸営業所を持っていたので、地震発生時からその情報整理で大変であった。朝5時46分の発生であったが、ニュース速報で地震を知り、すぐに出社したのを覚えている。会社の業務部長という立場にあったので、社員の安否確認作業に追われた。
記憶に残っていることは、本体の会社が救助の船を手配したが、関連会社のスタッフは置き去りにされたこと、社員にケガを含め犠牲者はいなかったが、家族が巻き込まれたケースがあったこと、私用で関西圏にいなかった社員がいたこと等である。初めは、被害の程度がよくわからなかったが、時間が経つにつれて、テレビでも被害が拡大していく状況が報道されていったことに心が痛む思いであった。被災から1年後位に大阪に出張する機会があったが、神戸の被災地にも足を運び、つぶれた建物等の残骸を見て回って、当時の悲惨な状況を目にした。
あれからもう28年、東日本大震災から12年、地震は忘れた頃にやって来るというので、大地震に備える必要性を痛感する。一応、ミネラルウオーターを買いだめたり、長期保存の食品を確保したり、防災グッズを入れたリュックを傍に置いているが、危機意識は薄れている感がある。いつ起こってもおかしくない大地震を考えると、原発推進に舵を切ろうとしている岸田政権に危うさを感じる。地震情報が出るたびに、原発に被害は出ていないというニュースが流れるが、そんなに深い関係があり、怖いのであれば、原発推進を見直すべきである。いまだに後遺症の残る福島原発の事故の教訓は全く生かされていない気がしてならない。
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