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「空が青いから白をえらんだのです―奈良少年刑務所詩集―」 寮美千子・編 新潮文庫
平成二十三年六月一日発行・平成二十八年八月二十日 三刷
「くも」
空が青いから白をえらんだのです
Aくんは、普段はあまりものを言わない子でした。そんなAくんが、この詩を朗読したとたん、堰を切ったように語り出したのです。
「今年でおかあさんの七回忌です。おかあさんは病院で
『つらいことがあったら、空を見て。そこにわたしがいるから』
とぼくにいってくれました。それが、最後の言葉でした。
おとうさんは、体の弱いおかあさんをいつも殴っていた。
ぼく、小さかったから、何もできなくて・・・・」
Aくんがそう言うと、教室の仲間たちが手を挙げ、次々に語りだしました。
「この詩を書いたことが、Aくんの親孝行やと思いました」
「Aくんのおかあさんは、まっ白でふわふわなんやと思いました」
「ぼくはおかあさんを知りません。でも、この詩を読んで、
空を見たら、ぼくもおかあさんに会えるような気がしました」
と言った子は、そのままおいおい泣きだしました。
自分の詩が、みんなに届き、心を揺さぶったことを感じたAくん。
いつにない、はればれとした表情をしていました。
たった一行に込められた思いの深さ。そこからつながる心の輪。
「詩」によって開かれた心の扉に、目を見開かれる思いがしました。
こう寮さんは書いています。
奈良少年刑務所には、犯罪傾向の進んでいない入所時の年齢が17歳以上26歳未満の若い世代の受刑者約700名が収容されているそうです。(この文庫本が出版された平成23年頃のデーターかと推察)
その中の「社会性涵養プログラム」5期目までの受講者の詩57編がこの本には収められています。
「社会性涵養プログラム」とは受刑者たちの更生を願い、三つの要素から構成されています。
1・SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)
2・絵画
3・童話と詩
で、
それぞれ月1回、1時間半の授業があり、月3回の授業を六か月、合計18回の授業を行うものです。受講生は10人前後。
寮美千子氏はこの3つめの授業を担当したのですね。
このプログラムを受ける対象となるのは、刑務所の中でも、みんなと歩調を合わせるのがむずかしく、いじめの対象になりかねない人や、極端に内気で自己表現が苦手だったり、動作がゆっくりだったり、虐待された記憶から心を閉ざしがちな人です。
最初、受講予定者に殺人、強盗、レイプなどの重罪を犯した人もいると聞いて、講師を引き受けるべきか迷った寮さん。
その寮さんの気持ちを動かしたのは教育関係を統括する教官が見せた受刑者たちの更生を願う深い愛情でした。
「家庭では育児放棄され、まわりにお手本になる大人もなく、学校では落ちこぼれの問題児で先生からもまともに相手をしてもらえず、かといって福祉の網の目にもかからなかった。ですから、情緒が耕されていない、荒地のままです。」
寮さんの授業を最初は受け入れなかった受講者の皆さんが徐々に心を開いていく過程は、魔法がかけられたのではとさえ思ってしまいます。
内気で自信がなかったEくん、得意の魚釣りから魚に詳しいと知り、その話題を振ると積極的に説明し始め、工場でも見違えるようにしっかりし、みんなとうまくやっていけるようになったそうです。
足を広げてふんぞり返っていたO君。俳句を褒められたことをきっかけに腰掛ける姿勢まで変わっり、授業に興味を持ち、身を乗り出すようになったとか。
自傷傾向にあったKくんは妄想や空想をノートに書きつけ、心から取り出して客観化できるようになりました。すると心が落ち着き、今では仲間から人生相談を受け、答えてあげる立場になったとのことです。
寮さんは「芸術の力」「詩の力」について思いを馳せています。
目に見えて何かが大きく動くのは、彼ら自身に「詩」を書いてもらい、それを合評する段になってからだ。普段語る機会のないことや、めったに見せない心のうちを言葉にし、文字として綴り、それを声に出して、みんなの前で朗読する。
その一連の過程は、どこか神聖なものだ。仲間が朗読する詩を聞くとき、皆耳を澄まし、心を澄ます。たった数行の言葉は、ある時は百万語を費やすよりも強い言葉として、相手の胸に届いていく。届いたという実感を、彼らは合評の中で感じ取っていく。ー中略ー
出来不出来など関係ない。うまいもへたもない。「詩」のつもりで書いた言葉がそこに存在し、それをみんなで共有する「場」を持つだけで、それは本物の「詩」になり、深い交流が生まれるのだ。
大切なのは、そこだと思う。人の言葉の表面ではなく、その芯にある心に、じっと耳を傾けること。
詩が本当の力を発揮できるのは、実は本のなかではなく、そのような「場」にこそあるのではないかとさえ感じた。
寮さんは教官の方々の細やかな対応があったからこそ受講生が心を開き、自分の授業が好ましい結果を生んでいるのだろうと語っています。
もちろん、それはそうかもしれないのですが、やはり、寮さん自身が持つ多様な底力が教室に文学的な雰囲気を醸し出し、受講生が前向きに学ぼうとする力を引き出しているのだろうと思います。
すっかり、引用などで長くなってしまいました。最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。