GABACHOP〜あがんにゃな日々〜

趣味について、日記がてら。

横道魂

2006年12月24日 | 横道坊主
 12月23日、大阪アメリカ村のライブハウス・キングコブラに行ってきました。お目当ては横道坊主のロングライブ『横道魂』。

 横道坊主がオールナイトライブを始めて10年。ついに大阪での初オールナイトライブが敢行されるとあっちゃあ、ファンならかけつけずにどうするって話だしょ。

 さて当日。オールナイトライブの予定は若干変更、夕方18:00からのロングライブとなりました。とはいえ予定40曲&4時間の、演るほうも見るほうも覚悟を強いられる過酷かつ極上なライブであることに変わりはありません。

 宿泊先の大阪帝国ホテル(という名のビジネスホテル)に荷物とコートを預け、ライブに備えて軽装にチェンジ、コンビニ弁当かっ喰らい、栄養ドリンクを買って、いざ出陣。

 会場はあまり広くなく、出入り口となる階段も人がすれ違うだけで精一杯な広さのため、整理券番号待ちは向かいの三角公園で。俺の番号は70番。これは後ろのほうかなー、と覚悟していたのだけど、案外開場時間に間に合わなかった人が多かったのか、前列3番目を確保。

 予定より10分ほどが過ぎたころ、待ちきれなくなったファンがメンバ-のコールを始める。

 そしてついに、横道登場の合図、リチャード・ヘルの『ブランク・ジェネレーション』が鳴り響く。平均年齢40歳超えのオヤジバンドのはずなのに、このかっこよさはなんだろう。高鳴る心臓の鼓動がビートを刻み、脳内麻薬は垂れ流し状態。鳥肌はこういう時に立てるもんだ。

 周囲のファンと、もみくちゃのわやくちゃになりながら、立っているのがやっとの状態を耐える耐える。スピーカーからの爆音と周囲の熱気で三半規管も半麻痺。次第にしびれて来る足。

でも15曲を過ぎたあたりから、マラソンで言うランナーズハイみたいになってきて、もう何曲でも来い!の境地に。

 そして2度のアンコールを含めて約40曲。気づけばあっという間でした。『ミサイル』で揺さぶられ、『がむしゃらのブルース』で吠え、『春夏秋冬』で泣き、『NOT FOR SALE』で震え、『Crazy Hearts Blues』で全てが吹き飛んだ。義人さん今井さんのギターにも触ることができたし(←あくまで演奏終了後の成り行きで)、終幕時恒例のコブシごっつんこもきっちりやったさ。

 20代最後のクリスマス。男なら誰もが夢見る、イブを彼女と過ごすという偉業は、結局10年間で1度しか達成できず、通常ならこの時期、社会と時代を憎みながらイヒイヒしつつやり過ごすところですが、その暗黒の10年がチャラになるぐらいの、そんな体験を与えてくれたライブでした。

 スピーカーの前にいたせいか、右耳がほとんど聞こえない状況が今も続いています。ライブのあとはいつもこうなるのだけど、今回のはとくにひどい。でも、この素晴らしい体験の代償と思えば安いもんだぜ。

 ありがとう横道坊主。今後も追っかけます!



硫黄島からの手紙

2006年12月16日 | 映画
 映画『硫黄島からの手紙』を見てきました。

 俺が日本映画を見ない理由は、普段テレビなどで見ている芸能人がスクリーンに登場していることが、うそ臭さにまみれて見えるから。どんなに演技が上手くても、渡辺謙は渡辺謙じゃん!としか感じれないから厄介なのです。けして嫌いじゃないのだけど、むしろおもしろく見たいのだけど、どうしても違和感がぬぐえない。

 ただ、この映画がよかったのは、俺が知っている芸能人が渡辺謙と中村獅道くらいであったことと、渡辺謙はラストサムライのイメージが強すぎたため、多少別人寄りに見ることができ、また中村獅道のほうは、いかにも当時の日本人キャラ(あくまで想像上のだけど)そのままの激ハマりっぷりのおかげで、違和感をかなり抑えて見ることができました。

 戦場の再現は見事の一言で、といっても僕は体験したことがないのでこれも想像上なのだけど、よくある日本の安映画、安ドラマなどでのドンパチを見ていると、なんか普通に生き延びれそうな錯覚を受けるのだけど、この映画の場合、各シーンの緊張感たるや、もし自分がここにいたらどうやって現状を受け入れようか、いや、そもそも理解すらできるのだろうか、という思いがかけめぐり、さらには“死”に対する“覚悟”すらも突きつけられた気がしました。

 それにしても、この映画、アメリカ人監督の作品とは、今でも信じられない。戦争映画なんてのは、どんな名作でも、どんなに配慮した内容でも、賛否両論巻き起こるものだけど、両国双方の視点から(米国視点の『父親達の星条旗』てのもある)描き、偏り、ある種奇跡のようなバランス感覚。素敵でした。

 映画で見る戦場は、絶対に行きたくないし体験したくもないのだけど、心のすみっこの方の、ほんのちょびっとの所で、熱く燃えるものを感じてしまう自分がいるのはなんでだろう。戦争に明け暮れ、戦争とともに進化してきた人類の遺伝子の成せる業だろうか。

 もちろん、その存在を認めつつも、根っこの部分ではあくまでも戦争クソクラエ!なんですけどね。