なんというけったいな題名の本だと思われるかも知れないが、前に取り上げた『悪の誘惑』(The Private Memoirs and Confessions of a Justified Sinner)の作者ジェイムズ・ホッグについての研究書であり、伝記の試みでもある。著者は『悪の誘惑』の訳者高橋和久。
なんでこんなへんてこな題名なのかというと、ジェイムズ・ホッグのあだ名が〈エトリックの羊飼い〉であったから。それはジェイムズ・ホッグがスコットランドの田舎エトリックの牧羊家に生まれたことによっている。また羊飼いの“レトリック”というのは“エトリック”の駄洒落だが、実はこの本は伝記というよりも“レトリック”の方に重点を置いているのだとも言える。
とにかく帯には「羊飼いの歌を聴く!」なるコピーも印刷されていて、村上春樹の『風の歌を聴け』と『羊をめぐる冒険』を意識していることを伺わせもするが、決してそのようなことはない。「詩人を諦めて眠れぬ夜に羊を数えるあなたのための一冊」という文句もあるが、むしろ読んでいるうちに羊を数えるまでもなく眠くなること必定である。
それにしても書く方も書く方だが、買う方も買う方だ。こんなマニアックな本は殆ど読まれないだろうが、私としてはジェイムズ・ホッグについてもう少し知りたかったのと、ゴシック的なものについて考える参考にしたかったので『悪の誘惑』の再版あとがきの誘惑に負けて、買って読んでしまった。
第一にこの本は18世紀末から19世紀にかけてのスコットランド文学史に興味のない人間にはついて行けないし、少なくともウォルター・スコットやウィリアム・ワーズワースのことを知っていなければ読んでも面白くない。さらには当時のスコットランドの政治状況や宗教事情について知っていなければ、殆ど理解できない。
とにもかくにもジェイムズ・ホッグがどのような人物だったのかという興味にすがって読んでいったわけだ。本書によるとジェイムズ・ホッグ自身伝記を何回か書いているが、生年月日に偽りがあるという。1772年1月25日生まれだと書いているが、それはスコットランドの国民詩人ロバート・バーンズの誕生日に生まれたことにしたかった虚栄心による経歴詐称だったのだ。真っ正直な人間ではなかったようだ。
ジェイムズはスコットランドの文豪ウォルター・スコットにその才能を認められ、詩人として出発したが、生涯スコットを敬い続けたかというとそうではない。何度も恩人であるスコットに罵詈雑言を浴びせている。高橋によればそうした態度は誰に対してもそうなのであって、礼儀というものを全くわきまえない人間であったらしい。まさに田舎出の〈羊飼い〉だったのだ。
この辺まで読んで「どうもゴシックというものを理解するのに役立ちそうもない」と思ったが、高橋自身の“レトリック”に引きずられて、とうとう最後まで読んでしまった。
高橋和久『エトリックの羊飼い、或いは、羊飼いのレトリック』(2004、研究社)
なんでこんなへんてこな題名なのかというと、ジェイムズ・ホッグのあだ名が〈エトリックの羊飼い〉であったから。それはジェイムズ・ホッグがスコットランドの田舎エトリックの牧羊家に生まれたことによっている。また羊飼いの“レトリック”というのは“エトリック”の駄洒落だが、実はこの本は伝記というよりも“レトリック”の方に重点を置いているのだとも言える。
とにかく帯には「羊飼いの歌を聴く!」なるコピーも印刷されていて、村上春樹の『風の歌を聴け』と『羊をめぐる冒険』を意識していることを伺わせもするが、決してそのようなことはない。「詩人を諦めて眠れぬ夜に羊を数えるあなたのための一冊」という文句もあるが、むしろ読んでいるうちに羊を数えるまでもなく眠くなること必定である。
それにしても書く方も書く方だが、買う方も買う方だ。こんなマニアックな本は殆ど読まれないだろうが、私としてはジェイムズ・ホッグについてもう少し知りたかったのと、ゴシック的なものについて考える参考にしたかったので『悪の誘惑』の再版あとがきの誘惑に負けて、買って読んでしまった。
第一にこの本は18世紀末から19世紀にかけてのスコットランド文学史に興味のない人間にはついて行けないし、少なくともウォルター・スコットやウィリアム・ワーズワースのことを知っていなければ読んでも面白くない。さらには当時のスコットランドの政治状況や宗教事情について知っていなければ、殆ど理解できない。
とにもかくにもジェイムズ・ホッグがどのような人物だったのかという興味にすがって読んでいったわけだ。本書によるとジェイムズ・ホッグ自身伝記を何回か書いているが、生年月日に偽りがあるという。1772年1月25日生まれだと書いているが、それはスコットランドの国民詩人ロバート・バーンズの誕生日に生まれたことにしたかった虚栄心による経歴詐称だったのだ。真っ正直な人間ではなかったようだ。
ジェイムズはスコットランドの文豪ウォルター・スコットにその才能を認められ、詩人として出発したが、生涯スコットを敬い続けたかというとそうではない。何度も恩人であるスコットに罵詈雑言を浴びせている。高橋によればそうした態度は誰に対してもそうなのであって、礼儀というものを全くわきまえない人間であったらしい。まさに田舎出の〈羊飼い〉だったのだ。
この辺まで読んで「どうもゴシックというものを理解するのに役立ちそうもない」と思ったが、高橋自身の“レトリック”に引きずられて、とうとう最後まで読んでしまった。
高橋和久『エトリックの羊飼い、或いは、羊飼いのレトリック』(2004、研究社)