玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起原』(1)

2015年05月07日 | ゴシック論
 これまで「ゴシック的」という言葉をいささかの定義もなく使ってきたが、気がとがめることもある。そんなときはゴシックについての研究書や理論書を読むことにしている。
 ケネス・クラークという人の『ゴシック・リヴァイヴァル』という本が翻訳されている。この本は建築様式としてのゴシックが、18世紀後半から19世紀にかけて、イギリスでどのように復活されたかというテーマのもとに書かれたもので、建築に興味のない人間にとっては、さして面白い本ではない。
 ただし、この本に出てくる二人の人物、ホレース・ウォルポールとウイリアム・ベックフォードがどのようにゴシック・リヴァイヴァルを先導したか、という点に関しては興味深い部分がある。
 クラークは「ゴシック建築が文学的な趣味に影響を与えた」のではなく、その逆であるという。つまり、ゴシック・リヴァイヴァルは「新しい趣味の潮流として、文学の分野において最初に」現れたというのである。
 最初のゴシック小説を書いたウォルポールとそれに続いたベックフォードの果たした役割の重要性についての指摘とは思うが、クラークはこの二人の作品については殆ど触れていない。
 触れているのはウォルポールが築いた廃墟趣味とゴシック趣味に徹したストロウベリ・ヒルという名の邸宅と、ベックフォードが造らせた同じく廃墟趣味とゴシック趣味のフォントヒル・アベイという名の修道院=邸宅についてであって、クラークのテーマは建築に特化しているのだ。
 ところでケネス・クラーク(1903-1983)は20世紀の人だが、18世紀にもっと重要な理論家がいる。エドマンド・バーク(1729-1797)がその人である。バークが28歳で書いた『崇高と美の観念の起原』A Philosophical Inquiry into the Origin of Our Ideas of the Sublime and Beautiful(正確には『崇高と美についての我々の観念の起原の哲学的研究』)という美学の書についての言及が、ゴシック小説を論じた文章の中に頻繁に出てくるのである。
『崇高と美の観念の起原』は1757年に刊行されたものであるから、ウォルポールの『オトラント城奇譚』(1764)よりもやや古い本であり、バークがゴシック小説を念頭に置いて書いたわけではまったくない。
 あるいはウォルポールがバークの美学に影響されたという事実もなければ、他のゴシック作家達が影響を受けたと言うことも考えられない。
 ところが不思議なことに、研究社が出している「英国18世紀文学叢書」の第四巻にはウォルポールの『オトラント城奇譚』とバークの『崇高と美の観念の起原』が一緒に収載されているのだ。なぜなのだろう。

ケネス・クラーク『ゴシック・リヴァイヴァル』(2005年、白水社)近藤存志訳
エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起原』(1999年、みすず書房)中野好之訳