高山宏はその「目の中の劇場――ゴシック的視覚の観念史」(国書刊行会『城と眩暈』所収)で、デジデリオとピラネージだけでなく、時代は下るが、イギリスのジョン・マーチンなど城や廃墟を好んで描いた画家を取り上げ、彼らの作品を“ゴシック絵画”と呼んでいる。イタリアで活躍したフランス人デジデリオやイタリア人ピラネージだけでなく、本国イギリスにもそのような画家がたくさんいたことが分かる。
高山宏はゴシック小説とゴシック絵画との関連について論じているのだが、「ウォルポールもベックフォードも、そのメガロマニアをピラネージから汲んでいたことがはっきりしている」と証拠文献を挙げて書いている。
たとえば、ウォルポールの『オトラント城奇譚』に登場する甲冑に身を固めた幽霊は、ピラネージの作品〈オペレ・ヴァリエ〉に着想を得たものだという。
こうしたことはゴシックの美学とバークの美学との関連よりも重要な事実ではないだろうか。もしそうだとすれば、ゴシック小説はバークの美学ではなく、ゴシック絵画に直接学んだということを意味するのだから。
とくにベックフォードは自分の父に作品を献呈してくれたピラネージの作品に決定的な影響を受けたという。そしてベックフォードのゴシック小説『ヴァテック』は極めて“絵画的”な描写によって成り立つことになる。
高山宏はそこに世界を絵画のように眺めるゴシック小説的視点を見ることで、“目の中の劇場”というテーマにつなげていくのだが、そのことよりも前に、ゴシック小説が直接自然を模倣するのではなく、絵画をこそ模倣していたことに意を止めなければならない。
このような二重の人工性は、廃墟を模倣した建築物を実際に造るというような実践において見られるだけでなく、小説を書く場面にあっても同様であったということが分かる。
あるいは絵画が文学作品や言語表現を模倣するという、それまでの絵画の歴史が大きな転換点を迎えたということも意味しているに違いない。文学作品が絵画を模倣するというような倒錯が、ゴシック小説において初めて出現するのだと言ってもよい。
ミルトン的崇高を至上のものとしたバークが、そのような倒錯を許容したとはとても考えられない。ゴシック小説の美学はだから、バークの美学の嫡子ではあり得ない。むしろ鬼っ子のような存在であったのである。
高山宏はゴシック小説とゴシック絵画との関連について論じているのだが、「ウォルポールもベックフォードも、そのメガロマニアをピラネージから汲んでいたことがはっきりしている」と証拠文献を挙げて書いている。
たとえば、ウォルポールの『オトラント城奇譚』に登場する甲冑に身を固めた幽霊は、ピラネージの作品〈オペレ・ヴァリエ〉に着想を得たものだという。
こうしたことはゴシックの美学とバークの美学との関連よりも重要な事実ではないだろうか。もしそうだとすれば、ゴシック小説はバークの美学ではなく、ゴシック絵画に直接学んだということを意味するのだから。
とくにベックフォードは自分の父に作品を献呈してくれたピラネージの作品に決定的な影響を受けたという。そしてベックフォードのゴシック小説『ヴァテック』は極めて“絵画的”な描写によって成り立つことになる。
高山宏はそこに世界を絵画のように眺めるゴシック小説的視点を見ることで、“目の中の劇場”というテーマにつなげていくのだが、そのことよりも前に、ゴシック小説が直接自然を模倣するのではなく、絵画をこそ模倣していたことに意を止めなければならない。
このような二重の人工性は、廃墟を模倣した建築物を実際に造るというような実践において見られるだけでなく、小説を書く場面にあっても同様であったということが分かる。
あるいは絵画が文学作品や言語表現を模倣するという、それまでの絵画の歴史が大きな転換点を迎えたということも意味しているに違いない。文学作品が絵画を模倣するというような倒錯が、ゴシック小説において初めて出現するのだと言ってもよい。
ミルトン的崇高を至上のものとしたバークが、そのような倒錯を許容したとはとても考えられない。ゴシック小説の美学はだから、バークの美学の嫡子ではあり得ない。むしろ鬼っ子のような存在であったのである。