『夜のガスパール』の創作意図は巻頭の「夜のガスパール」という第1の序文で、夜のガスパールと名付けられる男が話す内容に尽くされている。「芸術とは何か?――詩人の学である」とガスパールは自問自答し、芸術の中には《感情》があり、それをこそ希求しつつも、しかし同じく芸術の中にある《思想》もなお、ガスパールの探求心を誘うのである。ガスパールは自然を研究し、人間の事績を研究する。
ガスパールの芸術をめぐる遍歴はそのままベルトランのものだったと言ってもよい。芸術を求めて探求を深め、さまざまな次元で詩作を進めていったそれぞれの段階が、そのまま『夜のガスパール』の中に刻まれている。
ディジョンの町そのものも詩人の研究の対象となる。今のディジョンと昔のディジョンとがあるが、「今ではこの町は昔のディジョンの影に過ぎないのです」というように、詩人にとって今のディジョンではなく昔の、14・15世紀のディジョンこそが、研究の対象である。中世の、ゴシック建築の時代のディジョンこそが詩人の興味の対象なのである。
詩人は中世のディジョンを掘り起こす。すると、
「私は死骸に電気をかけました。するとこの死体は起き上ったのです」
「ディジョンが起き上るのです。町が立ち上り、歩き、走り出します」
つまり我々は『夜のガスパール』の中に、詩人によって電気をかけられ、起き上がって走り出すディジョンという町の姿を見ることになるだろう。さらに詩人はノートルダム寺院(パリのではなくディジョンの)の一角に怪物の像を見いだす。次のように、
「ゴシック建築の一角に、中世の彫刻家がカテドラルの雨水を流すため肩の辺りで取り付けた怪物の姿をした像(注)の一つ、責苦にさいなまれ、舌を出し、歯ぎしりをし、腕をねじりあわせ、恐ろしい地獄に落された者の姿をした、そういう一つの像に私は気がつきました」
それに気づいた詩人は反省する。
「神と愛とが芸術の第一の条件、芸術の中にある《感情》であるならば、――悪魔こそその第二の条件、芸術の中にある《思想》ではないでしょうか」
と。詩人はだから悪魔をこそ求めなければならないのである。ここには《感情》に支配されるロマン主義からの逸脱、《思想》を求めて悪魔の持つ深淵の世界を探索するという、19世紀末の詩人たちの姿勢が先取りされているのだと言わなければならない。
(注)ベルトランはces figures monstrueusesと言っている。怪物などをかたどった彫刻で雨樋の機能をもつ像を「ガーゴイル」(英語。フランス語でgargouille)という(写真1参照)。フランスの銅版画家シャルル・メリヨンが描いたパリのノートルダム寺院の怪物像が有名だが、これは雨樋の機能を持たないので、gargouilleといわず、grotesqueという(写真2参照)。
〈写真1〉
〈写真2〉シャルル・メリヨンの「ノートル・ダム寺院の吸血鬼」
ガスパールの芸術をめぐる遍歴はそのままベルトランのものだったと言ってもよい。芸術を求めて探求を深め、さまざまな次元で詩作を進めていったそれぞれの段階が、そのまま『夜のガスパール』の中に刻まれている。
ディジョンの町そのものも詩人の研究の対象となる。今のディジョンと昔のディジョンとがあるが、「今ではこの町は昔のディジョンの影に過ぎないのです」というように、詩人にとって今のディジョンではなく昔の、14・15世紀のディジョンこそが、研究の対象である。中世の、ゴシック建築の時代のディジョンこそが詩人の興味の対象なのである。
詩人は中世のディジョンを掘り起こす。すると、
「私は死骸に電気をかけました。するとこの死体は起き上ったのです」
「ディジョンが起き上るのです。町が立ち上り、歩き、走り出します」
つまり我々は『夜のガスパール』の中に、詩人によって電気をかけられ、起き上がって走り出すディジョンという町の姿を見ることになるだろう。さらに詩人はノートルダム寺院(パリのではなくディジョンの)の一角に怪物の像を見いだす。次のように、
「ゴシック建築の一角に、中世の彫刻家がカテドラルの雨水を流すため肩の辺りで取り付けた怪物の姿をした像(注)の一つ、責苦にさいなまれ、舌を出し、歯ぎしりをし、腕をねじりあわせ、恐ろしい地獄に落された者の姿をした、そういう一つの像に私は気がつきました」
それに気づいた詩人は反省する。
「神と愛とが芸術の第一の条件、芸術の中にある《感情》であるならば、――悪魔こそその第二の条件、芸術の中にある《思想》ではないでしょうか」
と。詩人はだから悪魔をこそ求めなければならないのである。ここには《感情》に支配されるロマン主義からの逸脱、《思想》を求めて悪魔の持つ深淵の世界を探索するという、19世紀末の詩人たちの姿勢が先取りされているのだと言わなければならない。
(注)ベルトランはces figures monstrueusesと言っている。怪物などをかたどった彫刻で雨樋の機能をもつ像を「ガーゴイル」(英語。フランス語でgargouille)という(写真1参照)。フランスの銅版画家シャルル・メリヨンが描いたパリのノートルダム寺院の怪物像が有名だが、これは雨樋の機能を持たないので、gargouilleといわず、grotesqueという(写真2参照)。
〈写真1〉
〈写真2〉シャルル・メリヨンの「ノートル・ダム寺院の吸血鬼」