昨日のフジテレビ「日曜報道」で橋下徹氏のコメントを聞いて「まさか、そんなことが!!」と思った。
橋本氏のコメント要旨は「菅前総理の弔辞は広告代理店の演出であるという意見は許せない」と云うものであったが、ネットで調べると問題の発言者は、テレビ朝日報道局の局員で「羽鳥慎一モーニングショー」のコメンテーター玉川徹氏で、件の発言は同番組中でなされたものらしい。
洋の東西を問わず、弔辞や通夜の席で語られる故人生前の業績・行跡は、余程のことが無い限り「美化」若しくは「言い回しによるソフト化」に彩られているのが一般的ではないだろうか。また、それが個人に対して生きている人ができる最後の務めであるとも思っているが、菅氏の弔辞はそれらの認識を超えて、安倍氏の生前の政治・外交姿勢を浮き彫りにするとともに哀悼・哀惜の念を伝える真の・出色の弔辞であったように思う。
そんな「卑しい発言をする」玉川徹氏とは?、とWikipediaで調べるとこれまでも多くのフェイク発言が指摘され、その都度謝罪しているようである。今回も、発言を撤回し謝罪しているとされるが、一旦口にしたものは取り消す術がなく、撤回・謝罪を観逃した視聴者も多いこととと思う。Wikipediaに載せられたフェイク発言は一度だけでも降板に値するもので、複数回のフェイク・不適切発言にも拘わらずに生き延びているのは、テレビ朝日ならではの社風・報道姿勢の事情からであろうか。
産経新聞の「から(韓)くに便り」では、国葬以前には日本国内の国葬反対動向に注力していた韓国の報道が、国葬後に東亜日報が「反対デモ参加者の多くが白髪層で、若年層は世論調査で国葬に賛成したり献花に訪れる人も多い。反日活動の方向を見直すべきでは」としているとしているような変化を見せていると伝えている。
韓国ですら、日本の将来動向を決定する主勢力が40代前の階層の主張に移ったことに気付きつつあるが、日本の識者・言論界のみが半世紀も前の心情左派思考で日本の世論をリードしていると錯覚しているように思える。
立憲民主党の支持が上がらないのは、主張が白髪層にしか響かないもので、更に悲観的であるのは現在の白髪層も年を追うごとに順次更新され、あと10年もすれば核心的支持者の多くが鬼籍に入るだろうことを思えば・・・。