趣味と節約と時に妄想の記録

節約を通して未来を創造するブログです。
時に妄想も書いたりします。時々趣味の写真もUPします。

わらじから未来を創造

2010年02月14日 10時48分15秒 | つぶやき
文明はほんとうに便利なのか?

テーマ・・・わらじから未来を創造  妄想かもしれませんが。

皆さんはわらじを見たことがあるだろうか?わらで作った履物だが、実際に履いた事はないだろう。

基本は、たびを履いて(今で言う靴下のような物)からわらじを履いたらしいのだが。

とにかく、痛いのである。私の弱々しい足など1分もしないうちに、赤く擦り剥けて来る。

だが、実際に昭和初期はわらじを履いていたのだ。

私の母も、子供の頃の仕事はわらじを編んで作る事だったと言っていた。

わらから単に編むだけでは無い。わらをなめす作業が、時間がかかり出来栄えを左右していたらしいのだ。

そして、かかとがすぐにすり減る為に、自転車の廃タイヤをわらじの底に縫い付けていたと言う事だ。←江戸時代には無い工夫だ。

母はまともに漢字も書けない。英語を読むなんて皆無だ。パソコンも携帯も無理。電化製品の操作だって怪しいくらいだ。しかし、今でもわらじは作れると言っていた。

それよりも、母が子供の頃は、そのわらじを素足で履いていたって事に驚かされた。

昔の人は自然に帰る素材で日用品のすべてを作り、生活をしていたってことだ。

母曰く、貧乏だったから仕方が無かったと言っていた。さらに貧乏な人々は、裸足で歩いてらしい。

これが、わずか60年70年前の暮らしの事実です。

しかし、視点を変えれば、日用品をすべて自然素材でまかない、さらに自分達の手で作っていたと言う事実には驚かされる。

そこには、無限の工夫の余地が存在する。

現在日用品を手作りする人はいなくなり(観光地のお土産は別)、当然作り方を知っている人など一部を除いていない。

わらじを履けなくなった足。作り方すら知らない自分自身。

文明とはなんだろうかと思い知らされる。

しかし、現文明は持続しない。これは間もなく歴史が証明するだろう。

個人から国へ発想を転換した時、その答えが見えてくる。

わずか半世紀前まで、自国で必要な物は、自国で賄っていた。

食料自給率40%以下。衣料の自給率は?履物の自給率は?建設材料の自給率は?

人の心の荒廃が進むと同時に、上記の素材の荒廃も進んでいると思いませんか?

流行を追い求める事は、塩水を飲むのと同じ事。

もっともっともっと。その先に何が見えるのでしょうね?

またつぶやいてしまった
コメント
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