◇否定しても署名強要
昨年6月。大阪市福島区のビジネス街にある大阪地検特捜部で事情聴取を受けた厚生労働省の男性職員が、帰京のため重い足取りで駅に向かっていた。ふいに携帯電話が鳴った。担当の検事からだった。「もう一点だけ聞きたいことがある」。急いできびすを返した。
検事は1枚の供述調書を示し「これでよければ署名して」と求めた。調書には04年当時、福祉制度の変更に向けて職場が忙しかったという内容が書かれていた。特捜部は当時、この制度変更に有力議員への根回しが必要だったとの前提で捜査を進めていた。だが職員にとって調書は全く聴かれていない内容。「こんなこと分かりません」と言ったが、検事は「いいから」と署名を求めた。取り調べで疲れていた職員は面倒になり、「いいのかな」と思いながら署名したという。職員は記者に吐き捨てるように言った。「そうやって供述調書が作られていった。検察は『厚労省の組織的犯罪』と言うけど、検察の方がよっぽど組織的犯罪でしょ」
◇
事件は、実体のない障害者団体「凜(りん)の会」代表の倉沢邦夫被告(74)が偽の証明書を利用して低料金で郵便を発送した郵便法違反容疑で昨年4月、大阪地検特捜部に逮捕されたのが発端だった。倉沢被告の取り調べでは「(04年当時の厚労省課長だった)村木さんから偽証明書を受け取った」という供述調書ができあがった。
だが倉沢被告は取材に「本当は村木さんだったのか自信がない」と明かす。「検事から『証明書は課長の印が押してある。あんたは課長からもらったんだよ』と言われ続け、そうなのかなと思って調書に署名した」。大阪地裁はこの供述調書を証拠採用しなかった。
◇
特捜部は、厚労省が石井一・参院議員(76)がらみの「議員案件」と判断し、凜の会を障害者団体に認定する偽証明書を発行した--という構図で捜査を進めた。同会設立メンバーの一人、木村英雄さん(68)は取り調べで、倉沢被告とともに石井議員に面談したのではないかと聴かれた。倉沢被告の手帳に石井議員とともに木村さんの名が書かれていたからだ。
「覚えがない」と言うと、検事は「議員会館に入った経験はありますか」と尋ねた。木村さんは「入ったことはある。部屋には応接室がある」などと知っている範囲で答えた。できあがった供述調書は「私は倉沢さんと議員会館に行き、石井議員の応接室で口添えを依頼した」となっていた。
木村さんが「これはあなたの作文だ。私は石井さんに会ったことはない」と反論すると、検事はそれまで紳士的だった態度を変え「お前は会っているんだ。いいんだよ」と声を荒らげたという。木村さんは公判で「供述調書は事実ではない」と証言した。
■
偽証明書が作られてから5年後の捜査。関係者の記憶は薄れ、特捜部は裏付けのないまま、本人らの身に覚えがない供述調書を積み上げた。
事件で明らかになった特捜捜査の内幕を検証する。
昨年6月。大阪市福島区のビジネス街にある大阪地検特捜部で事情聴取を受けた厚生労働省の男性職員が、帰京のため重い足取りで駅に向かっていた。ふいに携帯電話が鳴った。担当の検事からだった。「もう一点だけ聞きたいことがある」。急いできびすを返した。
検事は1枚の供述調書を示し「これでよければ署名して」と求めた。調書には04年当時、福祉制度の変更に向けて職場が忙しかったという内容が書かれていた。特捜部は当時、この制度変更に有力議員への根回しが必要だったとの前提で捜査を進めていた。だが職員にとって調書は全く聴かれていない内容。「こんなこと分かりません」と言ったが、検事は「いいから」と署名を求めた。取り調べで疲れていた職員は面倒になり、「いいのかな」と思いながら署名したという。職員は記者に吐き捨てるように言った。「そうやって供述調書が作られていった。検察は『厚労省の組織的犯罪』と言うけど、検察の方がよっぽど組織的犯罪でしょ」
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事件は、実体のない障害者団体「凜(りん)の会」代表の倉沢邦夫被告(74)が偽の証明書を利用して低料金で郵便を発送した郵便法違反容疑で昨年4月、大阪地検特捜部に逮捕されたのが発端だった。倉沢被告の取り調べでは「(04年当時の厚労省課長だった)村木さんから偽証明書を受け取った」という供述調書ができあがった。
だが倉沢被告は取材に「本当は村木さんだったのか自信がない」と明かす。「検事から『証明書は課長の印が押してある。あんたは課長からもらったんだよ』と言われ続け、そうなのかなと思って調書に署名した」。大阪地裁はこの供述調書を証拠採用しなかった。
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特捜部は、厚労省が石井一・参院議員(76)がらみの「議員案件」と判断し、凜の会を障害者団体に認定する偽証明書を発行した--という構図で捜査を進めた。同会設立メンバーの一人、木村英雄さん(68)は取り調べで、倉沢被告とともに石井議員に面談したのではないかと聴かれた。倉沢被告の手帳に石井議員とともに木村さんの名が書かれていたからだ。
「覚えがない」と言うと、検事は「議員会館に入った経験はありますか」と尋ねた。木村さんは「入ったことはある。部屋には応接室がある」などと知っている範囲で答えた。できあがった供述調書は「私は倉沢さんと議員会館に行き、石井議員の応接室で口添えを依頼した」となっていた。
木村さんが「これはあなたの作文だ。私は石井さんに会ったことはない」と反論すると、検事はそれまで紳士的だった態度を変え「お前は会っているんだ。いいんだよ」と声を荒らげたという。木村さんは公判で「供述調書は事実ではない」と証言した。
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偽証明書が作られてから5年後の捜査。関係者の記憶は薄れ、特捜部は裏付けのないまま、本人らの身に覚えがない供述調書を積み上げた。
事件で明らかになった特捜捜査の内幕を検証する。