月額約1万3000円。これは地域の小規模福祉作業所(いわゆる授産施設)で働く障害者が得ている工賃の平均金額として、障害者福祉の専門家の間で広く定着している数字である(厚生労働省調査などによる)。このあまりにも低い賃金水準は大きな社会問題になっており、障害者自立支援法施行後、国も「工賃倍増計画」を打ち出すなど懸命にテコ入れを図っているものの、なかなか改善していないのが現状だ。
法制度の制約など様々な要因が指摘されているが、施設経営という面から考えると、そもそも「ビジネス的な視点に欠けている」ことが最大の問題点と見る専門家は多い。もっと有り体に言えば、売れる商品が少なく、売る仕組みができていない。長い間、「障害者福祉」と「市場メカニズム」との間に大きな溝が存在していた、ということである。
そこで今、障害者支援を志す社会起業家の間で、ビジネスノウハウを持ち込んでそのギャップ解消を図ろうという挑戦が始まっている。市場で受け入れられる魅力的な商品を開発したり、継続的に販売していく流通の仕組みを構築したりすることによって、授産製品の売り上げを伸ばし、施設で働く障害者の賃金を引き上げようという取り組みだ。
特定非営利活動法人(NPO法人)のNEWSED PROJECT(ニューズド・プロジェクト、東京・千代田区)は、廃材を活用したファッショナブルなアクセサリー、日用品の独自ブランド「NEWSED(ニューズド)」を立ち上げ、その製作を千葉県木更津市にある「地域作業所hana(ハナ)」に発注している。NEWSEDのプロデューサーである青山雄二副理事とhanaの筒井啓介代表はともに31歳。2人の社会起業家は理念を共有する「ビジネスパートナー」として、強い連帯感で結ばれている。
東日本大震災で被災した東北地方の障害者施設の支援に乗り出した社会起業家もいる。障害者雇用や福祉事業所経営に関するコンサルティングを専門とするインサイト(大阪市西区)の関原深社長だ。2011年5月、障害者支援に関わっている7つの企業、NPO法人などと協力して、被災地の授産製品を販売する全国的な応援ネットワークを作り、施設経営や障害者の収入確保を長期的に下支えしようという「ミンナDEカオウヤ」プロジェクトをスタートさせた。
2つの取り組みに共通するのは、様々な経営資源を持つ企業・団体、専門家、そして消費者を幅広く巻き込み、持続可能なビジネスモデルの構築を目指している点だ。旧来型の障害者福祉の枠組みを乗り越えた、全く新しい「社会起業家主導の障害者支援スキーム」がビジネス社会の中で少しずつ形作られつつある。
「NEWSED」とは“new”と“used”を組み合わせた造語。一口で言えば、エコロジーと障害者支援を結びつけた社会貢献型のオリジナルブランドだ。コンセプトは「古くなってしまったものを新たな視点で見ることで、別の新しいものとして蘇らせる」。
原材料には、不要品などの廃材や生産現場で発生した端材などを活用。商品デザインには新進気鋭の若手プロダクトデザイナー集団を起用し、製造は障害者施設に発注する。販売はウェブサイトでのネット通販のほか、有名セレクトショップなど全国各地の専門店をネットワーク化するとともに、環境関係のイベント、百貨店の催事などでも随時販売する--基本的なビジネススキームはそんな仕組みになっている。
現在扱っている主な商品は、(1)英字新聞を使用したおしゃれなトートバッグなどの「新聞バッグ」、(2)店舗で使われていた什器の色柄付きアクリル板を再利用したピアス、バッジなどのアクセサリー類、(3)学校のいすの背板や天板を再利用したハンガーやダイニングテーブル、(4)東京ドームなどで使われているテント生地の廃材を使った書類ホルダー、(5)自動車のシートベルトを再加工した蝶ネクタイ--などで、いずれ劣らぬ独創的なリサイクル・リユース商品がラインナップされている。
販路は現在約60店舗。ウェルカム(東京・渋谷区)が展開する雑貨店チェーン「George's」の全店舗、原宿の「on Sundays」、青山の「BOOK246」など全国各地の有名ショップが名を連ねる。
「NEWSED」の商品デザインは、若手プロダクトデザイナー集団が手掛けている
これら商品企画・開発から販路開拓、マーケティング、販促プロモーションまでブランド管理の一切を手掛けているのが、運営母体であるNEWSED PROJECTだ。NPO法人ながら、「株式会社の一事業部門」として産声を上げたユニークな出自を持つ。“親会社”は、セールスプロモーション(SP)会社のケンエレファント(東京・千代田区、石山健三社長)。同社は海洋堂(大阪府門真市)のフィギュアをおまけに付けたペット飲料の販促キャンペーンを初めて展開したことや、同社製高機能フィギュア「特撮リボルテック」シリーズの企画・販売を手掛けていることなどでオタク族の間ではよく知られたSP会社だ。
NEWSED PROJECTは同社の社会貢献事業部門として立ち上げたもので、2009年春から本格的に活動をスタート。本業がSPなだけにブランディング戦略はお手の物。たちまち有名ファンション誌やライフタイル誌、デザイン誌などで取り上げられ、様々なイベントやショップへの出品要請が相次ぐなど実績を上げる。そして事業推進体制が固まったとの判断から2011年9月に本体から分離し、NPO法人として独立した。現在も理事長を石山ケンエレファント社長が務め、事務所は同社のオフィス内に置いている。その意味で、ケンエレファントの一部門である点は変わらないが、収益管理面での独立性を明確にし、社会貢献事業であることをより鮮明にしたということであろう。
「新聞バッグ」を通じて出会った社会起業家
「NEWSED」の企画を社内提案し、現在も総合プロデューサーの役割を担っているのが、副理事の青山雄二さんだ。もっぱら「デザイン性の高いリサイクル商品」という側面がメディアなどで脚光を浴びている同ブランドだが、「実は、障害のある人たちの就労環境をどうやったら改善できるか。私たちにできることは何かを考えたのが出発点なんです」とブランド立ち上げの経緯を打ち明ける。
青山さんは1980年川崎市生まれ。帝京大学卒業後、大手自動車ディーラーに入社。そこで新車の販促キャンペーンといったSP活動に携わったが、思うところあって1年半で同社を退社し、約1年間、バックパッカーとして海外放浪生活を体験。帰国後の2006年、もう一度SPの仕事に打ち込みたいと考え、ケンエレファントに入社した。
入社後は大手ビール会社とコンビニ店チェーンの協賛販促キャンペーンを手掛けるなど、希望通りに大きなSPの仕事を担当し、充実した毎日を送っていた青山さんが、障害者支援の仕事に転身するきっかけとなったのは社員研修だった。社員啓発の一環として、石山社長が「障害者福祉からビジネスパーソンが学べること」をテーマにしたセミナーに参加することを勧めたのだ。「それ以前は、障害者との接点は全くなかった」が、セミナーで関心を持った青山さんはその後、いくつかの福祉作業所を視察して回った。
そこで初めて障害のある人たちと交流し、「温かくて楽しい時間を持つことができた」が、それと同時に、作業所で働く障害者の低賃金の実情を知り、愕然とする。「みんなごく普通に働き、まじめで器用に仕事をこなしているのに、月数千円とか、1万円程度しかもらっていない。これは絶対におかしい、僕らで何か方法を見つけ出さなければならない」と強い憤りを覚えたという。
海外放浪旅行で発展途上国の最貧困層の実情を目の当たりにし、いつか社会貢献活動にも挑戦したいという想いは持っていた。だが、「もっと身近なところに、やるべきテーマがあることに気づかされたんです」と青山さんは語る。
こうして、以前から構想していた「廃材を再利用したモノ作りを広げ、それをSP用の販促品に使う」というアイデアを発展させて、製品作りを障害者施設に発注するというビジネスモデルに仕立てたのが「NEWSED」の始まり。2009年4月に代々木公園で開催された「アースデー・トーキョー2009」に初参加し、ここで第1弾商品となる「新聞バッグ」を都内のある福祉作業所に発注して販売。続いて、サーフボードに塗った樹脂剤を再活用した「サーフアクセサリー」などユニークなリサイクル商品を次々と商品化していった。
共同作品である新聞バッグを手にする青山雄二・NEWSED PROJECT副理事(左)と筒井啓介・地域作業所hana代表
そんな中で出会ったのが、木更津市にある障害者の通所施設「地域作業所hana」だった。2009年の年末、まだ活動開始から1年ほどしか経っていないこの作業所が、NEWSEDが最初に手掛けたのと同じ「新聞バッグ」を独自に製作・販売していることを知った青山さんは木更津に足を運んだ。聞けば、筒井啓介代表は同い年で、出身地もお隣の横浜市という。施設を見学し、じっくりと話し合う中で、青山さんは「hanaの製品のクオリティーの高さ」と「筒井代表の起業家マインドの確かさ」にすっかり共鳴し、次の大きな仕事をhanaに発注することを決断する。
それは、翌年の「アースデー2010」で販売する新聞バッグ1000枚を一括製作してもらうという仕事だった。hanaにとってはこれだけの大量受注は初めてで、しかも正式発注からわずか2カ月程度しか製作期間がなかったが、何とか無事に納品することができた。この最初の取引を通じて、2人の間には「ビジネスパートナー」としての信頼関係ができあがった。
青山さんは「今はNEWSEDのパートナーはhanaさんしかいないと思っています。きちんとした生産管理ができるhanaさんは、もはやNEWSEDの製作部門としてなくてはならない存在になっています」と力説する。現在では新聞バッグだけでなく、アクセサリーや家具など他商品の最終アセンブルや検品工程もhanaに発注するようにしているという。
一方の筒井さんも「モノは作れても、売り方がわからない私たちにとって、安定して仕事を出してくれるNEWSEDは理想的なパートナー。青山さんのすごいところは『作業所の商品だからと言って、付加価値の高い確かな商品なのだがら、決して安売りしてはいけない』というポリシーを曲げないこと。その分、品質のチェックは厳しいですが(笑)、それはビジネスなんだから当然。いつも教えてもらうことばかりです」と全幅の信頼を寄せている。
「企業に就職できない障害者が働く場所」を地域に作る
hanaは、JR木更津駅から徒歩で10分ほどのところにある。1階は発展途上国から輸入した衣料品、民芸品などフェアトレード商品やhanaのオリジナル商品などを販売するショップで、2階が作業所になっている。訪れたのは2011年12月末。NEWSED向けの年内最後の出荷を控え、新聞バッグの製作が急ピッチで進んでいた。
2008年から木更津市内で活動を始めていたが、障害者自立支援法に基づく「就労継続支援B型事業所」の認定を受け、現在地に移転した2010年4月に正式オープンした。「就労継続支援事業所」とは、企業などへの就職が困難な障害者に就労の場を提供しながら、能力開発や知識習得に必要な訓練を提供する福祉サービス施設。利用する障害者と雇用契約を結び、原則として最低賃金を保障する「雇用型」のA型、利用者がそれぞれの健康状態や生活環境、希望などに合わせて通所シフトを自由に決められる「非雇用型」のB型の2つのタイプがある。
hanaの定員は20人で、現在は60人ほどが利用登録している。土日も無休で開設しており、週平均3~4日通所している利用者が多いという。障害別の内訳は精神障害が7割、知的障害・発達障害が2割、身体障害が1割ほどで、年齢層は20~30代の人が中心。地元・木更津市のほか、君津市、袖ヶ浦市など周辺市町村から通って来る利用者もいるそうだ。
hanaでの新聞バッグの製作風景。最終仕上げ・検品工程を受け持っている2人が写真撮影に応じてくれた
新聞バッグの製作は新聞紙の切り出し、のり付け、バッグ底部への補強材(ボール紙)の封入、持ち手の取り付けといった具合に20ほどの工程に細分化され、それぞれの障害者の適性に合わせて作業を割り振っている。“原料”である英字紙は大学図書館などから不要になった古新聞を提供してもらっているほか、ウォール・ストリート・ジャーナル・ジャパンも協力しているそうだ。
気になるのは工賃水準だが、筒井代表は「NEWSEDさんの仕事がコンスタントに入るようになって以降、大幅に向上しました。今では全国平均の倍以上の月3万円以上を受け取っている利用者も数人います」と明言する。
その筒井代表もまた、ユニークな経歴を持つ社会起業家だ。「子供の頃は父親と同じ普通のサラリーマンになるつもりだった」が、法政大学在学中にわが国社会起業家の先駆的存在である片岡勝氏の「ボランティア論」を受講したことから人生が変わる。「これからの時代はサラリーマンになるのもリスクが高い。それなら自分で道を切り開いてみるのも選択肢」と言われ、「木更津で地域活性化を手伝ってくれる人材を求めている」という片岡氏の勧めに応じて、縁もゆかりもない木更津にやって来たのだという。
2000年7月には、まだ在学中の弱冠20歳にして「有限会社ネットビジネス」を起業。地元のコミュニティービジネスの担い手である女性起業家やNPO法人を育成・支援する仕事を10年にわたって続けてきた。30歳になり、それまでの仕事が一応の成果を上げたと考えた筒井さんは「次の10年間に何をするか」に思いを巡らせた。そこで行き着いたのが、「障害のある人たちの働く場作り」だった。
「企業に勤務できる障害者は、残念ながら限られています。どうしても企業勤めが難しく、地域社会の中でしか生きられない人もたくさんいる。そんな人たちのための働く場を作り、地域社会の一員として安心して暮らせるように支援していくことは、とてもやりがいのある仕事だと考えました」と起業動機を説明する。
その言葉通り、hanaは「来たい人は必ず受け入れる」という施設運営を貫いている。「仕事に人を合わせるのではなく、人に仕事を合わせる」が、筒井代表のモットー。このため、新聞バッグなどの物品製作のほか、加工食品製造、ショップ経営、農作業、メール便配達など「非効率を覚悟で、希望する仕事を提供している」という。データ入力作業をする障害者のために購入したパソコンの稼働率を少しでも上げようと、1階のショップの一角には数席しかない小さなインターネットカフェを併設するなど、経営は楽ではないが、「NEWSEDさんのおかげで、何とかやって行けそうな手応えをつかんでいます」と笑顔を見せる。
「ずっと、この仕事で楽しませてもらいます!」
それぞれに新しい事業を軌道に乗せつつある2人の社会起業家は早くも、新たな目標に向かって「次の一歩」を踏み出している。
hanaの筒井代表の次の目標は「新聞バッグに続く、第2の経営の柱を確立する」こと。今一番力を入れているのが、近く正式発売予定のhanaオリジナルの創作スイーツ「ポルポローネ」の拡販だ。これは、高齢者・障害者に使いやすい商品づくりのためのアクセシビリティー調査などを手掛けるテミル(東京・港区、船谷博生社長)が展開している障害者施設の経営支援のための「テミル 同プロジェクトは、テミルの呼びかけに応じた有名パティシエが、オリジナルスイーツのレシピを施設ごとに提供する新商品開発プロジェクト。筒井代表によると、「hanaのスイーツは、船橋市の有名パティシエ、高木康裕さんが障害のある人でも味、品質を管理しやすいやさしいレシピを考案してくれたもの」だそうで、「素材には、地元のマザー牧場の乳製品を100%使用しています」とPRに余念がない。
「これからも1つひとつの仕事を丁寧にやっていきたい」と静かに闘志を燃やす筒井代表。“第2の故郷”となった木更津を愛し、「両親はおかげさまで地元の横浜で元気に暮らしていますが、将来はこちらに呼び寄せ、面倒を見たいと思っています」と、この地に骨を埋める覚悟を語っている。
一方の青山・NEWSED PROJECT副理事は、NEWSEDブランドの経営基盤の強化に向けて全力投球を続けている。NPO法人として独立した初年度の年間売上高はおおむね3000万円程度を達成する見通しで、「次年度は少なくとも1.5倍くらいに伸ばしたい」とさらなる新商品開発や販売網の拡充に意欲を見せる。
自前で販売するオリジナル商品に加えて、ノベルティーグッズなど大手企業とのコラボ商品の開発にも力を入れていく構え。すでに大手ワインメーカーからワインボトルを入れる縦長の新聞バッグを大量受注するなど、営業活動の成果も現れ始めている。エコと障害者支援とデザイン性を同時に実現させたNEWSED商品は、CSR(企業の社会的責任)活動を推進する大手企業がタイアップするのにうってつけの“高付加価値商品”と言える。それだけに、青山さんは「NEWSEDには、商品が勝手に突き抜けてくれるようなポテンシャルがあると確信しています」と言い切る。
インタビューの最後に「これからもずっと、この仕事で楽しませてもらいます」。そんな独特の表現で、将来への夢と決意を語ってくれた。
被災地の施設を応援する「ミンナDEカオウヤ」
東日本大震災で被災した障害者を支援する様々な取り組みが、全国各地で続けられている。その中には、「NEWSED」と同じように企業やNPO法人などが連携して支援スキームを作り、被災地にある障害者施設を応援しようという大型プロジェクトも生まれている。2011年5月に本格的にスタートした「ミンナDEカオウヤ」プロジェクトである。
プロジェクト」で誕生した。
仕掛け人は、2007年9月創業の障害者雇用関連の調査・コンサルティング会社、インサイトの関原深社長だ。1971年兵庫県伊丹市生まれの40歳。神戸大学大学院自然科学研究科修了後の97年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社。主にMOT(技術マネジメント)面でのインキュベーション事業を担当していたが、たまたま受け持った厚生労働省の受託事業で障害者施設の経営の実情を知ったことが人生の転機となった。
「作業所で働く障害者は悲惨なほどの低い賃金水準に置き去りにされていますが、マーケッターの目で見ると、その要因は障害者施設の多くがマーケティングを知らないから。障害者福祉にヒトの流れ、カネの流れを付け加えることができれば大きく伸びる余地があるはず、と考えたんです」と、インサイトを起業した動機を語る。
つまり、障害者福祉サービスにビジネススキームを持ち込むことで、障害者施設の経営改善やそこで働く障害者の収入増を実現できると考えたのである。「シンクタンクには私以外にもMOTやIPO そんな関原社長は仕事柄、障害者やその家族・支援者の置かれた状況をよく知るだけに、震災発生直後から「平時にも増して支援が必要なことはわかっているが、いったい自分には何ができるだろうか」と思い悩む日々が続いたという。そんな時に、愛知県半田市の社会福祉法人「むそう」の戸枝陽基(ひろもと)理事長が「このままでは被災地の障害者の仕事がなくなってしまう。障害者の困窮を救うためにも、今こそ授産製品を全国で売っていく仕組みが必要なのではないか」とヒントをくれた。この言葉に触発されて企画したのが「ミンナDEカオウヤ」プロジェクトだ。
販売先や仕事を発注してくれる元請け企業を失った被災地の福祉事業所と、店舗やイベント会場などで被災地の製品を売りたいと考えている全国各地の企業・団体、NPO法人、市民グループなどをそれぞれ募り、その間の営業、仕入れ、資金回収などの業務を簡潔な「販売パッケージ」にしてインサイトが仲介・代行するというのが基本スキーム。関原社長らの呼びかけに対して、まず積水ハウスCSR室、NPO法人み・らいず、授産品セレクトショップのロハス王子など大阪、愛知、東京の7つの企業・法人が協力を表明。2011年5月、積水ハウスが提供した大阪・梅田スカイビル地下1階の店舗スペースに“第1号店”をオープンし、本格的な販売支援活動が始まった。
(株式公開)の専門家はたくさんいます。自分には社会起業支援のほうが向いていると感じたんですね」と笑う。
その後、同プロジェクトに参加する被災事業所、支援企業は右肩上がりで増え続けており、現在では60の被災事業所の計313アイテムを取り扱う一方、販売支援者は全国28店舗に広がっている。販売活動を行ったイベントも累計210を数える。「ミンナDEカオウヤ」のホームページにはその日までの売り上げ総額が大きく掲示されており、1月22日現在で「3221万1425円」に達している。
本格的な立ち上げからわずか半年強でこれだけの売上高を達成したことは、経営規模が総じて零細な福祉事業所にとっては絶大な支援効果をもたらしていると言って差し支えないだろう。関原社長は「趣旨に共鳴した人が参加しやすいビジネスモデルを作ることができたのが成功の要因」と分析する一方で、「線香花火で終わらせてしまっては、一時的な義援金と同じことになってしまう。少なくとも3年間は続けて、持続的なビジネスに仕上げることが私たちの使命だと自覚しています」と継続支援への決意を表明している。
「定着率の向上」と「親亡き後の生活支援」が課題
ところで、関原社長は自身も社会起業家であると同時に、障害者支援を志す起業家やNPO法人、社会福祉法人の経営を指導・支援する“社会起業家for社会起業家”という立ち位置にいる。
そんな専門家として、若い社会起業家による新しいタイプの障害者支援ビジネスが台頭しつつある現状をどう見るかを尋ねたところ、「やはり、私の世代やそれ以下の若い世代の間には、社会の中につながりや絆を求める傾向が強まっていることが大きな背景になっている。この世代には『みんなが等しく、楽しく生きられるように』という感覚が確かにあると感じています」という答えが返ってきた。
「実際、『ミンナDEカオウヤ』の店舗運営を手伝ってくれている有償ボランティアの中にも、被災地でボランティア活動を経験し、東京や大阪に戻ってきた大学生が多数参加していますし、自ら支援活動を実践する参加型の取り組みは今後ますます活発になっていくのではないでしょうか」と見る。
その一方で、今後の課題としては「継続的に支援していく息の長い仕組み作り」の必要性を指摘する。「例えば、就労支援について言うと、企業に就職した障害者の定着率をいかにして引き上げていくか。障害者雇用数は年間7000人ほど増加していますが、内訳を見ると、3万人の新規雇用者に対して2万3000人の離職者がいる。定着率は未だに高くはないのが現状なんです」。
さらに、「より長期的には、将来の離職後の生活をどうやって支えていくか。特に懸念されるのが『親亡き後の生活支援』です。ここは福祉政策のエアポケットになっているところで、国、企業、福祉事業所が連携してサポートしていく社会システムを早急に構築する必要がある。若い社会起業家にも是非取り組んでもらいたい大きな起業テーマだと考えています」と語っている。
日経ビジネス オンライン - 2012年1月26日(木)