自閉症の50代男性Aさんが昨年6月下旬、札幌市内で盗みの疑いで現行犯逮捕された。以前の罪で服役していた札幌刑務所を出所して1カ月のことだった。懲役2年の実刑判決を受け、「塀の中」の生活に戻ったが、8度目の今回は従来と違った。Aさんの弁護士の呼び掛けで福祉関係者が出所後の再犯防止のため、受け入れ施設を確保。社会生活を営めるようにする支援計画も整えて「Aさんの負の連鎖を断ち切りたい」と連携を深めている。
事件は「花フェスタ」会場の大通公園で起きた。昨年6月29日未明のことだ。起訴状などによると、Aさんは会場内のテントに入り、飲み物5本を持ち去ったところ、警備員に取り押さえられた。所持金はわずか数百円。北関東出身で、親元を離れた30代後半から万引などの軽微な罪を重ねた累犯障害者で、札幌刑務所を出たばかりだった。7回刑務所に入り、出所後に身を寄せる場もなかった。
こうした人は再犯防止のため、地域生活定着支援センターを通じ、福祉施設に受け入れてもらう支援の対象となるが、Aさんはなぜか外れた。
札幌刑務所は独自に受け入れ施設に男性を預けようとしたが、Aさんは施設に向かう途中に拒み、街に消えた。その後、街で声をかけられた不動産業者の紹介でアパートに住んだAさんだが、居づらさを理由に1週間ほどで出てしまい、ホームレス生活に。たどり着いたのが大通公園だった。
逮捕当日、札幌弁護士会の刑事弁護センター当番だった弁護士がAさんに接見。「話のやりとりに違和感があり、健常者とは少し違う」と思った弁護士は面識のあった地域生活定着支援センター元支援員の小関(こせき)あつ子さんに相談。小関さんが自閉症を疑い、自閉症の人の生活を支える「ぼぬーる」(札幌市北区)の中野喜恵(なかのきえ)副所長に協力を仰いだ。さらにホームレスら生活困窮者を支える「なんもさサポート」(札幌市北区)の高野一明(たかのかずあき)さんにも関わってもらうことにした。
「こだわりが強く、欲しいと思った物を盗ってしまう。善悪がつかず、失敗から学べず、繰り返してしまう背景に自閉症がある」。こうした特徴についての中野さんの指摘を踏まえ、高野さんがAさんの出所後に施設で預かり、衣食住を用意。中野さんがそこに定期的に通い、日常生活のルールを教え、再犯防止につなげるという支援計画を裁判所に提出。中野、高野さんの2人は裁判官らに再犯防止のために福祉的支援が必要と訴えた。
「被告人を懲役2年に処する」
昨年9月22日、札幌地裁。裁判官が判決文を読み上げると、Aさんは淡々と聞き入った。罪状は窃盗罪より刑が重い常習累犯窃盗罪。過去10年間に3回以上窃盗罪で懲役刑を受けた人が罪を新たに犯すと、3年以上の有期懲役に処せられることになっており、Aさんは対象だった。
しかし、懲役3年6カ月の求刑に対し同2年の判決。Aさんの弁護士は「事件の背景に自閉症という障害があり、それに応じた支援を用意しているとの訴えが、判決文に反映されたことが評価できる」と振り返った。
小関さんは「出所前に支える態勢ができたことは前進だが、戻ってきたら、トラブルは絶えないかもしれない。それでも刑務所に戻るような事態を何とか避ける支援が必要」と話す。
思いはそれぞれだが、1年半後に社会に舞い戻ってくるAさんをどう支えるのか。関係者の力が試される。
05/06 02:26 更新 北海道新聞