ゴエモンのつぶやき

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校内の障壁、車いすで体験 高知大、学生団体企画

2015年12月18日 02時00分04秒 | 障害者の自立

 高知市高知大朝倉キャンパスで16日、学生や地域住民が車いすにのって段差やエレベーターなどのバリアー(障壁)を体験した。「普段過ごしているキャンパス内にもバリアーがあることを、学生に知ってほしい」と学生団体「コンパス」が企画した。

 学生らは車いすにのり、図書館で本を借りてみたり、トイレに入ってみたり。わずかな段差で苦労する場面もあった。地域協働学部1年の宮崎和佳さんは「高いところにある本に手が届かず不便。思ったより車いすの幅も広く、曲がるときには大変だった」。

 イベントを企画した学生団体コンパスは、地域の商店街活性化を目的に発足。商店街を観察するうち、障害者など一部の人がバリアーのせいで商店街から排除されていることに気付いた。代表の岩瀬誠司さん=人文学部2年=は「学内でも点字ブロック上に自転車が駐輪されていたり、舗装が十分でなかったり。この企画を通じて、多くの学生にバリアーの視点を知ってほしかった」と話した。

写真・図版

車いすでキャンパス内の段差を体験する高知大生ら

2015年12月17日      朝日新聞デジタル


慶徳会 下 ビハーラ運動を実践 

2015年12月18日 01時49分51秒 | 障害者の自立

 社会福祉法人「慶徳会」の15の施設群はJR茨木駅から車で5分ほど、大阪府茨木市の北春日丘や見付山地区一帯に点在する。戦後70年にわたり築き上げてきた福祉ゾーンだ。

  敗戦の混乱下、法人の初代理事長・藤井教恵師と妻・静野さんが児童養護施設「子供の家」に続いて力を注いだのは養老院「慶徳寺光華寮」である。困窮するお年寄りの生活保護施設。戦前からの母子寮を廃止・転用し1954(昭和29)年に開いた。費用は素封家の藤井家がすべて出した。

  教恵師はここで「親交会」という自治組織を立ち上げている。会則をもつお年寄りだけの集まり。1963(昭和38)年、老人福祉法の公布で養護老人ホーム「光華苑」へと呼び方は変わるが、その2年前から国が支給を始めたわずかな老齢福祉年金を互助精神でプールし、おさい銭も足して「子供の家」の節句の菓子代や入学・進学祝い金などに充てたという。幼老交流である。

  ユニークなのは、光華苑のそばに1958(昭和33)年、有料老人ホーム「春菊荘」(住宅型・定員8人)を建てたことだろう。社福法人では北大阪地域初だった。その前年に法人の母体・慶徳寺の本堂が全焼(原因不明)、悲運にめげず頑張る静野さんにとって、安く利用できる〝終の住み家〟は夢でもあったという。

  その一角に共同募金で「茨木老人ホーム診療所」が新築されたのは1962(昭和37)年秋であった。

  「こちらでお世話になれませんか」。診療所新築の半年ほど前、初老の美しい女性が「春菊荘」を訪れた。行友李風(1877~1959)の夫人・静江さん。李風は新国劇『月形半平太』の「春雨じゃ、濡れて行こう」や、『国定忠治』の「赤城の山も今夜を限り…」の名台詞で一世を風びした人気劇作家である。

  あいにく満室。空くのは早くても2、3年先だろう。しかし、2度も足を運ぶなど真剣な懇請に断り切れず、1962年師走、春菊荘に別館を増築(定員7人)。夫人は5年間過ごし、ここから西方へ旅立った。おおらかな時代であった。

  法人の充実期は、激動とともにやってきた。教恵師が1977年、その2年後に静野さんも往生を遂げる。創設者2人の間に子はなく、藤井家の跡目は教恵師の弟・了貞師が継いだ。第16代住職として焼けた慶徳寺本堂を再建(1980年)したほか、茨木市の要請を受け、心身障害児・者短期入所施設「養育センター」、軽費老人ホーム、高齢者のデイサービスセンター「静華苑」や特別養護老人ホーム「春菊苑」、職員寮などを次々に新設。法人2代目理事長の責を果たしていく。

 カラオケを楽しむ利用者。同市初のデイサービス施設である「静華苑」

カラオケを楽しむ利用者。同市初のデイサービス施設である「静華苑」

  法人初の特養・春菊苑のオープンは1986(昭和61)年。社福法人としては遅い事業化といえるだろう。背景は、このころぐんと進んだ養護や軽費のホーム利用者の病弱化である。ケアが必要になると、病院やほかの施設へ移らざるを得ない。最期まで住み慣れたところで尊厳ある生を−80年代、慶徳寺の本山・西本願寺(浄土真宗本願寺派)などで活発になるビハーラ(サンスクリット語で「休養の場」)運動の実践でもあった。

  寡黙ながら鋭い発想を持ち、大阪府下の福祉事業者の会議などで意見が割れた時、了貞師の一言で場が治まったとの逸話もある。本願寺派社会福祉推進協議会副会長の座にあった。会長は西本願寺総長(門主につぐ総理大臣格)。師は実質、会長のような立場でビハーラの重要性を説いた。

  旧厚生省の中央児童福祉審議会委員や大学・短大で福祉労働論の教授などを歴任し、福祉職の労務改善(近代化)を進める研究者でもあった。元号が平成となる前年の1988(昭和63)年、関西福祉界のリーダーは惜しまれつつ世を去る。享年76歳。

  平成の扉が開くとともに、児童・高齢者・障害者の福祉ニーズは多様化。今秋には、部屋と詰め所が映像で結ばれたデジタルナースコールなどを大阪府下で初導入した「サービス付き高齢者向け住宅」(定員30人)や訪問看護ステーションなども起こした。安全にこだわる。

  「介護保険制度になって介護報酬を少しは内部留保できるようになった。でも、もともと藤井家の3人が土地や建物など私財を法人へ投じてくれたゆとりがベースにあってこそです」。

  僧籍をもち、今年3月に4代目の法人理事長になった大和治文さん(76)=元兵庫県西宮市市民局長=は感謝し、こう続けた。「ある民間事業者に法人経営について話したら、あっさり言われました。『きちんとケア態勢を用意した上で利益を上げようとしたら、福祉というのは民間ではとても手を出せる世界じゃおまへん』と」。

  農繁期託児所を出発点に来年で85年を迎える慶徳会の歩みの中で、借入金を返済し終えたのは2006(平成18)年ごろだったと関係者は打ち明ける(「慶徳会80周年記念誌」2011年)。

  いま「子供の家」には虐待などで家を出た児童ら45人が暮らす。併設の「養育センター」では在宅の障害児も日中を過ごし、あるいは泊まる。間仕切りはない。同じ食堂を使い、そばで遊ぶ。だれもが安全かつ安心な空間を作る。なまなかなことで、できるものではない。

2015年1217日      福祉新聞編集部


菌床再利用、ペレットボイラー 石狩・花川南コミセンで稼働

2015年12月18日 01時44分38秒 | 障害者の自立

【石狩】木質ペレットを燃料とするボイラーが花川南コミュニティセンター(花川南6の5)で14日から稼働を始めた。木質ペレットは厚田区のキノコ栽培施設で出た使用済みの菌床を加工したもの。稼働によりこれまでの重油ボイラーに比べ大幅に二酸化炭素(CO2)の排出量を削減できる。配管の修繕で熱効率も良くなり、同センターは「冬でも暖かい館内で利用者に喜んでもらいたい」と話す。

 ペレットボイラーの設置は、菌床を加工したペレットを公共施設で利用しCO2を削減する市の取り組みのひとつ。ペレットは市内厚田区聚富で菌床シイタケを栽培する知的障害者らの就労支援施設「ふれあいきのこ村」の使用済み菌床を乾燥させて加工している。

 市は昨年、厚田区のあいかぜ図書館と、厚田、聚富の両保育園の計3カ所にペレットストーブを導入し、今年は花川南コミセンの暖房と館内にある高齢者用の浴場に、ペレットボイラーを導入することにした。

 花川南コミセンはこれまで、重油ボイラー2基を使用していたが、11月~12月上旬に臨時休館して重油ボイラーの1基をペレットボイラーに交換した。暖房の配管の組み替えも行い、使用している部屋だけに効率よく暖房を供給することも可能になった。事業費は約6千万円で、道の「グリーンニューディール基金」からほぼ全額補助を受けた。

 木はCO2を吸収するため燃えることで排出しても、排出量は相殺されるとみなされる。市によると厳冬期を除きペレットボイラーだけを使用するため、重油ボイラーの使用と比べ、年間151・8トンのCO2が削減できる。

 花川南コミセンのボイラー導入でペレットの需要が高まっていることを踏まえ、年間130トンの木質ペレットを生産するふれあいきのこ村の池田秀敏所長(53)は「使用済みのペレットの乾燥方法を工夫し生産性を高めたい」と話している。

2015年12月18日    北海道新聞


宮田の日本聴導犬協会、訓練士育成へ奨学金 都内女性の遺贈活用

2015年12月18日 01時37分33秒 | 障害者の自立

 長野県上伊那郡宮田村の社会福祉法人日本聴導犬協会は、村内で運営する日本聴導犬・介助犬訓練士学院に来年度入学する8期生を対象に、初めて奨学金を設ける。訓練士育成のために―と11月に都内の女性から受けた大口の遺贈を生かす。同協会によると、学費などを工面できずに受験を断念する人は少なくない。奨学金で、志ある人の可能性が広がることを期待している。

 同学院は1年制で最大5人まで。聴覚障害者を助ける聴導犬、肢体不自由者を助ける介助犬の准訓練士資格取得を目指す。資格は同協会が認定する。運営は基本的に寄付に頼っており、11月に遺贈した女性は協会との関わりはなかったという。

 奨学金の対象になるのは、入学金10万円、授業料61万円、毎月の寮費2万5千~3万円ほど。返済は不要で、卒業後3年以上、同協会で働くことが条件だ。奨学金設立に伴い、広く受験を呼び掛けるため、入学時期は従来の2月から4月に変更する。

 同学院は2009年に開設。これまでに北海道から九州までの22人が入学し、現在は7期生1人が学んでいる。有馬もと会長によると、学院生は寮でも訓練を共にする犬の世話をするなど付きっきりになる。有馬会長は今回の遺贈に感謝し、「補助犬に共感を持ってくれる人に入ってほしい」と話している。

 受験は18歳以上が対象で、計3回選考がある。合格者が5人になるまで、3月末まで随時受験できる。9期生以降の奨学金については未定。問い合わせは同協会(電話0265・85・4615)へ。

 日本聴導犬・介助犬訓練士学院で介助犬から携帯電話を受け取る学院生
 
12月17日     信濃毎日新聞

児童虐待、女性誘拐、裁判官への暴力… 刑法改正で分かる中国の闇

2015年12月18日 01時31分29秒 | 障害者の自立

 すでにこの連載のなかでも触れたように、中国では2015年11月1日から修正刑法が施行されてきている。

 中国が刑法を改正した理由は、社会の変化に適応するためであり、また刑罰の強化によって深刻化する問題を抑制しようとする狙いがあるためだ。つまり刑法の改正の中身は、現在の中国社会が抱える悩みを映しているということになる。

 前回、すでに刑法改正の9つの焦点のうちの3つを取り上げて紹介してきた。

 今回は、続く残りの改正ポイントを解説してゆくことにしよう。

 まずは4番目である虐待防止に関する改正だ。刑罰が強化されたのは刑法第260条。

 未成年や老人、病人、身体障害者、服役囚、看護師などに対する虐待行為に関する罰を定めた法律。本来のカバー範囲は広いのだが、今回の改正の理由は中国の全土で社会問題化している教師による児童、生徒に対する虐待である。

 従来、こうしたケースではたいてい注意やけん責など行政処分で済まされていたのだが、今後は刑務所に送られる可能性が出てくるという。

 今回の改正では、「悪質なケースは3年以下の懲役」という一文が加えられた。

 5つ目の改正点は、裁判官に対する暴言、殴打に対する刑事罰の強化である。

 これは3つ目のポイントとして触れた医療従事者や病院に対する犯罪への取り締まり強化策と同じ傾向をもつものだが、裁判の結果に不満を持った者が、その恨みのエネルギーを裁判官に向けて攻撃するという行為が、いまの中国社会で大きな問題となっていることを受けた対応とされる。

 5つ目と同じように6つ目も警察官に対する暴力の防止強化であることを見ると、中国では権力に守られている者であっても、一度利害衝突に絡めば決して安全ではないことを示しているということが言えるだろう。

 7つ目は子供と女性の誘拐に関する問題だ。

 誘拐された子供や女性を買い取った者が子供や女性を虐待することなく、また抵抗せずに解放した場合、これまでの刑法では責任を問われることはなかったが、改正刑法では軽微な罪が問われることになった。

 8つ目は私蔵する書籍についての罪である。

 テロリズムやそれに類似した危険な主義や思想を拡散するという罪に絡んで書籍や資料を持っているだけで、最高3年の刑に問われる可能性があるという。刑法120条の改正である。

 最後はスクールバスでの事故多発という現象に対する法改正である。スクールバスのスピード違反に対しての罰則を重くすることで、事故を未然に防ごうとする改正だ。

 いずれも中国の抱える社会問題を反映した法律改正となっていることがよく理解できるのだ。

 ■富坂聰(とみさか・さとし) 拓殖大学海外事情研究所教授。1964年生まれ。北京大学中文系に留学したのち、週刊誌記者などを経てジャーナリストとして活動。中国の政・官・財界に豊富な人脈を持つ。『中国人民解放軍の内幕』(文春新書)など著書多数。近著に『中国は腹の底で日本をどう思っているのか』(PHP新書)。

2015.12.16    ZAKZAK