全国の大学で、障害がある学生への支援が広がっている。4月の障害者差別解消法の施行を前に、障害に向き合う学生、教職員の姿を取材した。
■板書代筆・PC通訳・・・
滋賀県草津市の立命館大理工学部の講義室。聴講する約70人の学生の中に、前から4列目で目の前にスマホを掲げ、板書された複雑な数式を望遠で拡大して読む2年の女子学生(20)がいた。
隣の席で3年米田大樹(たいじゅ)さん(23)が板書を写すノートは、女子学生のものだ。視覚障害がある学生の「板書代筆」を引き受けた。
女子学生は、生まれつき矯正しても視力0・08以下の弱視だ。1メートル先がぼやけて見える。大学では高校に比べ授業が専門的になり、板書のスピードに追いつけないことが増えた。1年の春、大学の障害学生支援室で週5コマほどの板書代筆を依頼した。
立命館大は10年前に支援室を設置。障害がある15人の学生が、教室移動の補助や、教員の話を同時に字幕にするパソコン通訳などの支援を受ける。支援者には、1時間840円の謝礼で学生約50人が登録している。
米田さんは昨年7月、同じ学科の女子学生の支援を募る告知を見て、授業の空き時間を利用すれば自分の復習にもなると応募した。女子学生からリクエストされた字の大きさ、ペンの色で板書を進める。先輩として大学での悩みごとも聞く間柄だ。
清水寧(やすし)教授(計算機物理)もできるだけ丁寧に板書し、女子学生には配布資料を拡大印刷して渡す。「誰もが学びやすい授業とは何か。障害のある学生が授業に参加することで、考え直すきっかけをもらった」
支援室は新年度に向けて障害のある学生への配慮を考える学内向け冊子を作る。支援室に関わる学生が主体になり、支援をする人、受ける人らへの取材、執筆を進めた。「障害のある学生と他の学生が思いを言い合える雰囲気を学内につくりたい」と米田さん。
女子学生自身、教室移動は負担が大きく、細かい目盛りを計測する物理の実験など参加が難しい授業もある。冊子にそんな経験を盛り込んだ。
「大学での支援を通じて、障害とは誰もが持っている不得手なことの一つだと思えるようになった。私自身の経験を発信することで、障害や配慮について、少しでも考えてもらえたら」
■全国で協議会 課題共有
2014年、全国約60の大学が「全国高等教育障害学生支援協議会」を発足させた。課題を共有し、支援方法を模索している。
群馬大は今年度、聴覚障害の学生向けに約30キロ離れた二つのキャンパスをつなぐパソコン通訳を始めた。支援者の少ない桐生市のキャンパスの授業の映像を、前橋市のキャンパスの支援者に中継して字幕を作成。ウェブを通じ、桐生の障害学生のタブレットに即座に届く仕組みだ。
08年に支援室を設置した京都大は、支援対象の学生約40人の半分ほどが大学院生だ。学部の授業に比べ、支援する側にも専門性が求められ、学会など学外での活動も多い。支援室の設立から関わる村田淳助教は「障害がある学生が一緒に学ぶことで、大学に多様性が生まれる。周囲の学生や教員の学びにもつながるはず」と話す。(玉置太郎)
●障害者差別解消法
2014年の国連の障害者権利条約批准に向けて成立し、今年4月に施行する。障害を理由とした差別の禁止を事業者に義務づける。障害者が壁を感じずに生活できるような「合理的配慮」を、国公立大など公的機関には義務、私立大など民間事業者には努力義務と定める。

2016年3月5日 朝日新聞