「できそうにない」という既成概念に縛られることなく、目や耳の不自由な人が経営や接客をし、新しい働き方を提案するカフェが人気だ。障害者差別解消法が4月に施行されるのを前に、企業が障害者の活躍する場を広げるためのヒントになりそうだ。
▽ビジネス
東京都文京区・本郷。東大赤門近くのビル2階にあるスープカフェ「Sign with Me(サイン・ウィズ・ミー)」では、ランチタイムに混雑する店内に入っても「いらっしゃいませ」の声掛けはない。身ぶりを交え、笑顔で案内する店員は、聴覚障害者が中心。注文はメニュー表の指さしや筆談ですることができる。店員同士のやりとりはすべて手話だ。
オーナーの柳匡裕さん(43)も聴覚障害者。デザインの専門学校を卒業後、自動車メーカーなどを経て、企業で障害者の就労支援に携わった。その中で、何げない会話や議論へ参加できず、仕事上の課題や問題意識の共有が難しくなって、離職する聴覚障害者を多く見てきた。
2011年12月にカフェを開業したのは、「聞こえない人の社会に、聞こえる人を迎えるモデルがあってもいい」との思いからだ。
当事者同士が集まるコミュニティカフェではなく、補助金などに頼らないでビジネスとして成り立つことを目指した。店員の日本語が下手でも、集客力のあるインド料理や中華料理の店がヒントになった。柳さんは「味は偏見をしのぐ力を持っている」と考えた。
▽店の魅力
フランチャイズ契約を申し込んだ企業の中で、全国でスープ専門店を展開するスープアンドイノベーション(長野市)の室賀康社長が「優秀で能力の高い人が、単純作業だけではもったいない」と応じ、レシピや商材の提供、運営指導を行う。
5年目の今では、客の9割は障害のない人だ。初めは戸惑う人もいるが、手話に新鮮さや珍しさを感じる人は少なくない。店の魅力となり、「静かで過ごしやすい」という感想も寄せられる。
「日本は発展して刺激の余地が少なくなり、バリアーを求める層もいる。(障害を価値とする)バリアバリューの発想だ」。柳さんは胸を張る。
京都市の「町屋カフェ・さわさわ」では、全盲や弱視など目の不自由な15人が接客などを務める。当初は当事者が集まるためのサロンだったが、13年に自治体などの助成を受ける就労継続支援事業所(B型)となり、観光客らも気軽に立ち寄れるカフェに衣替えした。
来店のきっかけ作りとして、2階の一室をヨガやライブの会場としても提供。病気で視力が低下した後藤節子さん(65)は「外出がおっくうになっていたが、今は週4日ここへ通うことが楽しい」とほほ笑む。音声で知らせる計量器を使えば、全盲の人でもコーヒーを入れることができる。
金森淳哉所長(25)は大学時代に右目を失明した当事者だ。「視覚障害者はマッサージ師というイメージが強く、職業選択の幅が狭い。工夫次第で就ける職種が広がることを示し、一般就労につなげたい」と意気込む。
▽新しい視点
新たに施行する障害者差別解消法や改正障害者雇用促進法では、障害による差別を禁じ、障害者の求めに応じて能力を発揮できるよう、事業主は合理的な配慮をしなければならない。
「企業は障害者の仕事内容を、この作業は向いている、あるいはできないという固定観念で限定しがちだ。こうしたカフェの存在を参考に、新しい視点で職域開発を考えてほしい」。第一生命経済研究所の水野映子上席主任研究員はこう話している。
(共同通信=米良治子)