一戸建て住宅やマンションを利用した障害者のグループホームが、消防法施行令改正で窮地に陥っている。今年度からスプリンクラー設置が義務づけられたが、高額の設置費用は、非営利の運営団体にとって大きな負担だ。賃貸の場合、家主から設置を認められなければ、住めなくなる恐れもある。
■スプリンクラー設置率に大きな差
社会福祉施設へのスプリンクラー設置基準は、多数の入居者が亡くなる火災が起きるたびに厳しくなった。初めて設置が義務づけられた1972年、対象施設は延べ面積6千平方メートル以上だったが、段階的に縮小され、昨年4月に面積基準が撤廃された。避難が困難な入居者が多数を占める場合、どんなに小さくてもスプリンクラーを付けなければならなくなった。
移行期間として3年の経過措置があるが、2018年4月以降も設置しない場合、自治体から指導や命令を受ける可能性がある。
グループホームで生活する人は主に障害者と認知症高齢者に分けられ、特に障害者系でスプリンクラーの未設置が顕著だ。消防庁の13年の調査によると、新たに設置が義務づけられた275平方メートル未満のグループホームのうち、スプリンクラーがないのは高齢者系が全体の26%の538カ所に対し、障害者系は90%の1453カ所に上る。
厚生労働省の13年の調査によると、障害者系約1万5千のグループホームのうち、7割が賃貸だった。障害のある人と援助者でつくる日本グループホーム学会(横浜市)の室津滋樹事務局長は「賃貸の場合、家主からスプリンクラー設置の同意を得られない場合もある。一方で、障害の重い人と訓練を重ね、指示に沿って避難できるようにするなどスプリンクラー以外の安全対策に力を入れてきた」という。
大阪府生活基盤推進課によると、一戸建て住宅や3LDKのマンションにスプリンクラーを設置する場合、400万~500万円が必要とされる。国の補助制度はあるが「補助枠が狭く取り合いになり、受けるのは難しい」という。グループホームの経営は収支がほぼ同じというケースも多く、想定外の出費は経営を圧迫しかねない。
国は02年以降、障害者が暮らす場所を施設から地域に移すことを推進してきた。障害者本人の気持ちを尊重し、障害のない人と同じように生活することが重要だからだ。グループホームで暮らす障害者は09年度の5万6千人から14年度は9万6千人に増えた。
鹿児島大法科大学院の伊藤周平教授(社会保障法)は、今回の施行令改正について「安全性は重要だが、アットホームな地域生活への移行を進める以上、十分な資金補助をするなどの手当てが欠かせない」と指摘する。
■現場は火災予防に独自対策
NPO法人「出発(たびだち)のなかまの会」(大阪市生野区)は、大阪市内で6カ所のグループホームを運営する。いずれも4~5人の知的障害者が生活する。
障害者のいる時間帯は支援者が常駐。火災報知機や火災通報の専用電話を設置し、年2回避難訓練をする。暖房や調理器具は電気中心で、灯油は使わない。支援者には禁煙を義務づけている。同会理事の石井香里さん(40)は「スプリンクラーがなくても安全に住めるよう心がけてきた。一戸建てのグループホームの広さは一般住宅と同じ。普通の家にないものを義務づけられるのは納得できない」と話す。
6カ所で必要な経費は2千万円以上。費用を賄うため入居者から新たに徴収するわけにもいかず、2017年度までに用意するのは難しいという。
社会福祉法人なにわの里(大阪府羽曳野市)は、賃貸マンションの3LDKを6室借りて、グループホームを運営。知的障害者や自閉症の計18人が入居する。賃貸を活用したのは、グループホームを新たに建設するより費用が安いからだ。
障害者の生活拠点を地域に移す国の方針を受け、09~10年にグループホームを始めた。知的障害者や自閉症の人は環境の変化に弱いため、一つの場所へ慣れるのに時間がかかるという。理事長の前田研介さん(44)は「安全重視は当然だが、現場にとっては厳しい内容。こんなことでは重度の障害者の生活は成り立たない。地域移行を推進しながら大きな負担を強いるのは矛盾している」と指摘する。
スプリンクラーの設置には、水道管を各部屋に通すための屋内工事が必要だ。大阪府は「コスト面はもちろん、賃貸住宅では家主の承諾を得られないなど、付けたくても付けられない状況がある」と、法改正に疑問を呈する。昨年12月には府内全43市町村とともに、消防庁に設置基準緩和を求める要望文を提出した。府生活基盤推進課は「障害者の安全を確保するための施策で、住み慣れた場所を追われるようなことになるのは本末転倒ではないか」と訴えている。
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