東日本大震災から五年がたつ福島県相双(そうそう)地域で、介護職員不足が慢性化している。震災の津波被害に東京電力福島第一原発事故が重なり、域外に避難するなどして離職者が多かったのに、新しく就職する人材が少ない。地域の福祉施設で働こうとする県外の人を増やすため、県が研修料や就職準備金を貸し付けるなどの対策を講じているが、希望者が少なく苦境が続いている。
「震災前二百三十五人いた職員のうち約百人が震災で退職し、五年間で戻ったのは五人程度。厳しいですよ」。同県南相馬市で特別養護老人ホームやグループホームなど十施設を運営する社会福祉法人「南相馬福祉会」の大内敏文常務理事(59)は嘆く。
昨年十一月に開設した個室タイプのユニット型特養(四十床)では、二十三人程度の職員が必要なところ六人しか確保できず、ずっと短期入所用十床のみの運営。「市内の他法人の施設も、職員不足で開店休業状態のところばかり」という。
厚生労働省福島労働局によると、今年一月分の介護関連職種の有効求人倍率は、相双地域で実に六・四二倍。三百八人の求人に対して、四十八人の求職しかない。実際に就職したのはわずか十人だった。県の全職種の倍率は一・四六倍。介護職種でも県全体では二・九九倍なので、相双地域は突出して高い。季節変動はあるが、ここ二~三年は三倍以上で推移している。
介護職員は、不規則な仕事に対して賃金水準が低いことなどから全国的な人材不足が指摘されているが、相双地域の場合は「原発事故の影響が大きい」(県社会福祉協議会)という。
事故後は子育て世代の職員を中心に、域外への避難が相次いだ。避難は次第に「移住」となって人材は戻らない。地元にとどまっても、津波被害を含む環境の激変で仕事を続けられない職員が多かった。その後も「原発事故の避難が続く場所とのイメージが新規就職を遠ざけている」(同)。
介護施設の全国団体から会員施設の職員を数週間から数カ月ずつ「派遣」してもらってきたが、二〇一五年度でいったん終了する。
急場しのぎでない人材を確保しようと、県は一四年度から、県外から相双地域、いわき、田村両市の福祉施設に常勤の介護職員として就職しようとする人に、介護職員初任者研修等の受講料最高十五万円、就職準備金三十万円を貸し付ける事業を始めた。それぞれ一~二年勤めれば返済を免除する。ただ、八十人分の予算枠に対し初年度の利用者は二十六人。一五年度も同程度にとどまっている。
◆定住を望む若手も
「仕事中はつられて福島弁をしゃべってます。利用者さんも同僚もとても大切にしてくれますよ」。一四年四月、故郷の福岡市から、福島県飯舘村の特養いいたてホームに就職した介護福祉士井上祥行(よしゆき)さん(30)は、笑顔で話す。
以前は福岡で障害者施設の職員をしていた。震災後の派遣事業で一週間、南相馬市の施設で手伝い、もっと被災地の役に立ちたいと願った。今は「被災地だから助けたいのではなく、自然も人情も素晴らしいこの地が大好き。定住して働き続けたい」と希望を語る。
<相双地域> 福島県浜通りの中北部に位置する相馬、南相馬両市と相馬、双葉両郡の10町村を指す。福島第一原発が域内に立地している。
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「今日も元気そうですね」。すっかり福島の地に溶け込んで介護職の仕事をこなす井上祥行さん(左)
2016年3月9日 東京新聞