「障害」って何? そんな問いかけを通して新たな気づきを促すイギリス発祥の研修がある。「障害平等研修」と呼ばれ、日本でも障害者差別解消法が昨年4月に施行されたのを契機に自治体や大学などを中心に広がっている。
ドラマの主人公の男性は「健常者」。女性に手話で話しかけられても、わからない。会社の採用面接に急ぐためにタクシーに乗ろうとしたが拒否された。すべて車いす専用だった。面接会場で渡されたのは点字の資料で読めなかった――。
このドラマは名古屋市役所で2月にあった障害平等研修の教材として上映された。男性は夢の中で、何らかの機能障害がある人ばかりの社会に迷い込んだという設定だ。障害があることが当然の社会では、「健常者」の男性は少数派となり、不自由や差別、偏見に苦しんだ。
障害平等研修に正解はない。自分で何かに気付くことが大切だ。名古屋市の研修には2日間で計70人が参加。ドラマ視聴後、参加者同士で話し合い、「障害とは何か」を考えた。市環境局の俵幸司さん(27)は「障害は体の自由が利かないことだと思っていたが、社会が変われば『障害』をなくすことができると思った」と話した。研修のファシリテーター(進行役)は車いす利用者の近藤佑次さん(30)。「障害に関わる問題が起きたら、個人ではなく社会の問題として政策などを考えてほしい」と話した。
東京都では昨年5月、都職員と大学生、民間企業の社員ら約30人が参加し、障害平等研修を受けた。都の担当者は「社会が変わることで、障害者に限らず、様々な人たちが暮らしやすくなるという考え方を学び、有益だった」と語った。
また、東京五輪・パラリンピックの大会コンセプトの一つに「多様性と調和」を掲げる組織委員会も昨年6月、武藤敏郎事務総長ら幹部職員26人が参加し、障害平等研修を受けた。新年度以降も組織委員会の職員である障害者3人をファシリテーターとして研修を続けるという。
企業への広がりが課題
障害平等研修はイギリスで1995年に施行された障害者差別禁止法の推進のために考案された。日本では名古屋市で研修をしたNPO法人「障害平等研修フォーラム」(東京)が2014年から始めた。障害の「社会モデル」と言われる考え方を広めるのが目的だ。ファシリテーターは必ず障害者で、60日間の養成講座を受けた人が全国に63人いる。
フォーラムによると、昨年4月の障害者差別解消法施行後に問い合わせが急増した。16年度の研修は予定も含めて11都府県で計約110回を数える。14年度はわずか8回だった。
この法律は、障害者が社会的障壁を感じない「合理的な配慮」を公的機関に義務付けた。このため、研修の要請は自治体や大学からがほとんどで、東京都や群馬県、東京大、琉球大などで研修した。
課題は企業への広がりだ。日常生活では自治体よりも企業のサービスを受ける方が圧倒的に多いが、研修を受けた企業は琉球銀行(沖縄)など数社。障害平等研修フォーラム事務局員の長嶋葉子さん(45)は「合理的配慮が法律上の努力義務になっている民間企業にどれだけ研修を受けてもらえるかが課題」と話した。(保坂知晃)
〈障害の「社会モデル」〉 「障害は個人にあるのではなく、社会にある」という考え方。日本を含む170余りの国・地域が締結した国連の「障害者権利条約」も、この社会モデルに立脚している。社会モデルは、心身の機能障害と社会にある障害を分けて考える。例えば、車いす利用者が1階から2階に移動したいが、階段しかないケース。2階に上がれないのは体の機能障害が原因ではなく、「エレベーターがない」などの社会的な障壁が原因だと捉えて、社会に変化を促す。
対になる概念は「個人モデル」だ。個人の心身の機能障害が原因で社会的な不利が生じると考える。解決の手段は個人の治療やリハビリなどが優先される。
名古屋市職員を対象に開かれた障害平等研修。「障害とは何か」について障害者を交えて議論した
2017年3月26日 朝日新聞