枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

神無月、朔・大潮

2016年10月31日 | Weblog

 定例の朔日。神無月になって、神さま不在らしい。何やら暗雲たる気配と、厭な予感が募る。布団を干したが、天気怪しく仕舞う。洗濯物が乾かないのに、落胆しつつ、枇杷葉を見上げ、リエさんのに、15枝程が見えてほっとする。銀杏と胡桃を宅配に。

 箱の隙間に、千振を少し入れたよ。これで1年間はあるかも。今朝も、枇杷葉茶で淹れたが、苦いのに口が下がる。いやいや、よく効きますな。次第に医者から遠のき、身体は適応していくばかり。実際、有難いことです。友人のお蔭でもあるが感謝に尽。

 職場の上司が、茗荷鮨が好きで、何かと言うと美味しいと呟く。酢飯が好みの味らしく、堪らないとの殺し文句を言う。夕方からの勤務なので、作ろうと準備する。これで今年の茗荷は終わりだ。材料がなくては握れない。これからはお寿しの美味しい季節。

 月曜日は、図書館が休みなので、返却には明日行こう。明日から、ブックカフェがあるのだが、珈琲もメーカーや、水にも依って、不味くて飲めない時がある。ため息が出るので、初めから持って行く。都会のブックカフェではどうなのか?行ったことがない。

 昨夜は、満天の星空で、昴もオリオンも、シリウスも燦然と輝いていた。携帯で撮影したら、綺麗に写っていた。自宅から、宇宙が眺められる幸せを感謝し、もったいない気分になる。家には明かりがつき、賑やかなことだ。枇杷葉の香りに、身を委ねつつ。

 僅かなことに感謝し、自分で満足しなければ、幸せには気づかない。天変地異も分からず、不運を嘆くだけでは始まらない。戒めや畏れのある、自然からの警告に耳を貸そう。不便さもまた愉しいものだ。便利と快適さだけでは、人間の暮らしは立ち居ず。

 昨年の赤枇杷。長崎茂木だが、花芽が付いた割りには、雪や霜にやられて落ちた。今年も満開になってもどうかな。

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長月から神無月へ

2016年10月30日 | Weblog

 今年の新暦と旧暦の差は、あまり違わず1ヶ月のずれになっている。閏月が入ると、計算の仕方が異なる。それにしても月日の経つのが早く感じられて、何だか異様な想いを抱くが。地球の滅亡が、速まっているのかもしれない。厭な予感は消えてはくれない。

 初冬ともなると、流石に虫の声が潜んだ。鹿の鳴き声も遠くなり、山は色付いていく。風の強くなる日も増え、小春日和に安堵しよう。日本の四季に想いを連ねて、空気の変わり方に敏感になりたい。何やら得体の知れない不安が纏う。轍が残ったまま去るか。

 日曜日の献立に、コロッケを計画したのはいいが、午前中の受診はあるわ、手伝ってもらうように声かけのタイミングを計るで、昼食が少し遅れてしまった。じゃが芋は、洗って鍋に水と塩を入れた中にはめ茹でる。玉葱と肉はカッターで微塵きり。それを混ぜる。

 卵を落とし、茹であがったじゃが芋の皮を剥き潰す。それを全部混ぜて、パン粉を塗して揚げた。大きさは様々で、形も色々だが、味はよかったらしい。お変わりが続出してびっくり。職員のは崩れた歪なものだが、食べてくれる。廃棄処分にしなくてよく安堵する。

 簡単に作ろうとすれば、何回も失敗するし、練習もしなくてはならない。毎回が、緊張の連続である。殊に、油を扱うので細心の注意が要るよ。どんなに一生懸命作っても、食べてくれずでは寂しいものだ。糖尿の方には、フライパンで焼いてみたが、先ず先ずか。

 午後からの外出に、数人が出かける。居残り組は、新聞や広告を片付けたり、居眠りをしたりの寛ぎ様。こちらは見守りつつ、仕事に励む。トイレに頻回に行かれる方、枇杷葉茶を飲めば止まるのにと気の毒。風邪を引いていたのが、いつの間にか千振で治った。

 いやあぁ、苦かったのなんのって。今も湯飲みに入れているが、実に良く効く。口内炎も治っている。友人がたくさんくれたので大助かり。これを飲むと、痩せるのは真実。純粋な国産品で、地元産であるから、安心して飲める。枇杷葉茶で淹れて、思い切って飲む。

 桔梗。根を煎じると薬草になる。花は薄青色で、蕾がぽんと弾けて咲く。野では秋の花だが、これは夏。

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歳を重ねると・・・

2016年10月29日 | Weblog

 自宅での自立度が高い方は、食べ物を粗末にせず、遣り繰りをするものだが、他人との集団生活を余儀なくしていると、動かないことで残すことになる。幾ら広いとは言えども、施設を建てる条件は決まっており、個人の空間となると幾らもない。

 風呂もトイレも、食堂もあれば、お洒落をして出かける気もおきない。一日の単調な時間の流れの中で、三度の食事を口にするのは、好きな物なら兎も角、食欲が起きないのも無理からぬこと。自分から、食べたいと思わねば食欲は湧かないよ。

 食事の栄養的なことは、あまり考えてはいないが、できる限り旬の材料を使い、刻みにしても見た目を損なわず食べてもらいたい。その場限りの思いつきでなく、研究して作れなければ意味がない。自宅で何度も失敗したのを、誰も知らないが。

 美味しく、綺麗で、食べる気になるメニューを考えてほしい。給食委員であれば尚更だ。従来の献立はお年寄りに好まれる物、新しい物も多少は取り入れ、高齢者向けの味付けにしようとは思わぬか?下手な考え休むに似たりでは進歩がない。

 学ぶことは、介護のことばかりではない。努力することも惜しまず、皆の笑顔がある、食事を楽しみにしてくれる施設にしたい。そのための隠れた研究を続けたいものだ。栄養委員ではないから、献立に口出しするな、と言うのは工夫が足りない。

 珈琲の淹れ方も、その日の気分や、種類に依っても大きく違う。唯、諦めずに、美味しいのを淹れよう、と思うことと、加減を調節していけばいい。失敗ばかりではめげるが、気持ちを新たにして、淹れていけば、そこには心が通うだろう。信じよう。

 枇杷葉の苞があちこち破れてき、その綻びから、白い花弁が覗いている。今年は、植えてある枇杷葉の殆んどに、花芽が付いている。ありがたことである。サンタ枇杷葉が風で傾いていた。軒下を越えたので、剪定しなければ、と思った矢先だ。

 夏の庭に、植えたのをわすれていても、季節は廻るもの。日本の四季に、感謝しつつ愛でている。

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熊の受難・・・

2016年10月28日 | Weblog

 田舎に居ると、自然との共存を余儀なくされる。中でも、動物に遭う可能性は高い。加えて、猪の被害は大きくて、夕方から夜間にかけて、走行する車に突進してくる。車の種類にも依るが負ける。それに相手が猪では、文句の言いようもない。泣き寝入り。

 最近は、熊の出没が多く、身近な場所で遭遇する。餌がないのであって、熊にとっては死活問題。あちらの方が困り果てている。環境を破壊し、自然を代えてしまう愚かな行為を、人間は止めない。便利で快適な生活を望み、自分達は悪くないと主張する。

 勤務から帰宅。ぐったりのへろへろで、ぶっ倒れる寸前だが、ポストに何やら入っているのに気づく。えっ?!あかね書房?開封してびっくり。末吉暁子さんの娘さんから、謹呈と枝折が挟んである。最終巻となった、にじ色ドラゴンは、ぞくぞく村のシリーズ。

 毎回、決まったように新刊を贈ってもらっていたが、訃報を知っているだけに、今回は本屋に注文していた。クリスマスプレゼントに、子どもさんのおいでの勤務先の方に、差し上げる心算である。小さな児には365日のお話しを、小学生にはこの本に決め。

 りささんからの思いも懸けないことに、びっくりしてしまう。気がかりなのは、昨年はあった花芽も、今年は見当たらず、葉ばかりが繁っている。枇杷葉にも種類がたくさんあるから、一概には言えないが、結実したらお贈りしたく、その日を心待ちにしていたい。

 旧暦のカレンダーの案内が配達されていた。Aさんも購入されるので、毎年2部注文する。新暦のだけだと、歴史的なことが分からず、季節感もずれて来る。このカレンダーを知ってから、せかせかと追いたてられることが、少なくなった。気持ちが和らぐ。

 山茶花の咲き始め。焚き火は、昨今は見られなくなったが、花は季節を忘れない。我が家のもそろそろ咲きだすか。柊の小さな花も、木の持つイメージとは違う、可憐な白い花だ。闇に紛れて匂うが、気づかねば知らず。枇杷葉の花芽も、馥郁と漂うが。

 カラー。この花をリボンで巻いて、貰うことがあったら、遠い記憶に戻れるかもしれない。遥かな時間を超えて。

 

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空想力を豊にして・・・

2016年10月27日 | Weblog

 子どもの頃、とんでもないことを創り出し、それを周囲に話すので嘘つきと言われた。特に意識して、嘘を吐いているのではないが、他の者が考えないことなので、異様な眼で見られた。祖母は、そんな孫に、神さまがくださった力だ。と慰めてくれたもの。

 然し、こういった力を、偶然にか持っていると、煩わしさがあり、意図することと異なる想いに斯きたてられる。望んである訳ではない。その如何に拘らず、或いは、力の大きさにも縁って、使い方を誤る畏れも無きに等しい。嘘と坊主の頭はゆわないよ。

 日中の暖かさに、網戸にしているが、風が入って来て心地好い。然し、朝の寒さについ重ね着をしてしまう。湯たんぽも小さいのを入れている。夜半の眠れないのは足元が冷えるからだ。風呂の入浴温度にも依り、身体の温まり方が違うので風邪を引く。

 咳やクシャミが出るのであれば、マスクもするが、予防では掛けない。マスクを掛けた顔は、マスクオブゼロになってしまう。顔の面積が狭いので困る。視野が狭くなってしまうのも問題。他人の無遠慮な咳に閉口する。山女酒で嗽をすれば、直ぐに治る。

 自然からの恩恵に、常日頃から感謝して、心を沙羅にしていると、異変があったら感じられるが、今の教育では教えない。便利で豊かなことばかりを好み、不便さの中から、創意工夫することをしない。相手の欠点ばかり探して、勇気もやさしさもないね。

 人間として、この世に性を与えられたなら、必ず使命がある。森羅万象には、こういった摩訶不思議が組み込まれていて、様々な事例に対して、生きていく術を探させるのだ。学校では教えてくれないことは、家庭や地域で学ぶ。そういった環境が乏ね。

 小学校、中学校と進み、高校に行き、大学を目指す。単なる勉強なら何処でもできるが、自然の摂理は、自ずと学ばねば理解できない。地道な努力も必要だろう。決して誰かの為し得た業績ではなく、自分の頭で考え、挫折を繰り返して手に入れるのだ。

 大器晩成型かもしれない。若くして悟ることも、間々あるが。短気は損気とも言われるが、研究自体、愚にもつかないことかも知れない。信念を曲げずに生きることは、実際にはとても厳しい。家族の愛・勇気とやさしさであろう。してみると贅沢が多いなぁ。

 花芽が満開になると、心が満たされて、例えようもなく幸せになる。自然の持つ力の、素晴しさ・凄さに。

 

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読書週間

2016年10月26日 | Weblog

 読書週間になり、灯火親しむ頃ですが、小説のベスト1位は、夏目漱石の坊ちゃんだそう。ふ~ん・・・、そうなのか。然し、図書館にさえ行く気の無い者も多い。興味の対象が異なるのは仕方がない。それにしても、静かに書籍を読む者の、少なくなったこと。

 図書館に予約していた、宮城谷昌光・湖底の城7巻を借りた。三国志にエネルギーを注ぎ込んで、些か疲れているので、軽い読み物ばかりだった。中国と言うより、歴史物が面白い。南総里見八犬伝は、一番魅力的である。贄門島は、驚く内容で読みが早。

 個人的なことだが、最初を何ページか読み、そこから最後に入る。長編には、中半で厭きてくるので、犯人の心理状態を憶測するのに、必ず最後を知りたくなるのだ。そういった件で読むと面白いこともある。死者の言霊だけは、普通に読んだが惹きこまれた。

 奈良に行きたくなる。興福寺の阿修羅像に遭いたい。若い頃には、日帰りもよくした。始発で行って、夕方帰宅するのだ。慌ただしい工程だが、快速に乗れば速いので、順序を間違うこともなく、奈良駅から徒歩で辿ったものだ。薬師寺に大仏殿、正倉院外観を。

 枇杷葉との出遭いに想えてくるのは、光明皇后の施薬院で、薬湯での治療を見つけたから。枇杷葉だけではなく、様々な薬草を摘んで、症状に合わせて薬効を施していた。それにしても枇杷葉の効果は凄い。加えて、施術方法が効を得たものに違いない。

 友人の持って来てくれた、千振を知人に飲ませた。苦い!と文句を言っていたが、暫くして口中が爽やかになっらしく、びっくりしていた。その千振も今は、何処にでもあるというのではない。花の色も、桃色、薄紫色、白色とある。祖母と山中で見たことがある。

 リエさんの花芽がたくさん、と撮影していたら、その右横のに、1枝苞が見えた。あれぇ・・・。この木は、未だ5年ばかりの物だ。リエさんのも南側は、日当りが好いので、そっちが多い。百日紅の下で、一向に育たない枇杷苗を、南に移動する。これは白かな?

 晩秋に桜が満開になっている。孫にも教えておいたが、通学途上はスクールバスなので、気づかなかったようだ。それにしても、自然に興味を持っていないと、地震や津波の来ることも分からない。小さな異変から、命を守る工夫を見つけ、生き延びていこう。

 昨年の長崎茂木。10年以上経つと、樹が傷んでくるようだ。剪定もきちんとしないと、結実が怪しいのだ。

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孫の迎えに

2016年10月25日 | Weblog

 小学校も、6年生ともなると、一端の口を利く。生意気と言えばそうで、これで中学生になったら、ドラムを叩くと張り切っている。元気過ぎるのが良くもあり、お転婆である。小さい頃は、ころころとしていたのが、竹のようにすらっとしてきた。父親似である。

 午前中の勤務を終え、用事を済ませて帰宅する。友人が訪れ、お茶を飲み、今晩の献立を作る。一段落して、孫を迎えに行き、やれやれとしている。折悪しく雨が降り出してきた。夕方からの崩れと思っていたのが当る。半日有給で使い、先日のと合す。

 朝夕は寒さが増すが、日中には暖かいので、枇杷葉の苞が綻んで、一枝毎に開いていく。それだけで、可なりの香りがしてくる。何枝か咲いているに違いない、と見回っていたら、リエさんのにたくさん付いている。これはひょっとして結実するかと期待す。

 孫の音読は、やまなし。他の作品も読んでみるといい。と感想で書いておく。余程の本好きでないと、手に取ることもないだろう。環境も、授業にも、一昔とは格段の差がある。貪るように蹲って読んでいた頃が、懐かしいな。一度読んだら忘れなかったが。

 ショークスピアの作品と、その大まかな内容を話せるのに、他人が眼を剥く。でも、せめて一般的には言えなくても、図書館の方には答えてほしい。本の探偵をされていた、赤木かんこさんのようでなくても、覚えていてもらいたいものと、がっかりしてしまう。

 蜷川幸雄さんの演出で、主演は平幹二郎さんだったか?神戸オリエント劇場まで、リア王を観劇に行ったことがある。その度迫力に、惹き込まれて全身が総毛だった。生での演劇を観たのは、後にも先にもそれだけである。然し、鮮明さは変わらないもの。

 ナルニア国物語、銀のいすが、映画化されるようで、楽しみではある。原作との違いは否めないだろう。それでも、三作は見応えがあって面白かった。ホビットも指輪物語も、個人的には原作の方がいい。活字での愉しさ、面白さに空想できるからかもだが。

 初冬頃から、赤くなっていく南天。毎年、年賀状に印刷しているが、野鳥が啄ばんでしまうのが難点。

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風邪引きばかり・・・

2016年10月24日 | Weblog

 風邪引きが多く、マスクをしている者が殆んどで迷惑である。ゼロゼロ、コンコン、引っ切り無しの咳。山女がいいのに、と思うが、医者に行くことばかりが優先する。移されては堪らないが、勤務の状態で、それさえできないのが実情。千振を飲み風呂中止。

 ところがこれが失敗だった。足湯をして、布団に入ればよかったのを、そのまま布団に潜った。寒いじゃない?慌てて簡易懐炉を貼り、温めようとしたが、明方まで熟睡できず。やっぱり、急場凌ぎはいけません。明日は、半勤にしてもらったので眠れるよ。

 日中は、携帯を不携帯で、ロッカーに仕舞っているので、自宅に帰っての点検になる。リエさんからの着信がある。急いで連絡すると、何かほしい物ってある?と聴かれる。えっ?思ってもみなかった言葉にびっくり。しーちゃんも傍に居て、久々の声を聴く。

 でも、そっちに行ったら、至れり尽くせりの大歓迎。案内までしてもらって、これ以上の贅沢はありません。あり難さにお礼の出来ることを、然も、友人からの持参品で、喜んでもらえるとは。リエさんには何もしていないので、恐縮するばかりです。ありがとう!

 花芽も、少しづつ綻んできていますから、楽しみに待っていて。枇杷葉生活で、元気でいてくれればいいし、こちらにもお出かけくださいね。と言っても、案内する所は、さしてありませんが。出不精であちこち行っていないので、不案内ですが。風邪に注意。

 来月には、介護フェスタがあって、今から掃除の段取りで頭が混乱。見えない場所を、如何に綺麗にしておくか、腕の店どころです。然し、集中的にしないと、きっと翌日には、元の木阿弥でしょうね。汚すのは早いが、綺麗には中々ならずで、頭が厭いの。

 今朝は、早出勤務であったから、下弦の月が南の宇宙に観えて、とても美しかった。寒くなると、月は次第に遅くなる。金星がゆっくりと上って、一番星に観えてくるよ。冬の宇宙には、オリオンやシリウス、プロキオンが狩りを始める。昴の見事さも一段と。

 山茶花の咲く季節。子どもの頃に、祖母のしてくれていた焚き火が、酷く懐かしく甦る。遠い記憶は鮮やか。

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長月・霜降、下弦・小潮

2016年10月23日 | Weblog

 二十四節気 霜降 陰気深くなり、露は霜と化して、草木の葉は、黄変する。の意味で、霜降と言う。毎年、十月二十三日頃である。朝晩の冷え込みと、日中の気温の差が一段と開くこの頃ですね。温暖化で、除々に暖かくなりつつとは言え、四季のありがたさです。

 先日から、湯たんぽを出すべく、用意はしているものの、急激な暑さに戻って、放置されています。こういった気象条件が重なると、思わぬ事態が発生して、世間の動きも転じる。国会は、其処に付け込んで、肝心な裁定を先延ばしに、或いは、うやむやにしてしまう。

 新聞の紙面も、変わらなくてはならないが、何とか主要な事柄から、庶民の眼を外したい帰来があるような思惑が、胸の中に蟠る。政治には疎いが、これだけ庶民を莫迦に仕切った体たらくには、多額の金が絡んでいることをはっきりさせる。いつの時代にも同じだ。

 物言えば唇寒し。の感があって、何かを書けば、四方八方からの攻撃に曝される。自由・平等を掲げながら、謂わば個人攻撃・虐め・ハラスメントそのもの。弱者が強者には、何も言えずにいた時代よりいいのかも知れないが、何か釈然としない。難しい世の中だね。

 今年、著名人の多くが亡くなって、心の悼みが拭い去らない。何よりも、末吉暁子さんの居ないことに、深い哀しみを禁じ得ないもの。心の拠り所を失った感が強い。体調を崩す原因は、自分の健康管理ができていないのだが、精神的な影響の、何と大きなこと・・・

 まあ、それだけの弱さでしかないのだが、色々と想い出が走馬灯の如く過ぎ去る。単なる感情の深さでしかないのかも、と考えてもみるが、繋がり方のも由るのかも。最後となった著作、にじいろドラゴンは、今店頭に並んでいる。少し多目に注文し、プレゼントしよう。

 宇宙の変化に、気持ちが動くのは、自分を生み出してくれた、森羅万象に畏怖の念が宿るからだ。ご先祖さまに感謝。

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オリオン座流星群

2016年10月22日 | Weblog

 昨夜半、と言っても、午前零時を数分経過していた。運良く庭に立った時、月が煌々と輝いていたにも拘らず、庇の陰になっていたことが幸いしていたのか、オリオンは東の宇宙に登っていた。おおっ!然も、数個の流れ星!!これは自然からの贈り物。

 天気予報では、曇りか雨のように報じていたが、数分のチャンスだった。その後は雲が広がりさっぱり観えなかった。風のない穏やかな夜であったが、何と言っても晩秋だ。幾ら自宅とは言え、寒いのは変わりない。風邪引きでも、明日は勤務になってる。

 リエさんのメールに気づいたのは、午前15分前で、返事をしたものの、きっと夢の中だろう。山女も無事に着いたらしく、皆で分けたとあった。地震の心配をしてくれていたが、特に被害はなかったです。阪神淡路震災の時と同じ震度だが、揺れ方は弱い。

 これjは、活断層の位置の違いから来ていて、住まいから言えば、神戸や大阪の方が、揺れ方は大きいのだ。あの時には、びっくりしたのとで立って居られなかった。時間も、早朝であり、火災の心配もあった。今回は休日で、のんびりしていたからかな?

 今朝の新聞を見て、当地の被害の凄さに、今後の想定をしておく。施設では、職員が慌てふためいたようで、これが大地震では、確実に助からない。避難訓練等、暖簾に麩である。避難場所も、学校の合併で遠くなるとか。覚悟の度合いと、冷静さかな。

 今後も、一週間ばかりは余震が続くそうだが、日本列島地震国であるのだ。南海トラフのこともある。更なる大きさの地震が起きるのは、誰が考えても分かる。オリンピックや、万博に浮かれている場合ではない。自分を守り、生きていく術を学んでおこう。

 数え切れない花芽。満開時の匂いたつ薫りには、心を蕩かすような効果がある。自律神経失調症には佳い。

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