枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

十六夜

2012年10月31日 | Weblog

 長月も、中旬を過ぎると、流石に冷え込みが大きい。室温が18℃以下にも、当たり前の朝だ。枇杷葉茶を淹れ、珈琲を沸かして飲む。弁当を作っておいて、ゆっくりと新聞を読みながらの珈琲は格別。サンタさんの志に感謝する。

 最近は、入浴時に塩で洗うのだが、これが効く。枇杷湯に浸かると、塩で揉んだのが張っていく。特に足はぽかぽかで、以前はかなり熱めの湯であったのが、ぬるま湯でも温かい。風呂上りは、枇杷葉ローションを全身に塗布する。

 就寝具は、羊毛敷き布団にカバー、薄目の毛布と綿毛布、羽布団に厚目の毛布。昨年までは、これでも寒くて湯たんぽを入れていた。体が冷える。特に足元が冷たい。従って生理的作用も起きる。夜間に起きると振るえていた。

 宮古島の雪塩を手にしてはいたが、高価なこともあって躊躇していた。結膜炎も、枇杷葉エキスで治るが、今回は日数もなく、早急にする必要に迫られた。眼に擂りこむのだ。痛いなどという、生易しいものではない。因幡の兎の心境。

 然し、治った。眼にあったごろごろも消えた。塩には殺菌作用もあるが、これほどとは思いもしなかった。医者に行く時間と、治療費を差し引いても、塩の効果は安かった。然し、これは今までにしてきた民間療法や、薬草のお蔭もある。

 精神的なことから、顔面の痒みがお岩さんになり、ドクダミ茶を飲む。更年期にうつ病になり、枇杷葉茶を始めた。この時には、倦怠感や疲労感が極度にあって、腰痛も激しかった。枇杷葉は、あらゆる憂いを取り去ってくれたのだ。

 以来、枇杷葉は欠かせない治療法になり、焼酎で漬け、乾燥させてお茶に、生葉は温圧療法に用いている。その中で、あけびやきらん草にも出遭ったことは、神からの贈り物に相違ない。庭中を枇杷葉で埋めている。

 秋口のスプレーバラ。銀河の眠る上で、次々と開花していく。きっと淋しくないようにしてくれているんだろうな。

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接続不能・・・

2012年10月30日 | Weblog

 何故であるか。ネットに接続不可能になる。う~ん・・・眠気も襲い、諦める。明日は、研修があるので夕方遅くなる。生協の注文をチェックして、片付けをし、入浴をして布団に入ったのは、午前0時を回っていた。月が明るかった。

 今宵は折り良く満月である。月で兎が餅つきをしている。いやいや、天帝と嫦娥姫を囲んでの宴の最中であろうか。月下人の一糸乱れぬ舞に、月の光が放たれる。光は、絹の布となり、かぐや姫を乗せて上がってきた。

 還暦になったことで、高速道路は走行しないことに決める。理由は、逆走である。自分がしても、誰かにされても、運転技術では防げない。従って、走らねば事故にも遭わない。暦を見て、旅行の日程は立てるようにもなった。

 鉈豆の歯磨き粉を使うようになって、歯痛がなくなった。枇杷葉茶を飲み始めた頃、滲みていたのが消え、肩凝りは時々あるものの軽くなり、これを使い出して、それもなくなった。口臭も気にならない。まあ値段が高いことは否めない。

 歯医者に行くこともだが、予約を入れたり、そこまで行くのもめんどくさい。ものぐさである。然し、歯の痛いのは厭という矛盾。我慢できない痛みになれば、行こうとは思っていた。そこに朗報である。以前から、ネットや新聞の折込で知っていた。

 兎に角、出不精の私に、毎週注文用紙が来て、ちゃんと届けてくれるのは、大変にありがたい。横着なのだ。休日の出かける先は、図書館か本屋、或いは青空市くらい。そのルートも、同じ道すがらであるため、ドライブで行くのみだ。

 枇杷葉の花芽が、一雨毎に膨らんでいく。たくさんの苞が、どの枝にもついている。特に、今年は白枇杷には、びっくりするくらい見える。結実するとは限らないが、待っていた甲斐があった、というもの。うれしい限りである。

 白桃は生で食べることがあっても、黄桃はないだろう。近年、味をしめて農家まで買いに行く。家で食べるので、傷みはあるが美味しい。

 

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余す月日・・・

2012年10月28日 | Weblog

 早いものだなぁ。10月は黄昏の月とは、よく言ったものです。この中の『湖』。時間が徐々に反対にネジ巻くのが不気味です。ブラッドベリの傑作。『ウ・は宇宙のウ』もいいですね。SFが読み難いと言われる方、萩尾望都さんのコミックがあります。迫力があるんですよ。

 勤務を終えて、外に出たら、月が美しく輝いていた。おおっ!晴れた。月明かりの何と素晴しい。やはり旧暦でないと、実感が湧きませぬ。古典文学の何れも、旧暦で書かれていますから。尾崎紅葉の『金色夜叉』など、完璧旧暦で、わからぬと寛一の涙で曇らせる意味がない。

 平家の一族に、月の満ち欠けや、潮の満干潮を熟知した者が居れば、また、源氏の出方にも慌てず騒がず、挑発に乗らず、じっと時を待っただろう。きっと気の短い一族だったんだ。短命は身を滅ぼす。とはよく云ったものです。

 携帯の請求書が来て、金額を見て仰天した。な・なんだ、この金額は?!そこで思い当たったのが、メール送信。写真を添付しての送信に、契約以上の操作をしたため、と判明する。結局、SDカードを買わなかったために、大金を払うはめに。

 中電への抵抗策で、節電の一歩に、掃除機を無闇に使わないことにしている。除湿機も止めた。炬燵もしない。湯たんぽだが、今年はまだ出していない。毎晩、足を塩でマッサージをしているのが効く。ぽかぽかと暖かい。足元が冷えないのだ。

 友人は、風呂の湯を1ヶ月換えないのを、不潔そうに言うが、地震や津波で、水がなかったら、そんなことは云えないよ。風呂を我慢するのはむろんのこと、毎日、水は替えられない。枇杷湯は元々臭わないが、体のためにもいいし、寒さで震えるよりもいいんだよ。

 連休の初日には、体調を崩したが、梅ジュースをコップ1杯飲んだら、すきっとした。効くねぇ。エキスが体中を駆け巡り、細胞がしゃんとしてくる。焼酎が入っているからか、熱くなって発散する。その後、気分爽快。

 昨年のクリスマスローズ。お気に入りの花の一つ。ここまで花が殖え、咲いてくれるとは思わなかった。

 

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雨が・・・

2012年10月27日 | Weblog

 十三夜。どうも雲行が怪しい。厭な予感がする、と宇宙を見上げたら、顔に雨粒が当たった。がっかり・・・雨である。然し、自然の掟には逆らえない。雨なら、おせきも太郎を置いては、出掛けまいし、幼馴染に逢うこともない。物語りも始まらない。

 今日から、読書週間です。子ども達は、ずっこけ三人組、怪傑ぞろりが好きですね。孫もご他聞に漏れず、図書館で借りることが多い。上橋菜穂子「獣の奏者・エリン」も、アニメになったから知ってはいるが、原作は高度で、特に低学年には読み続かない。

 宮部みゆきは、上位に入っていると思っていたのに、意外だった。そう言えば、内容的には高度な箇所が多く、歴史的な背景も、深い感情の導入も巧みだ。弧宿の人、英雄の書、確かに難解ではある。蒲生邸事件では、時代設定の面白さに唸った。

 いやいや、それにしても本は面白い。楽しいもので、時間の経つのも厭わず、読み耽った。以外でもあったのが、灰谷健次郎で、太陽の子、兎の眼等、関心が薄いのにびっくりした。古典は、芥川龍之介に、人気があるとは。

 羅生門、蜘蛛の糸、鼻、何れも好きな作品。外国の物では、やはりコナン・ドイル、モーリス・ルブランに人気があったのはうれしいが、SFには?低い関心に淋しさを感じた。辛うじて、アルジャーノに花束を、の作者が入っていた。日本人は、星新一だった。

 無論、私の偏見と好みに依るいちゃもんだが、本は、どの本でも読んでもらいたい。最近、心に残っているのは、日高敏隆著、『蝶は、なぜ飛ぶか』。写真が美しいのにも釘付けになった。歌のように、菜の花から桜に飛んでいるとばかり思っていたのだ。

 え~と。なんだっけ、名まえが出てこない。カラジュームでしたか?とても綺麗な葉です。葉が花なのか?球根だが霜には弱いのかな。まだ咲いています。

 

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晴天に・・・

2012年10月26日 | Weblog

 昨夜も塩を足に擦り込んだので、ほかほかと温かく安眠できた。休みでもあり、もうちょっとと寝てしまい、気づいたら9時であった。そこから起き出して、布団を干しと洗濯をした。ごそごそしていたら汗ばんできた。鉢とプランターに塩を入れる。

 携帯の待ち受け画面が消えたので、撮り直す。何と白枇杷に花芽がたくさんついている。今年は1枝に9粒生ったが、さてさて、実になってくれるか。サンタさんの枇杷葉にも、3枝ついている。花が咲いても、結実しないことがあるので心配。

 孫を迎えに、小学校まで出向き、約束していたソフトクリームを食べに連れて行く。前回は、雨で寒かったので中止にした。流石に暑くてとは思えないが、孫たちは平気らしい。帰宅して、巻きずしを作るのに取り掛かる。

 青空市に出向いたら、青々とした新鮮なほうれん草があった。つい買い込む。茄子も隠元も鮮度がいい。ネオマスもあった。シクラメンの赤と白を買う。我が家のは、葉が出たところだ。蕾がつくのは来年であろう。鉢物を室内に入れたので、庭が広く感じる。

 夕陽の美しいこと。あっという間に沈む。ナメクジラが、鉢を移動する度に出現するのには閉口。どでかいのもいる。食糧危機が来ても、こういう類は口にしたくないが、食料品売り場に、姿を変えて置いていたら・・・考えるだに恐ろしい。

 連休に試験勉強をと、思ってはいたが、極度の疲労のため止めた。勤務先は人手不足で、しなければならないことが多過ぎる。裁縫も時間がなく、家に持ち帰り繕う。って言うか、力一杯に持ち上げないでよ。破れるなんて、どんな力よ。

 春の、未だ浅き日に。眠そうな蛙である。じっと見ていたら、眠くなってきた。

 

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体調維持の心がけ

2012年10月25日 | Weblog

 医学的な根拠は知らぬが、妊娠は病気ではない。新しい命を授かったことを、先ず、親に感謝しよう。次に、祖先の霊にも報告しよう。と、同時に、食生活を見直す。便利で、簡単なレトルトから、可能な限り作ろう。季節の野菜をしっかり食べよう。

 最近の傾向か、母体を守ろうという意識が乏しい。もちろん、産科医の言われることは聞くべし。けれども、いい加減な食生活であれば、流産の危険性は起こり得るし、母体も胎児も保てないことがある。悪阻で、初期の段階は栄養が摂れないのが普通。

 だからといって、直ぐに点滴はどうだろう。小さな形さえできていない段階で、過保護にしてしまうより、自分自身の心の持ち方を変える必要があろう。お産は、女性の大変な仕事です。どんなに医学が進歩していても、命を落とす危険性を併せ持つのだ。

 あまり神経質になることも、かといって、楽観的過ぎてもと思う。自分一人ではない、という自覚と一緒に、愛情を育み、臨月を迎えてもらいたい。そうしていつも周りの人に、感謝することを忘れないことだ。安定期に入るまでは、何もできませんというなら、仕事は休めばいい。

 受胎したくても、不可能な方たちもいれば、仕事上で諦めざるを得ない人もいる。犬や猫に、愛情を注ぐようにもなる。治療をうけるにしても、莫大な医療費が要り、精神的な苦痛も伴う。大臣の病気とは訳が違う。こちらは豆腐の角に、頭をぶつけているだけ。

 友人が、明日葉の青汁がいい。と注文していたのを、ケーキを持って受け取りに来た。いやいや高いケーキである。紅茶を淹れて一服。あけびも持って来てくれる。箸置の作り方を教えてあげ、小一時間ほど居て帰る。午後から卓球に行くそうだ。

 私は、運動嫌いである。子どもの頃から、ドッジボールは必ず当てられ、卓球は球が小さいので飛び過ぎる。バレーボールは、顔で受ける、突き指はする。陸上は速かったが、ピストルの音に、いつもびびっていた。平地より、山を駆ける方が得意である。

 暑い夏を咲き続け、晩夏の盛りを咲いていた。百日紅、さるすべりである。漢字を知るまでは、猿が滑る木、と思っていた。

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安全な原発・・・

2012年10月24日 | Weblog

 安心、安全な原発など、存在するのだろうか?もし、そうであれば、大都会の真ん中に設置できる。その筈なんだが、違うから、片田舎の辺鄙な場所に、無理矢理安全だと、無知識の村民を騙して設置する。重労働で、危険が伴う仕事だから、賃金が高い。

 それが如何にも、生活を支えているように錯覚させる。誰あろう、自民党時代の議員です。今はそうでないような顔をしているが、前身は自民党。民主党も、立ち上がれも、国民の生活も同じ。犯罪ではないかも知れぬが、国民を騙していることは事実。

 今朝、AM6時に携帯が鳴る。本日は遅出勤務で、安眠をむさぼっていたのに。然し、着信名を見て慌てて出る。仕事ではなかったが、焦る。早朝や深夜は、相当のことがない限りかけない。相手にもよるが、びっくりしました。

 こういう状態で、起きるのも寒い。従って、横着者は再度眠る。ところが、中々眠れない。然し、起きるのも中途半端だ。などと、独りごちつつ布団の中。そこで気づいたことがある。例年なら、足が冷たくてたまらないのが、冷えてない。

 ここ1週間ばかり、足を塩でマッサージしているのが、効いたらしい。寒いのだが、震えるほどではない。これも不思議だ。背中も足も、せっせと塩で揉んでいる。血行がよくなり、血液の循環もいいらしい。枇杷葉茶のお蔭でもある。

 神さまは、1つのことを習得したら、次のことを教えてくれるのだ。然も、自分だけではなく、親身になって伝え広めることをしていれば、その行いを許してくれる。耐えずめげそうにもなるが、諦めない、無理をしない、知るを愉しむ。

 リエさんの枇杷葉にした。地植にしてある。そろそろ、花芽がついてもいいのだが。様々な品種の雑種で、何かは不明だ。生葉のご用命には、おっしゃってくださいね。

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秋深し・・・

2012年10月23日 | Weblog

 豆腐は、果たして泳ぐのだろうか。海の水を捲る時の、注意点は何か。安い物ではあるが、なかったら困る物は何か。月世界に行くためには、どの装置を正しく作動させるべきか。青春の一こまが走馬灯のように駆け巡る。いいなぁ・・・。

 羅生門も、鬼が怖いと言いつつ、愉しみに変える長谷卿。人間の悪戯に油断した鬼が、困り果てる。マップでタイムマシンも、ハレー彗星の出現を巧みに使って、逃げようとするが、釜茹でになりそうに。抱腹絶倒のコミックス。是非、読んでみてね。

 試験勉強というか、切羽詰ったら、何故か読みたくなるコミックの代表。ライム博士の12ヶ月も、好きな作品。ダンジョンズ・ドラゴンに到っては、あの大きさなら、飼ってみたくなる。でも大きくなるだろうなぁ。だけど飼いたいなぁ。

 昨夜からの雨は、午前中降り続いた。勤務を終えて止んでいたので、傘を忘れた。荷物も多かったので、念頭になかった。入浴当番で午後から汗びっしょり。外出当番もあって、それなりに楽しい日ではあった。黒豆を、鞘ごともらっていたのを、切って湯がいた。

 鞘の上と下を、料理ハサミで切り、鍋に水を張り、塩を入れて沸騰させ、切った鞘を入れて湯がくのだ。鞘ごとだと、塩が通らないから、水っぽい。美味しくないのだ。この何でもないような一手間が、美味しく茹でるコツだ。そっか、茹でたら食べるのね。

 何がめんどくさいのよ。軟らかくなって、高齢者には栄養源になるからいいの。豆は、畑の肉よ。安い硬い肉より、豆の方がいいわよ。食べない、と言う前に、食べられる工夫をしてほしい。考え方の基本が違うんだ。もったいない、自然からの恵みです。

 種から蒔いたサルビア。夏の盛りを咲き、今尚、晩秋を咲き続けている。

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上弦の月の輝き

2012年10月22日 | Weblog

 朝、耳が痒くなった。あれれ・・・雨が降る?家を出る時は、汗ばむ陽気である。今までの経験から、雨が降るのは確実。夕方、上弦の月を観る。勤務先を出て、ご近所の方と挨拶した。すると同じように、月を見上げていた様子。天気予報を見ないが、降水確率は20%か。

 朝夕、日中の気温が不安定なため、何を着ていればいいかが決まらない。それでも室内は温かく、半袖で丁度好い。体を動かせていると、暑くなる。毎日、判で押したようにはいかぬし、職員の人数も顔ぶれも、日替わりメニューが豪勢である。

 山々の色が、少しづつ彩ってきた。本格的になるのは来月中旬からか。その頃には、枇杷葉の花芽も、薄茶色の苞が膨らみ、中には咲き始めるのもある。毎年、あの例えようもないほどの香りが、夜気を伝わってしてくるのは待ち遠しい。

 自然からの恵み、エネルギーを受け取れることは、至極ありがたい。枇杷葉が、その媒体になっているのか、体に感じ取れる。邪気を祓って、宇宙の恵みを受ける。電流が放出して、火花を散らす。冬の花火のようだ。

 愛車のエネルギーを入れに、ガソリンスタンドに向かう途中、沿道にある桜の木が、秋の陽ざしに揺れている。見ると満開である。昨今は、然程珍しくもないが、冬の桜が咲いている。ソメイヨシノの種類で、この時期咲くらしい。

 還暦で、年金を受け取るようになったが、まさに雀の涙である。尤も、国民年金は受け取っていない。仕事をしていた時期もだが、基本的にはかけた金が戻ってくる。考えるだに腹が立つ。自分の金に、遠慮がいるか。然し、水増しは一切ない。

 以前、リエさんが贈ってくれた、キーホルダー?ストラップか。枇杷の実らしい。房総の枇杷のマスコットで、PCの横に提げてある。

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自然治癒能力・・・

2012年10月21日 | Weblog

 生物の体には、自分で治そうとする力があって、そのための知恵と体力、免疫・抗体等の働きが促されて、細胞が外傷や体内の病気を癒す。精神的なコントロールもされて、一番心地よい状態が保たれる。それに大いにエネルギーを貸すのが、枇杷葉だ。

 個人差は、どんな物にもある。結果だけを言えば、効果があるが、自分の治そうとする気持ちと折半の、希望を捨てないこと。私は、基本的には医者が好かないのだが、背に腹は返られないこともある。医者に、かからないようにするだけだ。

 命を粗末にしないことは、物を粗末にしないことにも繋がる。自分のしていることが、結局は己に還る。言葉も、態度も同じで、因果応報に通じる。これら全てが、御仏の悟りに往きつく。産まれてきた場所に還る。死とは再生である。

 最近の体調が思わしくないのは、自分の心がけに尽きる。だが、どんなに一生懸命しても、皆がみな、そういうことに関心を持ってはくれぬ。仕事以前の、基本的なことができていないのは何故だろうか?他人に迷惑をかけないより、自分の都合を優先する。

 絶句。実際に二の句が告げられぬ。唖然とする。このような大人になっているのに、人間としての躾ができていない。根本的なことが違う。人間は一人では生きられないが、自分勝手をするのとは異なるのではないか。世の中も変わったねぇ。

 原発のもたらした便利さは、人間の体から、考えて工夫をすることを、忘れさせた。携帯電話や、パソコンの普及で、居ながらにして、何でもが自由にできる時間ができた。資金は、他人様のを上手く活用する。何が正しいのか、真相は闇である。

 夏の陽射しを浴び、生き生きと花を咲かした。寒くなったので、室内に入れてある。

 

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