枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

金星観望・・・

2017年04月30日 | Weblog

 宇宙の観望には、夜間がいいのだが、昼間にも時折観えることがある。金星が、最大光度となるので、空を観上げたい。素晴しい輝きを観てみようと思わないと、折角のチャンスも逃す。特に天体は、その日のその時でないと観られない。

 人生のチャンスも、もしかするとそうかもしれない。こちらは視えるものではないから、傍にあっても掴み損ったり、掴んだタイミングにも縁って、状況が異なってくる。然し、どんな状況であろうと、それを生かす工夫や、遣り方で変わってもくる。

 介護の勤務には、果てるという内容は無い。日々の個別メニューは違っても、生きている現状に添うことは同じだし、目に見えた変化は認められない。相性の多々はあっても、老化の一途は否めない。それらを個々に対応していくのだから。

 単に一生懸命では、空回りばかりとなってくるし、体力や若さがあっても、気持ちを酌む配慮に欠ければ、通じ合うことは出来ない。10秒前のことさえ、認識できなくなっているのに、現状は分らないもの。辛抱強く、心して接して行く事が大切。

 上司の助言に、切り替えをしないと、身体が持たないよ。とあるが、個人的には、そんな器用なことは出来ない。努力はしているが難しい。自分一人では、何もできないし、どうにもならない事が多い、特に家族の協力は云わず永も。面会ね。

 今朝も、薔薇の蕾にアマコ発見。海棠にも毛虫の幼虫がおり駆除。自然界の掟に従って、生きている物を人間の都合勝手でするのは、やはり心が痛む。ごめんね・・・といいつつも、花を咲かせたい。決して驕ってはならないと、自分を諌めて。

 西側の枇杷葉。花芽茶専用にしている。寒さで、結実が困難なのである。枇杷葉は、寒さには弱い。

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四季折々・・・

2017年04月29日 | Weblog

 今朝、早起きをしてみれば、薔薇の蕾に、群れているアマコを発見する。よく知っているものと感心しながらも、捕獲する。人間の勝手都合ではあるが、アマコには季節がくれば、自ずと働き出す機能があるのだと納得した。自然の掟はそういったこと。

 携帯を落したら、機種がないので困る、とカバーを作る布を探す。ところが、そういう時に限って、仕舞い場所が出てこない。片付けたのを思い出せないのだ。急遽、デジカメの入れ物に入れるが、テレホンカードが大量に出てくる。懸賞でもらった物。

 竹宮惠子さんの、天馬の血族のアルトジン。彼女の絵が好きで、当時は集めたのだ。他には景色が多く、富良野や地方の珍しいのが残っている。きっと今は使えないので、価値はないのだろう。それにしても、あの頃にはあった公衆電話が消えた。

 世間は連休ですね。介護職には無関係ですが、明日の金星は観たい。最大光度になり、昼間の明るさでも観えるので、天気ならば眺めることができる。雨は降らねば、それはそれで草木の育ちに影響する。自然の四季には、大切な約束事があるね。

 介護福祉士会に入会していると、様々な案内が届く。むろん実費での参加になるが、日々変化する環境に、アンテナを出していないと、さっぱり分らない。生きているということは学ぶことでもある。大学には行けなくても、学ぶことは何処でも出来る。

 気温の変化に注意が必要。体調の維持には、充分な配慮が大切だ。今朝は、通草酒を飲んでおく。羽織物は持って行くようにしている。暑くなれば脱げばいい。山々の藤が咲き競う。桐の重みのある花に眼をやる。新緑の季節に転じていくが注意。

 図書館で借りた本がないので、ちょっと手持ち無沙汰ではあるが、ニルスのふしぎな旅を、中断しているので、退屈はしないのだが、御宿かわせみの新刊を待つことに。我がパラダイスは、予約をかけているが、先着順らしいので、先になりそうだ。 

 ブログの更新も、バックにタイガースをかけていると進む。聴いているのは、田園コロシアムでのCDだ。昨日は、ベスト・スペシャルが届いたが、特にお急ぎ便を希望したのではないのに、パソコンが作動していた。アマゾンの便利な機能も怪しい。

 冬の西天に輝く金星。星の運行や、その年の輝きには、天候の変化や、自然からの恩恵も含まれているのが分るが。

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無くて七癖・・・

2017年04月28日 | Weblog

 人間は、其々に個性があり、意見も違うのが当たり前で、通り一遍の答えなどある筈もない。それが、右へ倣えの整列をしてしまう。そうすれば、安全で安心というのだろうか?自分と相手が違っているからと言って、虐めたりするのも可笑しい。

 身体や心に、人と異なることがあっても、産まれも育ちも違うのだ。至極当然であろう。自然がもたらす影響には、そういった配慮はないから、好い人も、子どもも容赦しない。でも、その責任は、原発を稼動させている、電力会社だ。自己責任否。

 その発言をしたのが、内閣の議員で、然もそれ相応のお歳である。子どもではない。今日日の子ども方がしっかりしているから、そんな発言はしない。生かされているんだから、亡くなった友達にすまないとあり、健気と言うか胸を打つ言葉である。

 東電を訴える術を教えるのが筋でしょう。庇うなどあってはならないし、再稼動などさせない。それが復興大臣じゃない!裁判での判断だから、認めましょうなどと口幅ったい。莫迦にしないでよ!!沖縄の辺野古埋め立ても、予め決めていたの。

 これで、オリンピックが出来るのだろうか?世界中から失笑されそう。放射線の残った場所もあるというのに解除したり、小手先の繕いが破れていく。県民が、庶民の有志等が、どんなに遣っているか等、知る由も無い。自分の腹さえ痛くないなら。

 これが未来の日本の姿である。どんなに足掻いても、年金は増えず減り、暮らしは狭まって生きられない。介護の状況にも、好いことなどはなく、暗澹たる時代になることだろう。諍いも絶えず、アメリカの我儘を通し、国民の尊い命を犠牲にして。

 わたくしに、何が出来るのだろうか。原発反対。再稼動認めず。六ヶ所村の、プルトニュームを野晒しにしないで。核戦争に使用しないで!地球が壊れてしまう。人類の滅亡は愚か、生き物は何も棲まないし、地球自体が消滅してしまうのです。

 枇杷葉には、アロマ効果があるようで、特に花芽の香りは、得も云われぬ匂いに、体中を包まれる。

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日々多忙・・・

2017年04月27日 | Weblog

 予定を入れているのを、ドタキャンされると、悩んでしまう。尤も、向うは勤務上の仕事もあってのこと。できれば、もうちょっと早くに、連絡がほしいもの。諸般の事情はあるだろうが、こちらも遣ることがあるのです。友人の来訪もあり、頭が痛い。

 雨が降った後は、イラが這出てくる。海棠に、薔薇に、何時の間に産卵したのか?自然界で生きているのだから仕方がない。人間の都合勝手に処分していく。それはそれで、心が痛むが。枇杷葉の実が、可なり大きくなってきているのが見る。

 スズランが、一気に新芽を出して咲き始めた。ドイツスズランは、旺盛な繁殖力である。ドクダミも凄いが、こちらもどんどん増える。小さな白い鈴に似合わず香りは強い。花にも、戸々に相性があり、不思議と育つ物と、そうで無い物があるようだ。

 友人が来訪し、たくさんのイタドリを持って来る。珈琲を飲み、慌てて帰る。その後、職場の若い子から連絡があり、近くまで迎えに行く。以前、来たことはあるが、久しいので忘れている。酢飯はしておいたので直に握る。有り合わせを黙って食。

 サーモンと、鯛と鯖、シーチキンという取り合わせ。酢飯が型崩れしないように、硬めに炊いたので、もち米なのと問われる。若いので、瞬く間にお腹に収まったようで、珈琲を飲んでいる。その後は、肘を触ってみたが、あまり芳しくない様子だ。

 彼女と話していて、それでははり灸さんに連れて行こう、行ってみたいということになる。緊急事態だが、資金が無いので、少し期間を開けることに。今月は、二人共赴きは違うが、上京して散財したので。来月は落語に、再来月は草刈が待つ。

 副会長の名目もあり、罰金制ではないけれども、参加はしておこう。有給が残っていると思っていたが、勘違いと言うことだった。辞める年齢に近くなっているので、持っておく必要も無いが、休日の取り方を工夫しよう。予定を組み直すことにする。

 東京と言えば、ディズニィランドらしい。個人的には、文学散歩やタイム・スリップを愉しめるのがうれしいので、そちらはどちらでも構わない。シンデレラも基は、グリム童話で、残酷極まりない。アンデルセンも、大人の読み物である。実際怖いのよ。

 長崎茂木枇杷葉。こんなにたくさんの花芽が付いたが、霜と雪にやられて殆んどが枯れてしまった。

 

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四月朔日・大潮、卯月

2017年04月26日 | Weblog

 四月朔日と言えども、雨のせいか肌寒い。恒例の塩替えをし終えて、携帯を受け取りに行く。瞳みのるさんの、老虎再来を持参して、時間待ちをする。珈琲もマグに入れて持って行く。そういった時に限って、要件は早々と済んでしまうものだ。

 途中、クリーニングを持って来るのを忘れ、寄り道をしないで直行で役場まで。その後、本屋に寄るが書籍は届いておらず。何でも、経営者は入院していたとのことで、月末に入荷するそう。燃料を入れ帰宅する。山吹と八重桜、藤に桐が満開。

 我が家のも、白の山吹が、数輪咲いており、木香バラも咲き出す。きらん草には、花が見えている。植物の季節を関知する能力には、本当に感心させられる。時期が来ないと開花しないのも、当然と言えばそうだが。枇杷葉の新芽が眩しいね。

 帰宅して、テーブルクロスを替えたのを、洗濯機に入れて洗う。明日は、友人と職場の若い子が、来訪する。握り鮨を食べに来るんだが、ネタは何にしよう。わざわざ買いに行くまでもないかな?卵とシーチキンと、鯖がある。酢飯が美味しいと。

 今夏の長期予報が出ているが、長雨と暑さに堪えられるか?どのみち、冷房をガンガン入れるのだろう。身体がもつかな・・・と不安になる。極力、温かい物を摂取するように心掛けよう。頭寒足熱で健康を維持し、沢田研二さんのコンサートに。

 その前には落語があって、久々に行こうと予約を入れた。歳を重ねると、夜の遅いのは、帰宅時の闇が見えないので、余り行かないのだ。冬など真っ暗である。高齢者の事故が多いのは、暗闇の距離が摑めないから。出歩かないに限るのだ。

 車も、携帯も、仕事を辞めたら持たない。維持費に切迫してくるし、必要がなくなる。歩けば宜しいと思う。自分の為でもあるし、自然への感謝の意もある。困るのは水だけであるが、Aさん家も、お元気でのことで、居なくなったらどうすることも。

 永遠に続く筈のないことであり、現状を認識していたい。感謝と祈りが大切で、沖縄を虐めたり、原発を再稼動するする等、嘘ばっかりである。庶民の意志を鑑みる想いは、欠片もないのだと呆れる。節操の無い、議員の何と多いことだろうか。

 枇杷葉の花芽も、こんなにたくさん付いてくれ、感激する。東側のは、中々つかなくて、伐った方がいいか、と思った日も。

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旧暦・弥生二十九日

2017年04月25日 | Weblog

 連勤の早出である。昨日、Aさん家に寄って、水だけをもらって帰り、卵のないことに気づく。本日無事に受け取って帰宅する。考えごとをしたり、他のことを話すと肝心の用件を忘れる。歳のせいかな?物忘れであるのか?つまらぬことを考える。

 はり灸さんでの治療が効いて、身体が軽いのだが、つい自分の歳を忘れる。疲労困憊しては愕然とする。介護の仕事が激務なのは、仕方のないことで、業務に携わりたいのだが、これが中々難しいのだ。最近は、考える介護というのも頭脳が。

 職員の数が少なくとも、多くとも、その関わり方で、落ち着くこともあれば、感情が激しくなることにも。丁寧にすればいいとも限らず、阿吽の呼吸が大切だ。でも、マニュアルは何処にも無い。相手に寄り添うことの難しさに、心の中では涙が零れる。

 介護福祉士だからといって、決してプロである筈もない。年齢を重ねた来た相手の、環境の如何に、何処まで触れるかにも因る。認知症は、病気ではない。誰しもが往く路であるのだ。その道が不安定なだけなのだ。核家族なって人情が薄れた。

 便利で簡単な、加えて快適と清潔な生活に慣れると、自分で考えることをしなくなる。疑問もなければ、相手の気持ちを考えることもない。自分の思い通りにならねば、簡単に殺めて、ボロが出そうになれば、隠匿してしまう。悪い手本の政治家。

 大人の人間であれば、一旦、口から出た言葉は、撤回も出来ないし、謝って済むことでもないのだ。公の場面では尚更に、注意して気をつけることで、それだからして大人である。子ども使いではないのよ。性根もなければ、自立できてなく絶句。

 枇杷葉の新芽がすくすくと伸びている。薔薇の蕾にアマコが付いていて、蕾が萎れている。昨年、咲き過ぎたので、今年は少ないのよ。明日は、天気が崩れるようだが、百日紅の枝を揃えておこう。携帯を取りにも行っておかねば。燃料補給も。

 月の美しさ、金星の輝き。お能の『羽衣』を、観ているようで厭きない。奈良・興福寺の御薪能は四座が演じる。

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林檎の花に・・・

2017年04月24日 | Weblog

 林檎の花が咲き出した。おはなはんの、樫山文枝さんを思い出す。未だに、祖母の願いを叶えることができていない。あの連続テレビドラマに映った、林檎の花咲く下を歩いてみたい。と言う祖母であった。子ども心に、強烈に残っている。

 NHKのも、印象に深いのは、やはりおしんだが、これは田中裕子さんの出たのが佳かった。少女時代は、小林綾子さんで、後期の役は、乙羽信子さん。脚本も好かったのだが、何といっても配役であろう。然し、本物の大根飯は不味い。

 田中裕子さんは、長谷川町子役も楽しかった。あの人懐こい笑顔も印象に残る。最近は、テレビに出なくなったがお元気であろうか。尤も、テレビを観ない者でもあるので、情報には欠ける。女優で一番好きな方だ。NHKは観なくなったから。

 末吉暁子さんが、お元気な頃には、ざわざわ森のがんこちゃんで、必ず観ていたが、20周年を境に、パソコンさえも止めた。書籍の方がいいのだが、それも無理な話だ。DVDでも出れば買うのだが、著作権の問題もあるのだろう。残念。

 草鞋がいいとかであるが、莫迦にならない値段に驚く。時代も変われば代わったものである。子どもの頃には、草履など貧乏人の履く物で、祖母が作ってくれ、赤い鼻緒を立ててくれたのを笑われた。悔し涙にくれた履物が、健康にいいとは。

 草鞋は好いが、アスファルトの路上では意味が無い。それに、雨の日には濡れて腐る。そういった事情には触れないで、売ることばかり考えているのも可笑しい。要は、綺麗で、清潔な生活には合わないのだ。田舎暮らしでも今は履かない。

 夏場の雨降りには、絶対に履かない。田舎の夕方からの涼しさに、とぐろを巻く蝮に、運悪く気づかなかったら致命傷。幾ら血清があるとは言え、肝炎に罹り易くなる。長靴の重装備でも、蛭は這い上がってくる。自然の四季を知っておこうよ。

 きらん草。乳腺炎に効果がある。解熱剤として使われる。根ごと抜いて洗い、干しておく。煎じると苦くておいしい。

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宇宙の素晴しさに

2017年04月23日 | Weblog

 昨夕。知人を送って外に出たら、東の宇宙には、木星の輝きが、南から西にかけては火星も観え、冬の大三角も光る。知人には、天文年鑑を渡しているが、自分でしようとしないので、口ばかりが達者になる。説明したが分ったのかは不明。

 その後、弁当の仕度も終えて、タイガースを観たり、聴いたりをし、携帯撮影できないもどかしさに、図書館からの借りた本を読み直す。さすが、瞳みのるさんである。何度読んでも愉しい。文字の並べ方も、読み易い。説教がましいのもない。

 当時のタイガースは、人気が出始めて、あっと言う間に自由の利かない体になって、嫌な思いも多々あったことを知った。給料制でもあるのに、賃金の安さにびっくり!何だか、超人的なスケジュールに追いたてられた彼等が気の毒になってくる。

 他人の気持ちを慮ることに、若い時から気づいていれば、と邂逅されていたが、人間誰しも、そんな者ばかりは居ない。歳を重ねて、やっと気づき判ることもある。それだって一生掛かっても、知らぬ存ぜぬで、偉そうな尊大さで終える者も居る。

 言葉の読み方にも因るが、書き方と捉え方でも違ってくる。文章の上手さ、拙さは言うまでもない。中国語も堪能であれば尚更、分らないことを知ったかぶりはできない。その真摯な姿勢に、教師というより、人間としての瞳みのるさんを思うが。

 個人的には、何等関係のないことだし、高が1ファンのことである。単に本が好きであるがために、書籍を読んだに過ぎない。有名人が書いただけで終わるが、自分の興味のあることで、真相に納得した。菅原房子さんは、正直な方にも驚いた。

 賞金が5万円は魅力だった。当時の給料が2万円にも満たない、田舎暮らしでは、破格の懸賞金である。心無い中傷も多くあったと知って、びっくりした。他人の幸せを、素直に喜べない者は、何時の世代にも存在するのだ。今を幸せと想おう。

 秋の空に、きりっと立つ、真紅の薔薇。咲いているのに、気づかなくて。薔薇も、静かに咲きたかった。

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陽射しを浴びて・・・

2017年04月22日 | Weblog

 紫外線を浴びると、紙魚ができ、日焼けをする。というらしいが、一向に気にならない。枇杷葉茶には、美白効果があり、加えて紙魚も消えるのだ。光合成をしている枇杷葉の傍に居ると、風が爽やかで心地好いのに、室内に入ると肌寒く感じてくる。

 布団を干し、出掛ける予定を返上して、洗濯物を回す。枇杷葉の実が大きく成ってきており、手製のエキスを散布する。ドクダミと大蒜、蓬等の入ったもので、枇杷葉のエキスと混ぜているのが、我が家には合っているようだ。林檎の花も咲き出す。

 フェンスの外を見たら、リナリアの群れが咲き乱れている。木香バラが、フェンスに絡んで、蕾がたくさん付いている。切っても小さくしても、直ぐに繁ってくる。棘なしというが、これにはあり、時々忘れていて、痛い思いをしている。初夏に向う花々だ。

 りささん枇杷葉には、小さな粒が3つ、しーちゃんのも2つと1つが枝違いで付いている。リエさんのはたくさんで、サンタさんのは、昨年よりは多いが、剪定した方がいいかな?屋根の上を越したら、袋が掛けられないので困る。烏が狙って飛来する。

 山女が、そこら中に新芽を出して絡みつく。今年、花が咲くのだろうか、実が生るのは何時かな?と思いつつ、自然からの恩恵を待つしかないようだ。夕方には、知人が子ども達を連れて来訪と言うのでご飯を仕掛け、散らし寿しの用意に掛かる。

 今回は、筍を入れよう。然しながら、毎回のことだが、飽きもせず、美味しいと食べてくれるのはうれしい。まあ、作ってもらうのだから、美味しいと言っているのかは疑問だが。そこは素直に信じることに。お礼には、瞳みのるさんの書籍がいいなぁ。

 DVDは、何度観ても厭きない。中でも、沢田研二さんのゲストで演奏しているのがいい。これまで余り、聴けなかった曲が入っていて、感慨深い。尤も、瞳みのるさんの方に眼がいってしまい、彼の演奏に心が弾む。夢の中でいいから遇えるのも。

 枇杷葉の中心に、10月初旬頃に見えてき始める苞の状態が、少しづつ膨らんできて、薄茶色の苞を破って白い花弁を。

 

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弥生から卯月へと

2017年04月21日 | Weblog

 桜も、八重桜が散っていく中、朝夕は冷えるとはいうものの、季節はゆっくりと移っていく。弥生もそろそろ下旬になり、卯月も間近い。薄着になるには、未だ少し早いが、それでも日中にはブラウスで過ごせる。室内よりも外の空気がうれしい。

 勤務先でも、外で過ごすことが増え、洗濯物も良く乾く。寒い不平も、暑いのに変わる。人間とは何と贅沢な生き物だろう。個人的には、暑さには平気で、冷房に逃げ回る。夏中、珈琲も熱いのを淹れる。身体の調子も好く、冷えを防ぐのです。

 リエさんちにお邪魔している期間、kazu君に千振を飲ませたら、人生の転機だと叫んだ。胃腸の調子を良くするので、とても快適になる。少し風邪かな?と思えて、持参していたのを煎じてもらった。そのお蔭かな、体調維持ができた。感謝。

 瑞泉寺も、薬草がたくさんあり、ドクダミ、スギナ、三つ葉もありました。でも、境内の物は持ち帰っていけません。木苺の花も見え、白い花弁にびっくり。田舎にある物が見えると、妙にテンションが上がって、感心してしまう。リスには遭えずで。

 昨日は、青空市で買った筍を湯がき、水に晒す。明日は、知人が子どもさんを連れて、夕方来るというので、散らし寿しです。蕗もあればいいのですが、ちょっと時期が早いようで。浅蜊の汁も美味しい季節です。潮干狩りはなく、養殖ですが。

 我が家のドクダミも、随分育ってきており、花が咲く頃に採ります。今年は、化粧水にする分が必要なので、お茶は程々にします。枇杷葉ローションと、ドクダミエキスとで最強です。肌の艶が持続できて金もかからない。一石八丁くらいかな?

 特徴として、夏の暑さにもべとつかず、冬の寒さに潤うのは、買った物にはない心地でしょう。吹き出物は一切なく、紙魚と雀斑が消える。美白効果も著しい。ファンデーションは安くても充分伸びます。外出用には、N社のを使うが無くならず。

 糸瓜は、手間が多くて意外と傷む。そこいくと、ドクダミの微妙な臭いも気にならず、却って自然の香りと思える。枇杷葉ローションは、花芽か種を用いるので、とても佳い匂いである。自宅で出来るのも有難い。もっと早くに知っていたら・・・。

 中国の絶世の美女、夏姫や褒娰、妲姫も、使っていたように思える。中国から、枇杷葉は渡って来たのだ。加えて、お釈迦さまの三千年の歴史もある。無痛扇とも、大薬王樹とも謂われる所以であろう。枇杷葉のお蔭に感謝の日々を送る。

 りささん枇杷葉の下に、植えてある白薔薇。とても目立たない場所に、気づいたら咲いている。

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