&六四・自由と民主主義が押し潰された日
( 河川敷のチョウ 5/5 )
我が家の狭い庭にも
初夏が訪れ
毎日のように
鳥や虫たちも訪れる
蝶や鳥たちは
自由に空を飛び
何の断りもなしに
枝葉や幹に留まり
時には 葉っぱや実を食べる
丹精込めて育てた草木を
傷めたり 卵を生みつけたり
あるいは病気を齎したりする
鳥や虫たちを 妻は
ひどくいやがり目の敵にする
方や 花や実を愛で
一番綺麗な時期に
写真に収めたりして
楽しんでいる私は
同時に 小さな体で
精一杯に生きている鳥や虫たちに
共感と敬意を持って接し
無闇にはその命を奪わないので
妻は呆れ 苦笑している
でも 虫には虫の言い分がある
虫の役割は 虫の存在意義は
思っている以上に大きいと考える
悲しいことに ヒトの方が
余程 地球のためには害している😥
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「虫(ムシ)」と言えば
六四(天安門事件の日)も「ムシ」だ
1989年の6月4日に起きた事件
自由と民主主義を渇望する若者たちが
天安門広場に集まり 政府や国民に
その決意を標榜し民主化を要求したが
彼らの願いは
完全に「ムシ(無視)」された
そして 今
ウイグル地域や香港で
また
そこに住む人たちの願いや人権が
「ムシ」されている
今日 私が見聞きした限りでは
六四天安門事件を扱ったのは
NHKTVとnhkラジオ の
夜のニュースだけである
日本の他局(情報メディア)は
当局に忖度して⁇か
32年前に起きた大きな事件を
無視(六四)しているように思える
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自由と民主主義を掲げる欧米や日本も
一人一人の立場や言い分を
大切にする余り コロナ禍では
その対応が遅滞し後手後手となりがちで
隣国は その狼狽えぶりを
他山の石と見做しているようだ
しかし 日本では
どんな人も「無視(ムシ)」しないと
いう原則の下に アナログな手立てで
対処しているように見受ける
緊急事態や非常事態にあって
どんな振る舞いをしたら良いのか
もしかすると 戦うことを放棄した今は
その手立てと手段が思い浮かばないのでは
ないのか?
しかし
強権と監視で国民を抑え込む政策と
オタオタしながらも できるだけ
一人一人の立場や考えを尊重し
かつ 多くの人の自主的な行動を
信じて任せる政策と比ぶれば
乗り切った後の達成感と連帯感は
全然違ったものになりはしないか?
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