哲ノート

gentle heart!! ヤサシイココロ・オトナノココロ

ま・く・あ・き

2023-06-18 22:55:58 | ことば
「まもなく、幕開きでございます」

寄席通いしていると必ず聞くアナウンス

「まくあき・・・???」

よく「幕開け」なんて言葉は耳にするけど、「あけ」じゃなくて、この場合「あき」なんですよね。

でもこの「まくあき」でいいんです。

相手が幕を開けるんだからが、相手から見れば「開きますよ・・・」ということで「まくあき」になりますもの。

日本語の言葉づかいって、微妙な立場の違いで言葉がかわり、使い方も気を付けなければならないんですよね。

毎度の寄席通いで、もう“あまり気にもならない”言葉づかいなんですが、なるほど・・・そうだよなぁ。

「まくあき」これでいいんです。
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松陰先生の言葉 -2022年初春-

2022-01-13 22:19:44 | ことば
毎年恒例の松陰神社への初詣

その参道に吉田松陰先生の銅像とともに「松陰先生の言葉」が月替わりで掲示されています。

 

新春1月の松陰先生の言葉

「人は唯一の心のみ 心は唯一の誠のみ」 安政三年三月二十五日 二十七歳

主君に忠節と孝行をする事には心があるからです、一つの心と一つの誠心です。
主君に誠を以て仕え身命をささげ、父母に誠を以て孝養を尽くし、上長に誠を以て職務を全うし、兄弟友人に誠を以て接すること。
心は一つで忠孝は一致するが行動については同時に全うする事が出来ないのです。

長州藩 藩職 栗原良蔵にあてた文から、逸材だが学問が未熟で、藩の役職になることにより勉学が疎かになり誠の俊傑になれないのではないか案じたもの

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「根問い」

2021-11-09 22:03:31 | ことば
「根問い」「根問」

この前行った寄席で「浮世根問」という演目を拝聴しました。初聴だったので寄席がはねたあと演目名を調べていたら「浮世根問」という演目だったことが、

はてさて…「根問」ってなんだ。

なかなか「根問」がアタマから離れず調べてみたら・・・

根問い(ねどい):根本まで追いつめるようにして、しつこく問いただす事  とでてきました。

ははぁ~ん、まさしく(落語の)演目通りじゃん。

世の中まだまだ知らない、聞いたことない言葉があるようで・・・「根問い」
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一月 松陰先生の言葉 -2021年 新春-

2021-01-11 22:45:08 | ことば
初詣に毎年参拝する松陰神社の参道には、毎月吉田松陰先生の言葉が掲示されます。

  

一月の言葉

「衰にして巳まずんば、滅びずして何をか待たん。」 幽囚録 抄

国の衰退がいつまでも続くならば、国の滅亡以外を期待する事は出来ない。

確かに国の政治には良く収まる時も乱れたりすることはよくある事です。国の盛衰と同じように日常でも起こるものです。

吉田松陰が下田から渡航を企てたころを振り返り、当時の世界情勢と自国の動静を加味して思うことを書かれた文章です。

なにごとも「志」を貫き、当時の情勢を嘆いた松陰先生の思いを感じるものです。


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トンテキ・ビフテキ

2020-09-16 22:19:42 | ことば
昼メシに「トンテキ丼」なるものをいただく・・・。

トンテキの「トン」は「豚」のトン、「テキ」は「ステーキ」のテキで間違いなさそう。

・・・で、豚のステーキなんだろうけど「ポークステーキ」ってやつもあるでしょ。(「ポクテキ」とは言わんなぁ)

そんで調べてみたら、「トンテキ」ってメニューが四日市のほうで地元メシとしてあるらしい。

まあここまで名前が世の中に行き渡っちゃうと「食の定義」もあやふやになっちゃうけど・・・。



ついでに調べた「ビフテキ」は「ビーフステーキ」で名前は通っているけど、由来はフランス語のステーキをあらわす「ビフテック」なんだそうな。

言葉の出所はどうあれ、「トンテキ」だろうが「ビフテキ」だろうがおいしくいただければいいんじゃないの・・・(なんて)どうでもいいメシのはなし。
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つうかん・でじる・よくい

2020-07-11 22:01:32 | ことば
普段なにげなく見かける言葉・文字・・・「通函」

そのまま「つうかん」なんてアタマでのなかで思い込んで読んでいたんですが、

あらためて、なんて読むんかなぁ・・・としらべたら「つうかん」でもいいらしいんですが、「かよいばこ」だって。

漢字2文字で「かよいばこ」といきなり読まないよなぁ・・・。

そういえばで、わかっているけどアタマでのなかで読んでしまう言葉に、

「出汁」 いつも先にアタマで読んじゃうのは「でじる」

単純に字のままアタマに入ってくるからだけど、この文字を見ていきなり「だし」は出てこないんだよな。

「浴衣」 いつも先にアタマで読んじゃうのは「よくい」

「ゆかた」とはわかってはいるけど、文字見た瞬間は「よくい」(この文字のままだけど)だよなぁ。

食傷気味のテレビのクイズ番組で、よく(普段こんなの使わないよ!!)難解漢字の読みが出題せれるが、

そんなことより、普段見かけるこんな言葉でさえ使い慣れていないと正確に読めない文字がまだまだあふれている。
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禍と渦

2020-05-25 22:53:19 | ことば
禍:カ わざわい  不幸・災難  禍根・禍福・気禍・災禍・惨禍・・・・
渦:ウズ 液体や気体が中心に向かって回転しながら巻き込んでゆく流れ。周囲の激しい動き  (集英社・国語辞典より引用)

最近のニュースから・・・「コロナ禍」「ウイルス禍」なんてコトバがさりげなく使われた記事があるが・・・「渦」じゃないのね「禍」ね。

「禍」と「渦」似ていて、目を凝らしてみないと間違っちゃうくらい。

「渦」「うず」という先入観から読ましているのかもしれない。

たとえば「渦に巻き込まれる」なんて引用があるけど、これって騒動に巻き込まれるようなニュアンスってあるでしょ

そうすると、今回の新コロナウイルスの騒動に巻き込まれる・・・なんて感覚が芽生えるわけだし

「禍」(よくよく見ると)はたしかに「わざわい」の意だけど、ついつい「うず」って読みそうになる(「コロナ禍」をコロナ・カと読むのは慣れていない?)

見た目も似ているし、ニュアンスもニアミスみたいな言葉が、いまあちこちで使われています。
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二進も三進も・・・

2020-04-22 22:26:55 | ことば
二進も三進も・・・

これで「にっちもさっちも・・・」って読むんだって、初めて知った。

「にっちもさっちもいかない」「二進三進もいかない」

算盤からの発想で、2でも3でも割り切れない・・・計算がたたない・・・役に立たない・・・なんてことらしい。

口で発するコトバとしてはまだアリなんだろうけど、字で表すコトバとしては馴染まないものの1つだと思う。

活字文化衰退が危惧されている世の中、まだまだ奥深い「コトバの世界」ではある。

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一月 松陰先生の言葉 -2020初春-

2020-01-10 22:15:31 | ことば
毎年初詣に参拝している松陰神社の“お気に入り”の参道には、毎月松陰先生の言葉が掲示されています。

  

一月の言葉

「正月命日には先祖の事を思い出し」 

安政元年 野山獄での妹千代宛ての書簡から

妹千代が、嫁として、母として、女性としての心構えを述べた松陰先生の女性観

自ら邪事なく、する事なす事皆道理に叶いて、其の家自ら繁昌するものなり。もしこころえなく己がこころまかせにわがまま一杯を働きなば、如何で其の家衰微せざらんや

よこしまなことを考えずに、道理にかなうことを行えば、家・家族は繁昌するだろう。ただこころまかせにわがままをするならば、やがてその家・家族は衰退するであろう…。

獄中から妹を想う心情をあらわした言葉です。自らの主義主張は通らなくても、家族に対する、妹に対する思いだけは忘れずに生涯を送る、松陰先生の深い言葉。
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「然共今の士大夫」 松陰先生一月の言葉

2019-01-12 00:23:44 | ことば
毎年初詣でする松陰神社の参道には、毎月の「松陰先生の言葉」が掲示されます。

一月の言葉として「然共今の士大夫(しかれども いまのしたいふ)」とありました。

掲示板のしたには解説があります。

「今現在官職についている人たち、学業に勤しんでいる人たち、その心の中を考えてみると、自分の名声名誉が上がること、官職の地位が高くなることを目的にしている。

日々正しい道筋や道理の当然を求めて、実行しようと努力している人たちとの違いをしっかり見つめてみなければならないのです。」

講孟余話より 野山の獄での逆境の中、広く社会を見ながら前に進む松陰先生の人生観がある言葉です。

………。

むずかしい言葉だなぁ…と読み終えてみたら、なんだなんだ昔も今も変わらないなぁ…と。
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