今後高齢者が人類が未体験の領域にまで増加する日本社会において、心不全発症数が高齢者数に比例して爆発的に増加する社会現象、いわゆる心不全パンデミックに対してどのように心臓血管外科領域では対応していくか、大きな課題です。一例一例に大きな社会的リソースを投入する心臓血管外科手術は社会的な影響が大きく、患者数が増加することへの対応は、治療の低侵襲化による合併症数の減少、早期回復、入院期間の短縮による一例あたり医療費の減少が外科医として努力することです。
一般に心不全に対する心臓血管外科がかかわる外科治療として、虚血性心疾患、弁膜症、心筋疾患があります。虚血性心疾患に対する外科治療では、主に冠動脈バイパス術(CABG=Coronary Artery Bypass Grafting)による血行再建が中心になります。CABG関連では2000年ごろより、人工心肺を使用せず、心拍動下に末梢側吻合をするOff Pump CABG(OPCAB)が発達してきました。これは冠動脈吻合部の局所を固定する専用のスタビライザーや心尖吸引するデバイスで吻合部を露出できるように位置を調整することなど、器具の発達によって可能となってきたこと、そして何より、国民的な職人気質は外科医も同様で、手術スキルの追及にこだわる外科医の多い日本の心臓血管外科においては特に発達し、海外では約3割のCABGに対するOPCABの比率であるのに対し、日本では2倍以上の7割でOPCABが実施されています。CABGの質向上に積極的な施設ほどこの比率は高いといわれ、横須賀市立うわまち病院心臓血管外科でも、CABGおける99%の症例でOPCABを実施しています。人工心肺によるコストが不要な他、人工心肺に起因する感染症や脳梗塞の増加を防ぐことができます。この方法が導入されるようになり、特に透析患者などの重症患者において、CABGの死亡率が低下してきました。最近ではより、低侵襲な方法として通常の胸骨正中切開を行わず、8cmほどの左小開胸や上腹部の開腹で行う、低侵襲のOff Pump冠動脈バイパス術(MIDCAB=Minimally Invasive Direct CABG)も施設によっては行われています。視野の確保や吻合部の選択など課題はありますが、カテーテル治療との組み合わせで完全血行再建できる症例も多く、うわまち病院でも積極的に適応にしています。これにより、早期の回復が期待でき、術後約1週間で退院が可能です。
弁膜症手術で多いのは大動脈弁や僧房弁の手術です。大動脈弁では加齢によって起こる動脈硬化によって大動脈弁狭窄症は増加しており、高齢者が増加することで僧帽弁閉鎖不全症も増加しています。うわまち病院では心臓手術を受ける患者さんの3分の1が80歳以上です。冠動脈疾患と同様に、弁膜症において手術を低侵襲化することで、手術死亡率の低下に寄与することだけでなく、合併症の予防、入院期間の短縮が可能になります。うわまち病院でも8cmほどの右小開胸で大動脈弁置換術や僧帽弁形成術を神奈川県内でも最も早期に導入してきました。これに通常の胸骨正中切開で行った患者さんが約2週間で退院するところを約1週間に短縮しています。また人工心肺を使用せず、また開胸も行わずに可能なのはカテーテル治療で今後ますます発展していくものと考えられます。経カテーテル的に大動脈弁位に人工弁を移植する治療(TAVI=Transcatheter Aortic Valve Implantation)や、僧帽弁逆流を減少させる経カテーテル的にクリップをかけるMitraclipなどが実際に始まっています。こちらはまだ長期的な成績はわかっていませんが、これまで治療できなかった重症や合併症の患者さんにも治療を可能とし、またこれから増加する超高齢者にも適応可能です。
心筋疾患は、冠動脈疾患や弁膜症と違い、外科医が機械的に治療できる領域の小さい疾患です。心筋そのものを外科手術では治せないからです。実際に行われている治療は急性期にはPCPS(Perfutaneous Cardiopulmonary Support)やIABP(Intra-Aortic Baloon Pump
)といった機械的補助装置を装着し、長期化した場合は左室補助装置(補助人工心臓ともいう、LVAD=Left Ventricular Assist Device)に入れ替えして、心臓移植待機することになります。最近の補助人工心臓は、小型化が可能になり本体を体内に植え込むことによって、持ち運びが簡便となり、電源供給の導線が対外とつながっていますが、退院して自宅での生活や職場、学校への復帰も制限付きで可能となっています。いずれは体外とつながる導線(ドライブライン)不要な完全植え込み型補助人工心臓も近い将来実用化されると思います。植え込み型補助人工心臓が普及してから、装着後の生存率が改善することとで装着される患者さんが爆発的に増加する一方、心臓移植のドナーが足りないため、また、移植の適応年齢を超えてしまうため、心臓移植を前提とせず、植え込み型補助人工心臓で今後の生命を全うする、Destination Therapyも海外では普及してきており、日本においては導入を検討中です。すでに海外では植え込み型補助人工心臓で10年以上生存している人が数十人います。また、骨格筋由来の細胞を培養してシート状に培養したものを心筋に貼付して心機能の回復を期待する心筋シート治療も始まっており、これからiPS細胞を使用した心筋細胞シートに治療もまさに始まろうとしています。いずれは研究の進展により心臓そのものを培養して作成するバイオ心臓も実現は遠くないのかもしれません。
科学技術や医療技術の発達により、治療の幅も広くなり、より低侵襲化した治療が次々に実現されてきていますが、これらを駆使して今後の心不全パンデミックに一般医療のレベルでも対応していく必要があります。
(第一回 横須賀心不全パンデミック講演会)
一般に心不全に対する心臓血管外科がかかわる外科治療として、虚血性心疾患、弁膜症、心筋疾患があります。虚血性心疾患に対する外科治療では、主に冠動脈バイパス術(CABG=Coronary Artery Bypass Grafting)による血行再建が中心になります。CABG関連では2000年ごろより、人工心肺を使用せず、心拍動下に末梢側吻合をするOff Pump CABG(OPCAB)が発達してきました。これは冠動脈吻合部の局所を固定する専用のスタビライザーや心尖吸引するデバイスで吻合部を露出できるように位置を調整することなど、器具の発達によって可能となってきたこと、そして何より、国民的な職人気質は外科医も同様で、手術スキルの追及にこだわる外科医の多い日本の心臓血管外科においては特に発達し、海外では約3割のCABGに対するOPCABの比率であるのに対し、日本では2倍以上の7割でOPCABが実施されています。CABGの質向上に積極的な施設ほどこの比率は高いといわれ、横須賀市立うわまち病院心臓血管外科でも、CABGおける99%の症例でOPCABを実施しています。人工心肺によるコストが不要な他、人工心肺に起因する感染症や脳梗塞の増加を防ぐことができます。この方法が導入されるようになり、特に透析患者などの重症患者において、CABGの死亡率が低下してきました。最近ではより、低侵襲な方法として通常の胸骨正中切開を行わず、8cmほどの左小開胸や上腹部の開腹で行う、低侵襲のOff Pump冠動脈バイパス術(MIDCAB=Minimally Invasive Direct CABG)も施設によっては行われています。視野の確保や吻合部の選択など課題はありますが、カテーテル治療との組み合わせで完全血行再建できる症例も多く、うわまち病院でも積極的に適応にしています。これにより、早期の回復が期待でき、術後約1週間で退院が可能です。
弁膜症手術で多いのは大動脈弁や僧房弁の手術です。大動脈弁では加齢によって起こる動脈硬化によって大動脈弁狭窄症は増加しており、高齢者が増加することで僧帽弁閉鎖不全症も増加しています。うわまち病院では心臓手術を受ける患者さんの3分の1が80歳以上です。冠動脈疾患と同様に、弁膜症において手術を低侵襲化することで、手術死亡率の低下に寄与することだけでなく、合併症の予防、入院期間の短縮が可能になります。うわまち病院でも8cmほどの右小開胸で大動脈弁置換術や僧帽弁形成術を神奈川県内でも最も早期に導入してきました。これに通常の胸骨正中切開で行った患者さんが約2週間で退院するところを約1週間に短縮しています。また人工心肺を使用せず、また開胸も行わずに可能なのはカテーテル治療で今後ますます発展していくものと考えられます。経カテーテル的に大動脈弁位に人工弁を移植する治療(TAVI=Transcatheter Aortic Valve Implantation)や、僧帽弁逆流を減少させる経カテーテル的にクリップをかけるMitraclipなどが実際に始まっています。こちらはまだ長期的な成績はわかっていませんが、これまで治療できなかった重症や合併症の患者さんにも治療を可能とし、またこれから増加する超高齢者にも適応可能です。
心筋疾患は、冠動脈疾患や弁膜症と違い、外科医が機械的に治療できる領域の小さい疾患です。心筋そのものを外科手術では治せないからです。実際に行われている治療は急性期にはPCPS(Perfutaneous Cardiopulmonary Support)やIABP(Intra-Aortic Baloon Pump
)といった機械的補助装置を装着し、長期化した場合は左室補助装置(補助人工心臓ともいう、LVAD=Left Ventricular Assist Device)に入れ替えして、心臓移植待機することになります。最近の補助人工心臓は、小型化が可能になり本体を体内に植え込むことによって、持ち運びが簡便となり、電源供給の導線が対外とつながっていますが、退院して自宅での生活や職場、学校への復帰も制限付きで可能となっています。いずれは体外とつながる導線(ドライブライン)不要な完全植え込み型補助人工心臓も近い将来実用化されると思います。植え込み型補助人工心臓が普及してから、装着後の生存率が改善することとで装着される患者さんが爆発的に増加する一方、心臓移植のドナーが足りないため、また、移植の適応年齢を超えてしまうため、心臓移植を前提とせず、植え込み型補助人工心臓で今後の生命を全うする、Destination Therapyも海外では普及してきており、日本においては導入を検討中です。すでに海外では植え込み型補助人工心臓で10年以上生存している人が数十人います。また、骨格筋由来の細胞を培養してシート状に培養したものを心筋に貼付して心機能の回復を期待する心筋シート治療も始まっており、これからiPS細胞を使用した心筋細胞シートに治療もまさに始まろうとしています。いずれは研究の進展により心臓そのものを培養して作成するバイオ心臓も実現は遠くないのかもしれません。
科学技術や医療技術の発達により、治療の幅も広くなり、より低侵襲化した治療が次々に実現されてきていますが、これらを駆使して今後の心不全パンデミックに一般医療のレベルでも対応していく必要があります。
(第一回 横須賀心不全パンデミック講演会)