Happy-sanになろう!

Happy-sanな日々をご紹介するブログ。旅のお話もいっぱい♪

引き寄せるということ

2007年03月30日 | スピリチュアル
引き寄せるということ



雨は、"恵みの雨”だけれど

今朝の雨は、嫌われ者だったかもしれない。

せっかく満開になった桜を
たたきつけるように打つ雨で

きっとみんな、自分が濡れることよりも
桜が散ってしまうことを心配していたのではないだろうか。





雨に濡れた桜



桜は、華やかでいて、はかない花。

まるで、母自身が桜のような人であったように、

丁度一年前、桜が散っていくのとともに、
母はあの世へ旅立った。

これから一生、私にとっての"花見”は
母への追悼の"花見”となる。





愛らしい花びらの形をした、紅枝垂桜




目の前に現れることは
自分が引き寄せているのだ、

という。


自分は見たくないけれども
それが自分にとって必要だと
魂が指示していたなら、
そういうものも、現れる。


そんなことが理解出来るようになると、

なるほど、これは、こういうことのために
起こったことなのだ、と自分自身の中で
納得が出来るし、
”偶然が必然である”という、

言葉では簡単に言えるけれど
まさしくそのことが”現象”として現れることに

恐ろしささえ、感じるときもある。


母の一周忌の時期になり、

心ある方々から、

お手紙を頂戴したり、
お花を頂戴したり、
お電話を頂いたり、

遠く葉山までお墓参りに行ってくださる方もいらっしゃる。


せわしく一周忌にむけての日々を過ごしている中、
一通の手紙が届いた。

聖路加フレンズ事務局、日野原先生のお名前入りで。


聖路加フレンズとは、
会員制健康クラブのことで
私は自分自身の健康管理のために
4年前くらいから、入会している。

その聖路加フレンズで発行している
会員誌への投稿依頼だ。




嵐山吉兆の庭先の桜も、雨に濡れて・・・。





私は、自分の気持ちや経験を言葉にしていきたいと
秘かに思っている。


”それを皆さんの前に、出してごらんなさい。


まるで、そう言っている母の声が聞こえるようだ。

一周忌のタイミングで
この原稿依頼がくるなんて。



あまり詳細には思い出したくなかった
母の闘病生活だが

その日々はきっと同じような癌患者やその家族への励みや
治療への不安に光をさすものとなるだろう。

それをしてみなさい、

母がそう言っているような、気がする。



雨に濡れた桜を見ながら、

引き寄せる、ということについて
感じたこと。













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扉温泉 明神館

2007年03月30日 | 旅館&Hotel
扉温泉 明神館



美しい、宿である。

全てにおいて。


無駄が無く、欲っするものは全て黙って差し出される。


どこまでも繊細で、
そして決して見過ごしの無い注意深さで

客の心になった経営がなされている。




 明神館 


長野県松本市入山辺 標高1050メートル。

ここより上に民家は一軒も無い。
水も穴口沢、ワサビ沢からくみ上げている。



・・・携帯電話はつながらない。

もちろん、電波が悪いのでテレビも
置いてあるけれど、無いのと同じ。


朝起きてから、夜寝る前までに
一日何回、携帯電話を手にしていることだろう。

一日、何時間をパソコンとともに過ごしているだろう。


全ての電子機器の電磁波から解き放たれただけでも
底知れぬ開放感と
健康すら取り戻したような気がするのは

私達、現代人はすでに、何かに侵されている証拠だ。






立ち湯からの絶景





日本神話の中の話。岩戸伝説。

天照大神(アマテラスオオミカミ)が須佐之男命(スサノオノミコト)の乱暴に怒り
天の岩屋へお隠れになってしまった。

世の中は真っ暗闇になり、皆、困ってしまった。
そこで、他の神々は何とかでてきてもらおうと知恵をしぼり
岩屋の外でにぎやかな宴を開いたりした。

天照大神がなんの騒ぎだろう・・と岩戸を開けた時、
力持ちの天手力男命(アマノタジカラオノミコト)が
岩戸をぐっと開けて、下界に投げ捨てた。

めでたく世の中は明るくなった。

その投げられた岩戸はだいたい日本の真ん中に落ちたそう。

岩の扉が天から降ってきたから、扉峠。

実際、明神館から3時間ほど山中を歩いたところに
切り立った2枚の岩があるそう。

”扉温泉”は、そういう神様の伝説がある特別な場所




宿泊した部屋”駒草”のリビング


秘境の宿にしては、モダンなインテリアの部屋にまず驚く。

私は本来、
旅館は”上げ膳、据え膳”のお部屋食が好きだが

今回この明神館で

お客のプライベートを大切にするのなら、

かえって、食事はダイニングルームがいいのかもしれない、
と思った。

無駄な、会話がないので、ある。


ここはホテルの快適さを取り入れているわけだが
ホテルのように、きちんと洋服でメイクアップしてディナーというのも

せっかくの温泉のあとには、興ざめだ。


浴衣を着て、厚地のほっこりしたどてらを着て、
温泉あがりの素肌のままで、

ダイニングルームでお食事だ。



地元の食材を使った創作料理


地元で作られているワインは
甘口で、輝きがあって、とても美味しい。
食前酒として、最高


わらび、ぜんまい、こごみ、たらの芽・・

カラダの中から春が芽生えそうだ。

初挑戦の”桜肉”や、岩魚・・・

自然そのままを頂いていた
昔の日本人の食生活が

板前さんの腕で見事な料理となって供される。

テレビも、携帯電話もない

ダイニングホールの暖炉の火の音だけが響く

そんな、明神館での夕食。







お気に入りの、”立ち湯”


明神館の心くばりは、3つの温泉にも
随所に感じられる。

清潔感や、タオルの量と質、
長く入っていてものぼせないお湯の温度、

そして、一番感動したのは

内風呂から露天風呂へのガラス戸を開けると

通常、”さむ~い”と感じて
ぬきあしさしあしで、お風呂に向かうのが常だが

明神館では、ガラス戸を開けると
そこから、一歩目のところから

お湯がはってあり、

寒い思いをせずに、露天風呂が楽しめる


そして、本格的なアロマテラピーもうけられる。

その日の体調や気分にあったオイルで
カラダの芯からリラックスさせてくれる
極上のひと時だ。


お布団の柔らかさも枕の高さも

すべてが”客”のことを考えて選ばれている。

とても、山の中の一軒家にいるとは
思えないほど、

すべてに満ち足りた時間の中で、眠りにつく。


・・・・・・・・・・・・


誰に起こされることもなく、

部屋の前に流れている川のながれる音で、目が覚める。


リラックスして、ねぼけたままのカラダには
朝の湯が目覚ましだ。

ぼおーっと、ただ湯につかる。


”胃腸の湯”といわれるだけあって、

お湯につかっていると

おなかが動き出す。


”朝ごはん、なにかな。”


黒大豆のてづくり豆腐




私はとにかく、この黒大豆のてづくり豆腐が
お気に入り。

息子は、地元の、とれたての生卵。
しっかりとしていて、黄身が大きく元気な色をしている。

それを、
あつあつの炊きたてご飯にかけていただいたのが
シンプルなのだけれど、大ご馳走だったようだ。


私は、心の中で思う。

ここで、ちゃんとコーヒーが出てきたら、
この宿は今まで宿泊した中で
総合点、一位の宿だ、と。




ちゃんと、出てきました。モーニング・コーヒー




おそらく、東京から近い
湯河原あたりで、このクオリティの宿だったら

1泊 ¥38,000~45,000はするであろう。


そのくらい、全てにおいて
洗練され、且つ、満足度の高い明神館だが、

最後の会計時にまた驚く。

¥23,000 ・・・!

覚悟していた金額のおよそ半分だ。



そこここに、小さな石碑が建つ


”また、来たいね。”

私が言うと、息子もうなづく。

”・・・ママともまた来たいけど、
僕が結婚したら、夫婦で来たい・・・


若干10歳の子に

そこまで言わせる、


扉温泉 明神館 で、ある。











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