この部屋に

2013-10-28 23:55:20 | 日記
参った(u_u)
この部屋に
「蚊」
がいる。
今、耳元でブン~

最期の力を振り絞っている奴は、オスかメスか。
オスならば許し、メスならば、やっつける。

蚊帳の無い生活に変わって何十年たっただろう。
子どもの頃は、朝起きて、先ず蚊帳をたたんだ。
部屋の6箇所に打ち付けられた釘に蚊帳のループを引っ掛けてあるから、教えられたように、順番通りすれば子どもでもきちんとたためる。
それから自分の布団だけでなく、両親の布団もテキパキたたんで押入れに入れる。
最後にみんなの浴衣をくるくると丸めて紐で縛り布団の上に置いてお終い。
夜はその逆をする。

両親は、忙しい中、ロマンチックな?というか、子どもへのサービスは忘れなかった。
毎年、蛍を見に行こうと、夜、街灯もない暗闇の中、なんとスバル360を走らせて、蛍飛び交うところまで連れて行ってくれた。
蛍は沢山飛んでいて、手のひらで取りたい放題だった。田んぼか道かわからないところを走り回って捕まえて
籠に入れて持ち帰る。
その夜は蚊帳の中に蛍が飛んでいた。
朝になると、殆ど死んでいたが、中には生きているのがいて、庭に放す。
夜に、そんな強い生き残りが光っているのを蚊帳の中から眺めて、可哀想なことをしたと落ち込んだ。

蛍は今よりずっと身近な生き物だったなぁ。

蚊帳の中の「蚊」は憎たらしい!
蚊帳は時に何かに引っ掛けて知らないうちに穴が空いていることがあった。
そんな時はまず穴を探し塞いでから蚊を見つけて叩き潰す。
穴が空いてるわけでなく、自分が蚊帳の端をめくって入る時に、たまたま蚊をいれてしまうこともある。
叩き潰すまで眠れない。
でも、やっぱり殺生は殺生。ペシャンコの蚊を見て
南無阿弥陀仏…赤い血がついていて、吸われたなと思っても、南無阿弥陀仏。
そしてキンカンを塗る。

今の我家で、動体視力は私が一番良いらしい。夫は殺生ができないし、娘は騒ぐ係、息子は?どうだろう?そんな現場に居合わせない役まわりのようだ。
「蚊」を見つけたら、「お母さん~!蚊がいる!」

網戸のおかげか、蚊帳は基本必要の無い生活になったが、
蚊取り線香だけは要る。

動体視力が良いとはいえ、反射神経が鈍ってきたので、最近は蚊取り線香を持って燻すという方法が専らだ。
人間様も気分が悪くなるくらいまで、煙で燻して、まあこの位で良いだろうと消す。
暫く注意していたら、フラフラの蚊が出てきてパチン!みんなで南無阿弥陀仏!

さて、そこで、今の状況だけれど、こんなブログを書いていればまた出てくるだろうと待っているわけなのだが、ブンともフンとも現れない。電気が消えるのをどこかの隅で待っているのだろうなあ。
消したら間違いなく耳元にブン~とくるのだ。
今夜は電気をつけたまま寝て、明日蚊取り線香で燻すことにする。

おやすみなさい、明日があればまたね。


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会いに行きました

2013-10-28 00:33:46 | コンサート 公演 展覧会 フィギュア
安部公房の他に、もうひとり好きな作家がいる。
幸田露伴の娘の幸田文。
彼女の文章が好きだ。
彼女の見てきたお話しが好きだ。
彼女が生きてきた歴史が好きだ。
彼女を通して見ることのできる幸田露伴は、知れば知るほど魅せられる。

世田谷文学館で幸田文展をやっているので行ってきた。
ひとりだから、本当にゆっくりと、幸田文の世界に浸ってきた。





1階に絵本のコーナーがあり、子ども達がてんてんとソファに座って読みふけっていた。

原稿や写真、着物や硯、鏡、くしなどなどの展示物ひとつひとつに彼女の作品が重なり、気が付けば足腰が辛いことになっていた。

幸田文を語るのに幸田一族を語らないではいられないからだ。

幸田文の叔母にあたる幸田延が、リストのピアノ曲を写譜したのまで展示されていた。
幸田延は日本における西洋音楽の先駆者だった人だ。
中村紘子の
「ピアニストという蛮族がいる」
という本にも詳しく書かれていたから私も知っていたが、その写譜には本当に驚いた。
鉛筆ではない、インクとペンで物凄く精密、ギターの師匠の手描きの楽譜にいつも感心しているが、雑で面倒くさがり屋の私には到底できないことだ。

私が最初に読んで涙が止まらなかった

「おとうと」

という作品。

文の弟の実話だ。
弟の写真もあった。あまりの美しい顔に、若くして結核で亡くなる人のイメージは彼が作ったのかと思う。

文の娘の青木玉の文章も彼方此方に登場する。
孫という立場から見た露伴や母の文が生き生きと語られている。

文は日本という国は崩れるという宿命を負っている、と語る。
日本各地の崩れる場所に足を運んでいた。
焼けた斑鳩の法輪寺の三重の塔の復元にもかかわった。
好奇心の塊のような人だ。

全部見てかなり疲れた。
青木玉の

「小石川の家」

という本を買って、館内の喫茶店「どんぐり」に入って休憩した。
なんとそこには円谷プロのゴジラの着ぐるみが飾られていた。お店の人にいわれを訊いたが、
「どうしてなんでしょうねぇ、円谷プロさんから来てるのですけどねぇ」
というお話。








文学館のお庭には川があり、沢山の鯉が泳いでいた。





暫く鯉をみながらぼんやりしていた。



展示場から出るときに、おふくわけというポチ袋にみせた紙を貰った。
その裏の文章



今日の成果



彼方此方に幸田文のキラリと光る文章が抜き出して展示されていたが、今日一番気にいったのは、

お月謝を払わなくても、猫は猫であることを教えてくれる。
猫でも犬でも、何か一匹動物を飼えば、見つめているだけで教えてくれる。お月謝もいらない、頭を下げる必要もない…

という内容の文章。

「動物のぞき」

という本の中に出てくる文章のようだ。

帰宅して、我家の猫を有難く鑑賞してみる。





世田谷文学館の袋が気に入り、自分で首を突っ込んで遊んでいる。

青木玉さんの娘、青木奈緒さんも作家だ。
幸田露伴、幸田文の心を受け継いだ2人の作品もこれまた素晴らしい。
幸田文が亡くなり、もうあの文章に触れられないとガッカリしたのに、とんでもない。脈々と彼女が生きていると思った。



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