こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ミニエッセ・てんやわんや

2014年10月26日 11時09分46秒 | おれ流文芸
http://blog.goo.http://blog.goo.ne.jp/admin/newentry/#ne.jp/admin/newentry/# 
昭和五十五年十二月五日。古ぼけた神社で急ごしらえの結婚式が滞りなく済んだ。
「さあ、急ごうか」
 友人のKが急かした。姫路駅をスタートする新幹線の予定時間は二時五十分前後。加西から一時間はかかる。いま一時半だから、ぎりぎり、いや間に合わないかも知れない。
「大丈夫や。俺に任しとけ」 
 Kは自信満々だ。白バイに乗っている警察官だった。趣味はクルマ。ドライビングのテクニックはプロ級と見ていい。
 セレナは快調に走った。時間に間に合わないと心配する必要はなさそうだ。後部座席で、花束を持った新妻はちらちらと私を見る。笑顔で頷いてやるが、やはり不安なのだろう。妻がKと顔を初めて合わせたのは結婚式場だった。Kの人となりを知らないのだから、当然の反応である
 新婚旅行に行くつもりはなかった。小さいながら喫茶店を経営していたし、妻は身重だった。既に六か月を数える。しんどい思いをして、余裕のない中で余分なお金を使って、新婚旅行をする意味はない。それが私と妻が導き出した結論だった。
「何を馬鹿、言うとんじゃい。お前らだけのこっちゃないんやで。後々、子供にどない説明すんじゃ。お父ちゃんらは、新婚旅行行く甲斐性がなかったんやて、言うんかい?情けないがな。ええか。子供のために、人並みの事しといたるんが、親の務めや。わしが金を出したるから、新婚旅行は行っとけ!近うてもええがな。とにかく、新婚旅行はやっとけ。ええのう」
 父の否応を言わせぬ説得で、急遽行くことにした。バタバタとするのも無理はなかった。泥縄式に立てた計画である。
「どや。十分、間に合うたやろが」
 Kは胸を張って鼻を鳴らした。抜け道も駆使したKは、なんと二十分も時間を短縮した。
 新幹線のターミナルに駆け込むと、既に見送りの円陣が出来ていた。大半が妻側の参加者だ。私の方は、兄貴と学生時の友人三人だけ。十三も若い妻。短大を卒業してまだ二年も経っていない。出身高校は姫路。地元だから駆け付け易い。友人知人が多くて当然なのだ。高校時代にキャプテンだったクラブの仲間に後輩、先輩とひしめいている。短大の友人もかなり顔が見られる。
「お二人の新しい門出を祝して、万歳三唱させて貰いますわ。よろしく。バンザーイ!バンザーイ、バンザーイ!」
 妻の三代前のキャプテンだという男性が見事な音頭を取った。演劇部だったから、お手のものだ。パチパチと好意に満たされた拍手に見送られて、予定していた新幹線に乗り込んだ。窓越しに眺めるざわめく見送り光景に、気恥ずかしさを覚える。それでも片手を上げて応えた。ペコリと頭を下げると同時に新幹線は走り出した。
 静寂がやっと戻った。お互いに顔を見合って、「プーッ」と噴き出した。やっと、自由を手にした二人は、肩の力を抜いた。
 新幹線の自由席。新神戸まで立ちっ放しだった。新神戸駅に着いたのは四時前。さすがに疲れを感じた。ポートピアホテルまでタクシーを奮発した。計画では、北野町辺りを散策してからホテルに向かうと決めていた。しかし、疲れは変更を余儀なくさせた。
 急遽決めた新婚旅行プラン。最初の宿泊をポートピアホテルに決めただけだった。他に具体的なスケジュールはない。三泊四日で京都を楽しんで来ると、みんなに公言した手前、京都行きは外せない。それに泊り先は現地で何とかなるだろうと安易に考えた。何にせよシーズンオフである。二人で頭を使って行動すれば、まさか宿無しって目に遭いはしまい。
 ポートピアの夜はさすがに魅力的だった。新婚気分を味わうに十分な舞台だった。身重の妻と、ベッドの上で寄り添って、会話を楽しんだ。喫茶店の仕事に追いまくられて、ゆっくり交わせなかった二人の会話だった。ポートピアホテルの夜は二人に優しかった。
 翌朝、ポートライナーで三宮へ。新快速で京都へ向かった。二人を見て、誰も新婚夫婦だと思わなかっただろう。おぼこい顔の妻と、老け顔の私。年の差は倍加して見えたに違いない。親子に見えるは言い過ぎかもしれないが、仲のいい兄と妹に勘違いされても文句はいえない。十二月初旬の外気は思う以上に厳しく凍えた。京都駅を出ると、一掃身に染みる寒さが襲い掛かった。。
 一度行ってみたかった太秦の映画村へまず足を運んだ、ピューピューと吹き抜ける寒風に、首筋が縮みあがった。
「どうする?凍えちゃうよ。ゆっくり見る?」
「う~ん?料金分を無駄に出来ないしな。ちょっと駆け足で行こうか?」
「うん!」
 妻は若い分、のりがいい。妊娠していても、それが足かせ手かせになるなどまずなさそうだ。足早に会場を回った。手をつなぎ合っていると、少々の寒さは我慢出来る。映画村に人影はまばらだった。仮に二人が抱き合って歩いても、気にする人は、まずいまい。機会があれば、いつか映画村をゆっくり楽しみに来よう。早々に門を出た。
「今日は、どこに泊まる?早く落ち着こうよ」
 少しばかり弱気を見せた妻。気のせいでもあるまいが、彼女のおなかは、昨日より膨らんでいる。早く何とかしてやろう。
「よしよし。では宿探しと行きますか」
 京都駅で買っといた市内観光案内地図を開いた。
「この駅前のセンチュリーホテルなんか、どないや?名前がええやん」
「駄目!ホテルはポートピアでもう満足してるし。なんたって節約節約。それに京都って民宿が沢山ありそうやん。素敵な民宿探そ」
 妻の希望は最優先だ。新婚旅行に民宿はあり得ないと思うが、それも面白そうだ。やはり似た者夫婦である。いつの間にか、同じ意見になってしまう。価値観が同じなのだろう。
「よっしゃ。民宿を探すか。観光案内所やったら、ええとこ紹介してくれるで」
「うん」
 観光案内所が教えてくれた民宿は嵐山にあった。『ポッポの家』という名前が何ともかわいい。嵐山の駅から、そう遠くないらしい。閑静な一角にあるとか。期待が膨らむ。
 観光案内所で貰った略図を片手に歩いた。
有名な観光地である。誰かに尋ねれば、すぐ行き着くと、高をくくっていた。ところが行けども行けども『ポッポの家』は見つからない。薄暗くなる中、ちょっと目立つおなかを抱えた童顔の女と、大きな旅行鞄をふたつぶらさげてキョロキョロしっぱなしの男。取り合わせは相当奇妙だったに違いない。当の本人たちはもう必死だった。
 休憩しては歩き、また休んでは歩く。数時間も嵐山を彷徨った。観光エリアから外れた裏手の道をそぞろ歩いた。人っ子一人、行き交わない。観光エリアだったとしても、このクソ寒いシーズンオフに歩き回っている酔狂な観光客に出会う確率はゼロに近い。
 やっと行き当たった交番に、眠そうにあくびを繰り返していた巡査を見つけた。
「ああ。『ポッポの家』ですか。ここからすぐですよ」若い巡査は、時間外れに彷徨っているアンバランスな男女の二人連れを訝しく思いもせず、嬉しそうに対応した。暇を持て余していたのだろう。
「えらく遅かったですね。嵐山を見物してたんですか?」
 出迎えた青年は、如才なく話しながら、部屋に案内してくれた。
「今夜は、そちらさんだけなんですよ。オーナーは生憎と組合の会合に出かけてまして」
 青年は聞きもしないのに饒舌だった。先ほどの巡査と同じく、暇と格闘していたのは確かだ。サービスは望めそうにない。
 温かい風呂に入って、やっと人心地を取り戻した。夕食の時間はとっくに過ぎている。二人分の布団が敷かれた部屋で、カバンを開けた。ポートピアで仕込んだ土産の一つを開封した。缶ジュースとでささやかな晩餐を始めた。新婚の二人には、それで十分だった。心の許せるパートナーが目の前にいてくれる。その夜は、妻の体をいたわりながら、そーっと抱いて寝た。疲れは若い二人を心地よい眠りの世界へ瞬く間に引っ張り込んだ。
翌朝、『ポッポの家』を出たのは十時過ぎ。
「今日はどこを回る?」
「う~ん?……」
 そして沈黙。何も思い付かない。救いを求めて妻を見た。二人は同時に口を開いた。
「帰ろうよ」「帰ろうか」
 顔を見合わせた。妻はクスリと笑った。私も笑った。ケラケラと笑い興じた二人の心は、一つになっていた。もう新婚旅行は必要ない。どこにいようと、何をしていようと、私と妻は、もう紛れもなく立派な夫婦だった。。
 二泊三日に終わった新婚旅行。京都駅で土産だけはたっぷりと買い込んだ。両親や親戚、祝ってくれた友人たちに、新婚旅行の証しを分配しなければならない。証拠作りだった。
 新居にたどり着いたのは昼前である。結婚前に契約しておいた貸家だった。アパートより気を遣わなくて済む。隣とは軒が重なり合っていても、曲がりなりにも一軒家なのだ。
鍵を開けると、そこには……何もなかった。私の兄に頼んでいた荷物の運び入れは、まだ行われていないようだ。新婚旅行の最終日に間に合わせる気なのだ。ほーっと気が緩んだ。
「どっか食べにいかない?」
妻の言葉に、すきっ腹が即座に反応した。妻の手を取った。新婚生活の第一歩だった。
バタバタ、そして、口あんぐりに終始した新婚旅行は、ようやくゴールインしたのだ。(これは、明日に期待が持てるってことだ)芸術・人文 ブログランキングへ
 私には確信めいたものがあった。 
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ミニノベル・かげろう

2014年10月26日 10時51分06秒 | おれ流文芸
http://blog.goo.ne.jp/admin/newentry/#
「ジリジリ、ジー……」と、やたら油蝉が喧しい。夏になるといつもこうだ。
 なびいていた風がピタッと止まる。クーラーのない部屋は一挙に暑さを増す。窓を開け放しても効果は殆どない。ジトーッと掻いた汗を手拭いで拭うと、苛立っている自分に気付く。甲斐文夫は、脚を無造作に投げ出した。
「またー!もうゴロゴロしてられちゃ、少しも片付かへんわ」
 真奈美の癇性な声が襲い掛かる。
 妻のヒステリックな声は、もう慣れっこのはずだが、こう暑いとカチン!と来る。苛立ちに拍車が掛かる。文夫は時計に目をやった。
「ちょっと、そこらを歩いて来るか……」
 文夫は聞こえよがしに言った。
「そう。その気になったら、さっさと動く!」
 真奈美に悪気がないのを、文夫は誰よりもよく知っている。夫婦になって20年以上。相手の考えは、すぐ判る。文夫はそそくさと部屋を出た。妻に逆らって碌な事はない。
 ムッとする淀んだ外気に顔が歪んだ。
(こりゃあ家で寝転んでいた方がマシだったかな)真奈美の邪険な扱いを無視出来る図々しさを文夫が持ち合わせていればの話である。文夫は、いたって控え目なのだ。
 文夫が住むのは、住人の大半が兼業農家という田舎だった。古くからの家ばかりで、付き合いが大変な集落である。ここで生まれ育った文夫は、高校を卒業するとすぐ町に仕事を求めた。結婚もした。子供も授かった。暫らく住んでいたが、結局田舎に戻った。
 親が家を建ててくれた。万全の用意で迎えられたのだ。町でうだつの上がらぬ暮らしをしていた文夫は、これ幸いとばかりに家族を引き連れて帰郷した。

「暑いのう」
 隣家の隠居だった。骨に皮が貼りついたガリガリの老人である。別に健康を損なっていないのに、いつも寝間着姿で、家の周囲をウロウロしている。雑草を見つけると、まるで憎い敵と遭遇したかのようにグイグイと引き抜く。一本も残さない。お陰で彼の家の周囲は雑草知らずだ。
 隠居はギョロッと文夫を見た。生ける屍を連想させる。ゾンビそのものだ。
「ほんま。死にそうな暑さやねえ」
「あ~ん?」
 隠居は耳が遠い。これまで何度も話し掛けて同じ目にあった。一度で通じた例がない。最低3度は繰り返すはめになる。
「ほんまに地獄の暑さ……」
「そうよ。全く死んだ方がマシじゃあ。こう暑いと、何も出来よらんで」
 珍しく2度目で通じたらしい。大声でブツブツ言っている。いきなりしゃがんだ。足元に雑草の芽を見つけたのだ。その目敏さは凄い。血管が露骨に浮き上がった手を伸ばして雑草の芽を引き抜く。ケラケラと笑った。まだ当分はくたばりそうにない。
 きつい日差しを避けて神社に足を向けた。結構大きい社殿がある。秋には氏子が繰り出す5基の祭り屋台が練り合う。年輪を刻んだヒノキの大木がそそり立って、神々しさを際立たせている。さすがの日差しもヒノキの枝葉に遮られて、差し込めない。涼しさを求めるなら、この上ない場所だ。
 裏手に広がる豊かな山並みは、過去にゴルフ場開発話の舞台となった。京阪神に近い立地を、開発業者が見逃すはずはない。村は二分したが、結局良識派が勝利した。文夫にはどうでもいい話だった。あえて言うなら、田舎は田舎、自然は自然のままであってほしい。
 本殿に上がる石段に尻を下ろした。二対の狛犬に見下ろされる位置だった。文夫は手拭いでごしごしと顔の汗をぬぐった。首筋も丹念にこすった。少しは気持ちが良くなる。
(今日は来るかな……?)
 とりとめもなく考えた。文夫が神社に足を運んだのは、ある期待もあってのことだ。家で聞いた蝉の鳴き声が時雨になって境内に降り注ぐ。腕時計を確かめた。10時を回っている。文夫は境内の入り口を見やった。気配を感じたのだ。すぐその正体が姿を見せた。
 茶褐色の犬がちょろちょろと動く。柴犬の血が入った雑種の犬。よく知っていた。文夫の匂いをかぎ取って、犬はいきなり顔を上げた。こちらに向かってしゃにむに駆け出した。文夫が差し出す手の中に飛び込んだ。しきりに尾を振る。熱い舌で所構わず舐めた。
「こらこらチビ、止めろ。止めろって」 
 ポケットに用意していた竹輪を呉れてやると、チビは夢中で食べた。
「おじさん。チビ、喜んでいるよ」
 いつの間にか、見知った顔が覗き込んでいた。小学生の康之と母親だった。彼女と目が合うと、お互いに静かな会釈を交わした。
「チビにご馳走してくれたんだ、おじさん」
「いつも、ごめんね」
 母と子は同じ仕草で文夫に頬笑んだ。
 母親は文夫のよく知った相手だった。幼馴染み。そして初恋の……!6年前の夏、偶然境内で彼女に再会した。髪型と化粧ですっかり変わっていた吉沢志保子は、昔と変わらぬ声で話し掛けて来た。
「あ?甲斐くんじゃないの?」
「え?……そうだけど」
「わたし、吉沢志保子。覚えてる?」
 忘れてはいなかった。文夫の記憶にちゃんと刻まれている。よくよく見ると、志保子の面影はしっかりと残っていた。幼馴染みで、高校生の頃付き合い始めた。周囲も好意的に見てくれた。しかし、人生は、そううまく運びはしない。
 バイク事故がすべてを変えた。人身事故だった。同乗の志保子と、はねた相手が病院に運ばれた。問題は大きく広がった。無免許で警察沙汰。結局学校は辞めた。必然的に志保子と文夫に距離が生まれた。田舎の保守性は文夫に容赦なかった。痛めつけられた末、罪悪感に支配された文夫は、どん底まで落ちた。
 志保子に連絡を取ろうとした文夫を、彼女の両親は露骨に拒絶した。元校長の父親と、教育委員会に務めていた母親を前に、非行少年の烙印を押された文夫になすすべはなかった。志保子が東京の大学へ進むと、もう文夫とは縁のない人となってしまった。
 懐かしい志保子の笑顔は眩しかった。それでも文夫は、素知らぬ顔で対応した。昔と違って彼は分別を備えた大人だった。昔馴染みと旧交を暖めると割り切った。最初こそ……。
「すっかり変わっちゃったなあ」
「今は胡桃沢志保子。結婚して大阪人になっちゃった。甲斐くんは、どうなん?」
「俺?ああ、結婚してる。子供は3人だ」
「ああ、幸せなんや」
「俺?うん。まあ、そうかな……」
 取り留めのない話が続いた。志保子は何のこだわりも見せなかった。ただ明るかった。昔そのままに。文夫の胸は軽く痛んだ。
 夏休みになると、志保子は必ず帰郷した。再会の翌年は赤ん坊を連れて帰った。それからは年々成長する息子の康之と一緒だった。子供を見つめる志保子の目は母親のものだった。母性は彼女を一層美しくさせている。
 文夫は母親になった志保子に戸惑いながらも、調子を合わせた。夏休みの出会いで得た胸のときめきを守るために、懐かしい昔馴染みであり続けた。

「もう、田舎には帰ってこられなくなりそう」
「え?」
「中東の方へ夫が赴任するの。付いていかなくちゃあ。彼ね。単身赴任でいいって。でも放っておけないでしょ」
 志保子は笑顔を文夫に向けた。ドキッとしたが、取り澄ました笑顔で頷いた。彼女がどんなに夫を、家族を愛しているか、よく分かる。
「吉沢もいい嫁さんになったなあ。頑張れよ。あ?俺が言う事じゃなかったな」
「そんなことないよう。うん。頑張る。でも、甲斐くんと、もう会えなくなるね」
「そうだな」
「楽しかった、本当に。夏休み…私には、高校生の頃に戻れる束の間のシーズンだった」
 志保子の声が文夫の感情に突き刺さる。
(なに考えてんだ、俺。ヒトの嫁はんやのに……昔は帰らへん……そやけど……?)
「おじさん。明日、お家に帰るね」
 康之が母の腰に手をまわして、文夫を見上げていた。文夫は心の動揺を慌てて隠した。
「おう、そうか。帰ったら、お父さん、喜ぶぞ」
「うん。喜ぶよ。大好きだもん、お父さん」
 康之の笑顔が、文夫の立場を如実に語っていた。志保子がペコリと頭を下げた。

 境内を出てぶらぶらと歩いていると、駆けてきた子供らとぶつかった。文夫の末っ子の太知がいた。母親にそっくりの顔をしている。
「どうした?」
「境内で野球すんだよ。俺、今日はピッチャーさせて貰えるって」
「そうか。そいつはよかったなあ。頑張って投げて来い。負けんじゃねえぞ」
「当たり前じゃん。俺、父さんの息子だぞ!」
 思わず太知の顔を見直した。そして、頷いた。(そうだ。こいつは俺の息子だ。うん!)

「暑いのう、堪らんわい」
 隠居だった。ギョロッとした目が文夫に向けられている。エンゲ(縁側)の板間にだらしなく座り込んでいる。
「暑いいうてからに、悪さすんじゃねえぞ」
 ドキッとしたが、さりげなく応じた。
「俺は、真面目だけが取り柄じゃ。おやっさんも、ずーっと昔に言うてくれたやんか」
 正気じゃないかも知れない隠居に、えらく饒舌な自分に気付いた。きっと暑さのせいだ。
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