「老眼が入ってますね」
眼科で診断されても実感はなかった。白内障の診察を受けに来ていたせいだった。
定期的に検診を受けるよう告げられたのが二年前。白内障の兆候はあるものの、どうこうする段階ではなかった。定期的経過観察をしてと医師は告げた。痛くもかゆくもないので、一度定期検査を受けただけで終わった。
ふと気になって眼科に赴いた二年目。視力や視野の検査えお受けて出た結果が老眼だった。裸眼で0・02という超ド級の近視ではあるが、別に日常生活に不便は生じていない。老眼が忍び寄っていたなど考えもしなかった。新聞の小さな字が前よりも見やすくなって内心喜んでいたのは、老眼のなす業だった。
遠近両用眼鏡が出来上がり、上半分と下半分の使い方の説明を受けた。聞けば聞くほど厄介に思えた。いたって不器用だから、コンタクトのお世話になった若い頃は、目を傷つけるのではないかと常にひやひやものだった。遠近両用眼鏡の上下使い分けも、うまくやれる自信はなかった。使い分けた差がピンと来ない。ただ車の運転に支障が出れば困る。
案ずるより産むが易し。遠近両用眼鏡の使い分けの手応えが掴めなくても、運転に支障はなかった。テレビの視聴も新聞を読むのも、前と変わった自覚はない。いや変化はあった。
「おい。俺、目がよくなったぞ!」
思わず妻に伝えた。新聞に目を通しているとき、何気なく眼鏡を外したら、意外にも小さな字が克明に見えた。近眼だけだった前とは確かに違う。近眼に老眼が重なって起こる現象に過ぎないと後に思い至るが、その瞬間は嬉しかった。そしてすぐ愕然とした。遠くへ目を移すと、ぼやけて見える!
「おい。テレビのボリューム上げてくれよ」
「字幕が出てるでしょ。読めばわかるわ」
最近、ニュースを見ながら妻と言い合う。加齢による難聴に、近眼と老眼のはざまに落ち込んであがくのも随分慣れてしまった。