こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ガラケー

2019年08月31日 01時32分48秒 | エッセ
ガラケーを使っているが、
最近はほとんど用なし状態。
メールと通話、
どちらもめったにないし、
こちらから送信することは皆無。
実は携帯電話、
末の娘が西宮の高校に通うと決まって
急遽購入したものだ。
電車通学の娘を送り迎えするのに
携帯は欠かせなかった。
朝の送りは問題なくても、
迎えは時間が不規則。
そこで連絡手段に
携帯が必須となった。
「メールはこうやるの」
「ふんふん」
「通話は……」
「ふんふん」
娘のレクチャーで
携帯のイロハを辛うじてマスターして
携帯デビュー。
一方の娘はスマホ、
便利だと言われても、
通話とメール機能以外に
何をするのかチンプンカンプン。
使いこなせるはずもなかった。
「メールだけでいいから」
 父との通話を避けたい娘のため、
メールだけのやり取りに。
「今から帰る」
「すぐ迎えに行くわ」が、
いつしか
「八時」
「わかった」
「遅い」
「わかった」
で通じた。
 娘が卒業、
そんなメールも
一切なくなった。
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畑いじり

2019年08月30日 01時05分35秒 | エッセ
格子になっているスチールボードを購入。
一枚450円を25枚一万円台の買い物です。
畑にイノシシ用の柵として張り巡らすつもりです。
夏野菜とともに植えていたさつまいも、カボチャ、ウリなどが
ごっそり被害を被ってしまったから、
秋冬用に急ぎ用意したのです。
畑に10メートル四角4区画も
やっと整備できています。
なにせひとりしごと、
それも手作業だから遅々として進まないのです。
30日に柵の設置を予定しましたが、
あいにくの雨予報。
秋雨前線が去るまで
一進一退を余儀なくされそうです。
ただ、
佐賀県の豪雨被害のような災害が、
滅多に来ない地域に住んでいるのが救いです。
少々の雨なら強行してもいいかな。
とにかくやるしかないのです。(ハハハハ、はぁ~)

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なにがなんやら

2019年08月29日 16時11分16秒 | エッセ
朝早くから予定が詰まっていて
駆け回っていました。
支援サポーター2件、
作物別にの区割り整備、
水抜き溝堀、りを半日、
さっきイノシシ除けの鉄策を購入にコーナンへ。
軽トラを借りて、
現場へ運び終わって帰宅したところです。
若いころのようになかなk段取りよく運べません。(笑)
さあ秋冬の
畑が始まりです。

あっと、
紙芝居
のほう、養護施設で披露することが決まりました。
これから計画を煮詰めていくつもりですが、
さてどうなりますやら?
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見~つけたよ人生の起点

2019年08月28日 09時47分03秒 | エッセ
山田養蜂場さんのキャンペーンで
わが母校T小学校へ児童書を寄贈していただいた。
このキャンペーンに当選したのはもう5回目。
最初に当選の案内をもらった時、
迷わず母校の図書室を思い出していた。
田舎のちっちゃな小学校、
片道45分歩いて通学したものだ。
今やその母校も存続が議論される時代になってしまったが、
母校へ感謝の気持ちは決して忘れることはない。
世界で自分一人が孤独だという悲壮感に包まれた子供が、
新たな人生と未来をプレゼントしてくれた母校。
いや母校の貧相な図書室は
迷える子羊だった子供を救ってくれたのだから。
これからも
田舎の母校が苦難を乗り越えて
継続されていくことを祈るばかりである。
だいぶ前に書いた原稿をみつけた。
読みながら、
私の母校への愛は永遠だと思ったものである。(しみじみ)
原稿
ネットで、学校の図書室が学校生活に馴染めない子どもの駆け込み寺になるという話題を拝見。思わず(そうだよ!)と共鳴した。
 実は私も小学校時代は図書室に入り浸っていた。休み時間になると級友たちが遊ぶのをしり目に図書室に一目散。本に齧りついた。
 気が弱く劣等感の塊りだった小学校時代、友達なんて出来る筈がない。運動神経もなく体育の実技では笑いの標的にされていた。まわりでわいわい遊び興じている教室で孤独な存在。そりゃあ悲しく嫌だった。
図書室に行くと気持ちは晴れた。興味を持って読める本がいっぱいの図書室。次々に読む本の世界が面白くて堪らない。そこに嘲笑もからかいもなく、自分らしさを保てた。
あの図書室がなかったら、大げさではなく私の今はなかったのは間違いない。
駆け込み寺になる図書室も駆け込む児童も、批判する声もあるようだが、当の本人の切実な心情を推し量れないからだろう。
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紙芝居だよ~

2019年08月27日 01時34分19秒 | エッセ
紙芝居イベントの写真が手に入りました。
写真に写る子供たちの表情はグッド!
周囲で見てくださった大人たちも
いい顔をしてらっしゃいました。
「次はいつ?」
なんてせっつかれてあわてました。
やれるソフトの用意はいっぱいありますが、
ハードはホールしだいです。
今回の反省を踏まえて、
もっと開放的な雰囲気を作りたいものです。
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苦あれば

2019年08月26日 12時30分27秒 | エッセ
さっきまで畑の草刈りと溝堀作業に専念。
昼食をとるために帰宅して、
グターっとしている。昨日までの雨と暑さの相乗効果で、
大草原になっている畑。
いやはや大変です。

頭が働かないので、
今日はブログも小休止だな。
すこし横になってポーッと過ごします。
3時過ぎには、
畑仕事の再開です。
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大成功?

2019年08月25日 00時57分44秒 | エッセ
紙芝居イベント
10数人のお客さんが集まり
紙芝居にも熱が入りました。
朝8時半から段ボールで仕上げた
ブースいっぱいにちびっこたち。
こんな嬉しいことはないですね。
開始は11時、
緊張感はあったが、
「こんにちわ~!みんな元気かい」
の第1声で吹っ飛んだ。
演目は十八番の「おむすびころりん」
ちびっこの顔を見ると
自然に笑顔が生まれる。
やっぱり優しいんだな、僕は。
手前みそな思い込みをしながら、
好反応にノリノリ。
多少老いによる声の衰えを感じながらも、
大いに楽しんだ。
自分が楽しめたら、
絶対ちびっこたちも楽しんでくれるという
意味のない確信を持っている。

12時イベント終了。
「みんなありがとう。また見に来てね」
ちびっこ一人一人とお約束。
さあ~、次回は9月にやっちゃおうかな?
自分の年を忘れる一瞬だった。


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戦争遺跡ボランティアガイドの季節がまた

2019年08月24日 01時57分29秒 | エッセ
地元の戦争遺跡保存課から、
秋のボランティアガイド召集の案内が来た。
ガイドに参加して3年目。
日本でも有数の戦闘機飛行場が
ほぼ当時のままに残っている。
その周囲に点在する防空壕、機銃座、爆弾庫、地下指令所、営門あとなど、
をめぐる戦争遺跡ツアーが注目されて、
訪れる見学者のためにガイドを務めている。
今年は目玉に、
実物大の紫電改(地元で組み立て製造され、飛行場で訓練飛行された名機)の模型公開がある。
昨年以上の見学者があるのは間違いない。
ガイドも万全の用意で臨む必要がありそうだ。
昔戦争遺跡についてつづった原稿を思い出して取り出してみた。
当時の私の平和志向が垣間見れて、
今年のガイドへの意欲の高まりに影響しそうだ。
原稿
ふる里加西市に保存された戦争遺跡がある。生まれ育ち今も生活の場であるふる里に暮らして六十六年。その存在を全く知らずにいた。     だだっ広い鶉野飛行場跡は、明石の免許試験所へ自動車免許を飛び入り受験のため、みんなの練習場だった。 
そんな身近に接していたその広場が、あの戦争中、戦闘機紫電や紫電改のテスト飛行に使われていたことを知る由もなかった。
まして、その紫電改が練習飛行中に鉄道事故を誘引し何人もの死傷者が出た負の歴史など知る筈がない。当時軍部も事故を隠していたとか。戦争にまつわる暗雲は田舎も例外なく覆っていたのだ。
 昨年、地元の高校PTAによる『ふるさと講座』の一環に『鶉野飛行場戦争遺跡めぐりウォーキング』が企画された。当時ウォーキングにはまっていたせいで、戦争遺跡めぐりを意識は皆無することなく参加した。
ところがただのウォーキングではなかった。歩いたコースは鶉野飛行場の周囲に点在する防空壕、弾薬置き場、地下指揮所、対空砲銃座…と戦争の歴史を如実に見せつける遺跡群だった。目の前にすると、今も漂う迫りくる重圧感に驚かされた。
「みなさんは、この鶉野飛行場から九州の鹿屋特攻基地を経て戦地へ赴き二度と戻ることはなかった特攻機の若き飛行機乗りが、何人もいたことをご存じだったでしょうか?」
 スタッフの問いかけに、参加者の誰もが無言だった。特攻という言葉自体ピンと来ない。最近映画やドラマでお目にかかった絵空事でしか捉えていなかった。
それが、こんな平和でのんびりした田園都市の一角に存在する飛行場から多くの若者たちが命を的にした戦果を求めて飛び立ったのだと言う。ショックだった。
 特攻機を操縦した若い飛行兵たちが書き遺した遺書は地下指揮所跡の煉瓦壁に貼られてあった。父母や妻子ども、兄弟姉妹、友人恋人にあてた別れの手紙。十代から三十代前半の飛行兵たちの悲壮な決意と、肉親への尽きない愛情が吐露されている。国のために死を余儀なくされた彼らの心情はいかばかりだったのだろうか。とても推し量れない。戦争はいつも不条理極まる犠牲を強いるのが当然なのだ。
 私の叔父もビルマ戦線で戦死した。盆に墓参するたび、その無念さを垣間見る。墓地の入り口に並んで建立されだ、名誉(?)の戦死者を偲ぶ慰霊墓碑の中に、叔父の墓碑銘もある。立派な石柱に刻み込まれた叔父の名前と戦死した戦地名、戦死の日時、年齢が…二十三歳…いくらなんでも若過ぎる。
いつもお参りしながら、叔父の無念さに胸を熱くする。生きていればなにかを成し遂げられたはずである。その無限の可能性は有無をいわさず奪われた。理不尽極まる戦争に腹が立って仕方がない。
手を合わせながら叔父に訊いてみる。(将来何をしたかったの?誰か好きな女の人いたの?)でも、墓碑に眠る叔父は何も答えてくれない。
 特攻隊飛行士たちの遺書に釘付けになりながら、ハッと気づいた。彼らは叔父以上に無念だったに違いない。生きる意志を捨てさせられ、敵を道連れにして死ぬことを命令された片道飛行だったのだ。
生を微塵も考えてはならない、ただただ死ぬことを目的にした飛行命令の冷酷無比、それが戦争の正体である。叔父以上の過酷な懊悩のうの中運命を避ける道は閉ざされ行くしかなかった悲惨さ。それが戦争なのだ。
 平和な現代に生きる私たちは、ともすれば戦火に散った多くの犠牲者たちの無念さを忘れている。あの戦争悲劇の上に生かされていることを忘れてしまっては、次の世代に平和をつなぐ役割を担えない。
 先般、国会で安保法案が通過した。野党は『
戦争法案』と主張する。ともあれ決まるまでの過程に納得できかねるものはあるが、決まった今は、その運用を注意深く見守る必要がある。
危険な方向に国が舵を取らぬように、みんなの平和意識を確固たるものにしなければならない。それが平和を感受する私たちに課せられた役目なのだ。
 鶉野飛行場滑走路跡沿いに設けられた平和祈念の碑苑を前に頭を垂れながら、思うことはひとつ。先人の間違いを二度と繰り返さない。平和は傍観者が手にすることは絶対ない。微力でもひとりひとりが平和への道筋を迷うことなく突き進むことで必須なのだ。
 歩いて巡った『ふる里加西の戦争遺跡』は、私に戦争の愚かしさと冷酷さとを再確認させてくれた。それは平和を考える最高の動機となってくれたのである。誰もが戦争と平和を直視するに違いない戦争遺跡の保存と公開は、遺跡をもつわが故郷の責務だと確信する。
 
 
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しとしと

2019年08月23日 02時36分22秒 | エッセ
深夜。
またまた雨が降っている。
気がやたら思い。
雨って降らなければ困るし
降ればうっとおしい。

紙芝居まであと一日。
プレッシャーに弱いのを自覚している
気を取り直して、
頑張らなきゃ
それができなければ、
もう先はなくなるぞ。
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気分爽快

2019年08月22日 00時57分50秒 | エッセ
落ち込んでいたのがウソみたいに、
午後は何もかもが快調に進み始めました。
見つからなかったCD「日本昔ばなし」は、
心機一転身の回りを整理整頓すると、
机のした、死角になったところで見つかりました。
気分良くなった勢いで、
一挙に準備を薦めました。
使わなくなった投光器のスタンドを利用した紙芝居部隊。
段ボールを使い、(スーパーからもらい下げたものです)
会場を仕切るパネルを作成、
イベント案内看板もササッと書き上げました。
うまくいくときはそんなもんですね。

昼の一時過ぎに、
高齢者仲間がナスビを大量に持ってきてくれました。
暑いのでしばらく畑に行かなかったら、
なんとも見事な茄子がいっぱいついていたとか。
すぐナス天にしてふるまいました。
ナスビの天婦羅は
やはりうまい!
炊きたての飯と味噌汁、茶わん蒸しで歓待しました。
一人でコソコソ食べるよりも、おいしく感じます。
「クーラーが入ってなかったら、ここへは来られへんわ」
彼の本音に同感しきりです。

夜も好調で、
深夜〇時過ぎに
紙芝居「おむすびこりん」をやってのけるほど。
明日は朝サポーターのボランティアに飛んでいき、すぐに帰宅、
紙芝居練習の追い込みにかかるつもりです。、


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