59年前のチリ地震津波のときは...この「柳の木」の場所に家族で避難しました...当時は志津川小学校の校庭でした。
川沿いの住まいだったので...「地震と津波」は”つきもの”として常日頃敏感でした。
昔の事ですから今みたいに情報は少なく町のサイレンが鳴ると...ほとんどの人は火事だと思っていましたし...、
小学生の頃で、あの時の事は今でも鮮明に覚えています。その時の津波の経験と...その後の生活は
「地震があったら 津波の用心」って言い聞かせて...この齢まで生きてきたと思っています、
そして東日本大震災の津波の時・家族4人(父:当時92才 母87才 私と妻)助かったのは、チリ地震津波の経験と日頃からの備えと思っています。
私の父と母は小さな地震であっても、いつも津波が来ると思い込み、高台に逃げる行動をしていました。
そんな父母の背を見て来た自分は...用心深くなったことは、...ホンとです。
天を押し上げ、地よ鎮め、正面からくる波に...治まれ!
下の写真は2011年/3月12日 志津川小学校体育館避難所の母:よし子さんです...防災頭巾をしっかり身に着けています、
私も思わず写真を撮りましたが、よし子さんに話聞いてみると...「いつも枕元に置いている」とのこと、
避難所を見回しても...こんな格好してる人はいません!.....「備えいれば憂いなし」とつくづく感心しました。その、
よし子さん:まだまだ元気な95才です。