5月24日は「チリ地震津波」 47回目の被災記念日です。
この日は毎年恒例の津波避難訓練を行っています。
時が変わり、意識も変わり、知る年代も変わりつつある最近です。
阪神淡路震災を契機に1983年5月26日日本海中部地震津波をふり返って理解するようになり、
新潟中越地方を中心とした地震被害には多くの援助と人々の行動がボクのこころにしっかりと伝わってきました
そして”津波の猛威と恐ろしさ”をメディアを通して世界の人々が確かに認識したのは、
'04 12月インドネシア・スマトラ沖大地震・大津波災害だったはずです。
一番目の写真、八幡川河口 のブルーの防朝水門ですが 当時は水門はなく 荒れ狂った波が
この河口付近で ますます威力を増して ”チリ地震津波”と変化し河口を遡ったのでした
何しろ 南米チリ国での地震が津波となって、私たち南三陸の地まで押し寄せて来るとは、
誰ひとり予知することは出来ませんでした......尊い命41名が津波の犠牲の結末でした。
この写真は47年前の 私の家の目の前の光景です。
当時小学6年だった自分です。 脳裏にしっかりと焼きついています
町 記念誌より
下の写真は上の写真と同じ場所(中橋)です
但し、この状況は昨年の10月7日の南三陸を襲った低気圧災害のの写真ですが....
いつ、どんなとき、どんなふうに、どんなかたちで、やって来るか分かりません。
せめて ”自分自身だけ” 生き延びる術を常日頃 鍛錬することが大切だと思います
生き延びたあとは、こっちのもの^^
救出活動、ボランテアに医療に こころの支えにと........いろんな役割は山ほど!
さぁ~てと.....気を引き締めて 津波避難訓練に臨みます
この写真は現在の八幡川の風景です
写真の中央の白と赤色した橋ですが2枚目と3枚目の写真の橋です
私の家は橋のちょと手前右側、木で陰で見えにくいかなぁ~
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