「 シティホールプラザ「アオーレ長岡」は、JR長岡駅前に位置し、建設地の旧厚生会館跡地は歴史的にも由緒ある場所です。かつてこの場所に城を構えていた長岡藩は、領主と領民の垣根が低く、両者が一体となって藩を盛り立てていました。いわば、「市民協働」の先駆けともいえる長岡藩の精神は、河井継之助の藩政改革、小林虎三郎の米百俵の精神などに連綿と受け継がれ、現在も続いています。 」 と、ホームページでは紹介されている。
我々が高校生の頃は駅前にはデパートが立ち並び、田舎者から見れば大都会だった。
橋を渡った田園地帯にジャスコとショッピングモールが出来てからは人の流れが変わってデパートは次々店を閉めた。
大手通りに地下駐車場を作って再開発を図ったが人の流れは帰って来なくて、起死回生の策として市役所付きの多目的ホールとして「アオーレ長岡」が出来た。
長岡人は方言が好きだ。言葉じりに れー、 らー、 がー、 が付く。
長岡のご当地ヒーローは ソイガイヤー(そうなんですの意味)。
農産物直売所は なじらーて(いかが?の意味)
アオーレは当然 会おうれ の意味だ。
ここで会おうと言うことはここが新潟県第2の都市、長岡の中心であるという強烈なメッセージ、方言を大事に残すことも自己顕示なのだろう。
知る限りでは長岡で初の花のイベント「アオーレユリ祭り」。
実行委員会と新潟花推進協議会の主催ではあるが実際にサポートしていたのは全農新潟と花市場 新花さんだったようだ。
参加していたのは長岡の花商さんたちと産地では堀之内だけだった。
中越地区の花産地全部に声は掛けたのだそうだが、、、うちだけ、、、、まぁ、、、しょうがないか。
秋の共進会と同じ風景が夏の長岡でも見れて良かったと言えばよかったが、、、だからダメなんだとも思える。
相変わらずうちの産地はイベントに対してまじめだ。最高のものが常に出品される。
うちのマカレーゼもミレッシモも立派に発色して咲いていたし巨大な蕾のサンテンダーがプロの目を引いた。
プロの花商たちもこれだけユリをふんだんに使うことがあるだろうか?
普段、コストを考えてユリを使わない花屋さんにもユリをふんだんに使う味を覚えさせる。
これが大事なところではないだろうか。
うちの元リリーエンジェルたちと本物のリリーエンジェル長谷川美香ちゃんとの3ショット。
回廊もユリだらけ。ほぼすべてが堀之内のユリだ。まるで堀之内のユリまつりみたいだった。
土曜日は1500人の来場があったそうな。イベントとしては大成功だったと思う。
やっぱり人の大勢集まるところでやるべきだ。
帰りに同じ長岡市の山間部を回って帰った。ここには長岡だけで無く地方都市と山間部を取り巻く大きな社会問題がある。
今は旧川口町、山古志村から海辺の寺泊までが長岡市だ。
通勤地が都市である以上山間地の過疎化は止められない。ならばいっそ都市に編入。
「それしかないんだよ」と、南米から来たアルパカが言っているような、、、、
魚沼市もいっそ東京都に編入してもらってはどうだろうか。