だいぶ爺臭くなってきたので、今年から墓掃除デヴュー。
村の墓場は入り口から家の古い順に並んでいるのだ。
我が家の墓はずーっと奥のほう、つまりあんまり古い家ではない、自分は4代目。
入り口から3番目に先祖の又先祖、「 多左ェ門 」 の墓がある。成り行き上、今年もバスタを撒いておいたのできれいだ。
我が家の家系はどうやら長男が家を飛び出して、しょうがないから弟が後を継ぐ傾向だったようだ。
一番入口にある墓は、大本家 「 茂兵ェ」 の墓。その分家 「 多左ェ門 」 ?
「 多左ェ門 」 ? どう考えても長男の名だよな。
茂兵ェ とてその親は、増沢の 八郎ェ門 から分家に出た 彦左ェ門。 これも長男ぽい名だ。
「 多左ェ門 」 はいろいろあって八色のほうに出てしまって 「 舟山 」 の屋号を名のっている。
しょうがないから彦爺さんの滝蔵が 「 深沢 」 に出たが、その子善蔵は、原に下りて行って 「 山喜 」 になった。
年の離れた辰蔵がしかたないから後を継いで今日に至るってわけだ。
爺も父もヒカラビ君も弟はいない。
だから、「俺だって弟がいればこんなところにゃいねえや」 と言う捨て台詞を温存したまま生きていけるのだ。ブツブツ、、、
おっ、トラディショナル線香立て、スッカンボゥ。
盆に帰った事は1度も無いな~。