(8)「アラブの春」を考える際、もう一つポイントがある。
「アラブの春」に、民主化運動を見るよりも、その一歩先の、中東における共和制型の政権を壊すことに関心を持った国がある。湾岸の王制の国々、とくにサウジアラビアだ。「アラブの春」による混乱に乗じて、中東における覇権を確保することをサウジアラビアは狙っていたのではないか。
湾岸のバーレーン王国は、スンニー派支配の国だが、サウジアラビアの東の外れの先にある。その先の海を渡った向こうにイランが控えているので、このあたりにもシーア派の勢力が存在していて、それをスンニー派政権が抑えつけている。
この地域の国々(サウジアラビア、アラブ集彫刻連邦、バーレーン、オマーン、カタール、クウェート)は、「湾岸協力会議」(GCC)という集団保障体制を作っている。これもイランへの対抗策の一環だ。イラン発のイスラム革命によってシーア派の勢力がここまで迫ってきたら、小さな湾岸諸国はひとたまりもない・・・・ということで、大国サウジアラビアを入れてGCCを作った。バーレーンが危機を迎えると、サウジアラビアが「友好の橋」を使ってバーレーンに軍を送り込み、反政府運動を弾圧した。
(9)バーレーンが「アラブの春」に学んだことが、もう一つある。広場の管理だ。
エジプトでは人々が回路のタハリール広場に集まって反政府集会を開いた。この模様が全世界に報じられ、「アラブの春」を後押しした。
バーレーンには真珠広場があった。真珠広場に反政府的な民衆が集まってきたので、政府は広場をつぶした。
(10)中東を知る上で欠かせないのは、中東のCNNとも称された「アルジャーラ」だ。できた最初のころは、本当に自由な報道をすると言われていたし、事実そういう面があった。しかし、最近はカタールの国策に則ってやっている。
湾岸の王制国家は、相当の危機感を抱いている。<例>バーレーンの報道も、「民主化を求める運動です」と言えばいいのに、「外国勢力がどうの」みたいなトーンになる。
リビアのときもそうで、反政府運動が盛り上がり始めたころ、朝から晩までリビアのカダフィ政権がいかにひどいか、ということしか報じない。ものすごく偏っている。いまは、露骨に、カタール、スンニー派、サウジアラビアの意向に沿った報道しかしない。
「アラブの春」が始まってから多くのアラブの王制を批判してきたアルジャーラだが、サウジアラビアだけは絶対に批判しない。これは徹底している。あのあたりの広告代理店は全部サウジアラビアが押さえている。営業的にまずいことはできないのだ。
(11)中東の超大国、サウジアラビアの行方は今後の大問題だ。
まず、国王の後継者問題がある【注】。しかも、一夫多妻制で、いろんなところに小さい権力のセンターがあるから、一人異動すると全部玉突きで動く。複雑系の世界だ。
王子は1万人いる、と言われる。
「サウジアラビア」とは、「サウド家のアラビア」という意味で、家産国家だ。30年くらい前まで国家予算というものがなかった。国家予算と家計が渾然一体となっていた。全部サウド家の私的財産で賄っていた。
国会も国政選挙もないが、国すなわちサウド家が国民の生活の面倒をすべて見てくれる。汚い仕事やきつい仕事はイエメン人やパキスタン人にさせて、サウジアラビア人は高級官僚になる。今でも王族が巡行するときに、メープル金貨などの袋を持ってベドウィンなどに配っている。
「サウジアラビア」は「サウド家の土地」という意味であって、われわれがそれを勝手に国家と呼んでいるだけのことだ。
【注】記事「サウジ改革、前途多難 緊急度増す過激派対策 アブドラ国王死去」(朝日新聞デジタル 2015年1月24日)
□池上彰・佐藤優『新・戦争論』(文春新書、2014年11月20日)の「第4章 「イスラム国」で中東大混乱」
↓クリック、プリーズ。↓
![blogram投票ボタン](http://widget.blogram.jp/images/bgButton1_yel.gif)
【参考】
「【佐藤優】米国とイランの接近 ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~」
「【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~」
「【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~」
「【佐藤優】の実践ゼミ(抄)」
「【佐藤優】の略歴」
「【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~」
「【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由」
「【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~」
「【佐藤優】戦争の時代としての21世紀」
「【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~」
「【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~」
「【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~」
「【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ」
「【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~」
「【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~」
「【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~」
「【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~」
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
「【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~」
「【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~」
「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
「「森訪露」で浮かび上がった路線対立」
「【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~」
「【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」」
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6f/e3/03e09b42a33cd25b2565a3390df7a85a_s.jpg)
「アラブの春」に、民主化運動を見るよりも、その一歩先の、中東における共和制型の政権を壊すことに関心を持った国がある。湾岸の王制の国々、とくにサウジアラビアだ。「アラブの春」による混乱に乗じて、中東における覇権を確保することをサウジアラビアは狙っていたのではないか。
湾岸のバーレーン王国は、スンニー派支配の国だが、サウジアラビアの東の外れの先にある。その先の海を渡った向こうにイランが控えているので、このあたりにもシーア派の勢力が存在していて、それをスンニー派政権が抑えつけている。
この地域の国々(サウジアラビア、アラブ集彫刻連邦、バーレーン、オマーン、カタール、クウェート)は、「湾岸協力会議」(GCC)という集団保障体制を作っている。これもイランへの対抗策の一環だ。イラン発のイスラム革命によってシーア派の勢力がここまで迫ってきたら、小さな湾岸諸国はひとたまりもない・・・・ということで、大国サウジアラビアを入れてGCCを作った。バーレーンが危機を迎えると、サウジアラビアが「友好の橋」を使ってバーレーンに軍を送り込み、反政府運動を弾圧した。
(9)バーレーンが「アラブの春」に学んだことが、もう一つある。広場の管理だ。
エジプトでは人々が回路のタハリール広場に集まって反政府集会を開いた。この模様が全世界に報じられ、「アラブの春」を後押しした。
バーレーンには真珠広場があった。真珠広場に反政府的な民衆が集まってきたので、政府は広場をつぶした。
(10)中東を知る上で欠かせないのは、中東のCNNとも称された「アルジャーラ」だ。できた最初のころは、本当に自由な報道をすると言われていたし、事実そういう面があった。しかし、最近はカタールの国策に則ってやっている。
湾岸の王制国家は、相当の危機感を抱いている。<例>バーレーンの報道も、「民主化を求める運動です」と言えばいいのに、「外国勢力がどうの」みたいなトーンになる。
リビアのときもそうで、反政府運動が盛り上がり始めたころ、朝から晩までリビアのカダフィ政権がいかにひどいか、ということしか報じない。ものすごく偏っている。いまは、露骨に、カタール、スンニー派、サウジアラビアの意向に沿った報道しかしない。
「アラブの春」が始まってから多くのアラブの王制を批判してきたアルジャーラだが、サウジアラビアだけは絶対に批判しない。これは徹底している。あのあたりの広告代理店は全部サウジアラビアが押さえている。営業的にまずいことはできないのだ。
(11)中東の超大国、サウジアラビアの行方は今後の大問題だ。
まず、国王の後継者問題がある【注】。しかも、一夫多妻制で、いろんなところに小さい権力のセンターがあるから、一人異動すると全部玉突きで動く。複雑系の世界だ。
王子は1万人いる、と言われる。
「サウジアラビア」とは、「サウド家のアラビア」という意味で、家産国家だ。30年くらい前まで国家予算というものがなかった。国家予算と家計が渾然一体となっていた。全部サウド家の私的財産で賄っていた。
国会も国政選挙もないが、国すなわちサウド家が国民の生活の面倒をすべて見てくれる。汚い仕事やきつい仕事はイエメン人やパキスタン人にさせて、サウジアラビア人は高級官僚になる。今でも王族が巡行するときに、メープル金貨などの袋を持ってベドウィンなどに配っている。
「サウジアラビア」は「サウド家の土地」という意味であって、われわれがそれを勝手に国家と呼んでいるだけのことだ。
【注】記事「サウジ改革、前途多難 緊急度増す過激派対策 アブドラ国王死去」(朝日新聞デジタル 2015年1月24日)
□池上彰・佐藤優『新・戦争論』(文春新書、2014年11月20日)の「第4章 「イスラム国」で中東大混乱」
↓クリック、プリーズ。↓
![にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ](http://book.blogmura.com/bookreview/img/bookreview88_31.gif)
![人気ブログランキングへ](http://image.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1375_1.gif)
![blogram投票ボタン](http://widget.blogram.jp/images/bgButton1_yel.gif)
【参考】
「【佐藤優】米国とイランの接近 ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~」
「【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~」
「【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~」
「【佐藤優】の実践ゼミ(抄)」
「【佐藤優】の略歴」
「【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~」
「【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由」
「【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~」
「【佐藤優】戦争の時代としての21世紀」
「【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~」
「【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~」
「【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~」
「【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ」
「【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~」
「【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~」
「【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~」
「【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~」
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
「【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~」
「【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~」
「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
「「森訪露」で浮かび上がった路線対立」
「【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~」
「【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」」
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6f/e3/03e09b42a33cd25b2565a3390df7a85a_s.jpg)