語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【TPP】の闇 ~格差を拡大した米韓FTA~

2016年06月04日 | 社会
 (1)米韓FTA(環太平洋戦略経済連携協定)は韓国に何をもたらしたか。
 韓国を米国化する手段だ。経済だけではない。米国企業が自由に活動できるよう、政治・社会・文化まで変える。昔なら武力を背景に植民地支配できたが、21世紀はさすがにそんなことはできない。自由貿易協定を結べば、企業が合法的に国民生活を押しのけ、市場を席巻できる。

 (2)そんなFTAをなぜ韓国は米国と結んだのか。
 背景に北朝鮮をめぐる政策の不一致があった。当時の盧武鉉・大統領は北朝鮮を「太陽政策」で取り込もうとしたが、強硬策で締め付けたい米国のブッシュ政権とそりが合わなかった。しかし、米韓関係は維持しなければならない。そこで米国が求めるFTAをのむことで関係改善を図った。2006年の施政方針演説で米国とのFTA交渉を表明、1年で合意にこぎつけたのだ。

 (3)その後が大変だった。
 両国が批准したものの、米国から待ったがかかった。2008年は民主党のオバマ候補(当時)は、米韓FTAは米国に利益にならないとして「大統領になったら内容を変える」と公約した。就任すると再協議が始まった。当時の国務長官はヒラリー・クリントン。今は大統領候補として「TPPは米国の利益にならない」と主張している。オバマが米韓FTAに反対したときと、まったく同じ構図だ。

 (4)なぜ再協議に応じたのか。
 発足したばかりの李明博・政権は、「決して不利なことにはならない」と国民を説得。3大紙を中心とするメディアも米国との協調を重視して自由貿易推進を主張した。1997年のアジア通貨危機でIMFの管理下で大転換した韓国は、輸出主導の産業構造になり、GDPの大部分は輸出に頼っている。
 米国市場を抜きに韓国は立ちゆかない、という政府の宣伝が行き渡り、「再協議になってもFTAは韓国に恩恵がある」という受け止め方が広がった。
 しかし、再協議が始まると交渉は秘密のベールに包まれた。なにがどう話し合われているのかわからない不安の中で、不平等条約ともいえる協定ができあがった。

 (5)いかなる点が不平等か。
 法や条例とFTAでルールが異なれば、韓国では協定が優先する。TPPで投資家が政府を訴えるISDS条項が問題になっているが、米韓FTAにもISDS条項が盛られた。韓国の法や行政が米国企業の利益を損ねたら、米企業はワシントンにある世界銀行傘下の仲裁法定に韓国政府を訴え、損害賠償をさせることができる。ところが、協定は前文に「米国では外国投資家は国内法に従う」と明記されていたのだ。韓国企業は米国の法律に従う、というのでは訴えは起こせない。
 米韓FTAは憲法違反だ。韓国の裁判権の及ばないところで政府が訴えられるのは韓国の法秩序を否定するものだ、などと法学者から反対運動が起きた。米国の身勝手な要求を通すための秘密交渉も韓国政府にとっては都合がよかった。屈服して譲歩していることを国民に知られたくなかったから。

 (6)漏れた秘密もあった。
 「コメ市場開放の密約」が暴露された。韓国ではコメの輸入は認めていない。それなのに輸入解禁を強く求める米国のフロマン代表に、日本でいえばTPP担当相にあたる交渉責任者が、「ミニマムアクセスの制度が期限を迎える2014年まで待ってほしい」と譲歩した、と報じられて大騒ぎになった。政府は「密約などない」と打ち消し、なんとか逃げ切った。だが協定が発効すると、密約どおり2015年にコメ輸入が解禁された。「504%の高関税がかかるので実害はない」と政府はいうが、これから関税の引き下げ交渉となり、価格は徐々に下がっていくだろう。

 (7)協定発効でどんな影響が出たか。
 農業の衰退が深刻化している。米国に先駆けて、韓国はチリとの間でFTAが結ばれ、ブドウが問題になった。収穫期が違うから影響はないと政府はいうが、10年経つと韓国のブドウ農家は大打撃を受けた。安城(アンソン)市ではブドウ畑が3分の1にまで激減した。農業の衰退は徐々に進む。米韓FTAがそれを加速した。顕著に影響が出ているのは畜産だ。牛肉は40%だった関税を15年かけてゼロにする。しかし、2012年度には米国産牛肉の輸入は53.6%伸びた。一方、仔牛価格は24.6%下落した。FTAに備え、規模拡大に走った農家が経営難に陥っている。

 (8)畜産だけか。
 サクランボが米国産チェリーの流入で窮地に立っている。24%だった関税がゼロになり、輸入が3年で3倍になった。サクランボは急激に値段が下がり、影響はブドウやマクワウリにも及んでいる。消費者は安い商品になびき、果物全体で価格下落が起きている。

 (9)政府の支援策はいかに。
 ①補助金による直接支援、②技術支援、③廃業支援だ。
 ①はあまりにも被害が大きく、政府の損失補填は続かなかった。②は時間がかかる。
 政府は生産性の悪い農家は廃業させ、工業に移行させようとしている。しかし、他業種に移るのは簡単ではない。農業の衰退で地域経済は疲弊している。儲かる仕事を探すのは困難だ。

 (10)農業切り捨ての政策だ。
 韓国では人口の20%がソウル周辺に集中している。地方に仕事がないから、若者は都市に向かう。極端な一極集中が加速度的に進んでいる。富の集中も加速し、10大財閥でGDPの70%を占め、その一つサムスングループだけで17%だ。米韓FTAは、都市と農村、金持ちと生活困窮者の格差を拡大する。米国の経済界からは「米韓FTAはこれからのFTAのモデルになる」と絶賛する声が上がっている。FTAは米韓FTAを環太平洋に広げるものだ。

 (11)農業を切った韓国は工業で成果をとったのか。
 輸出増大が期待された乗用車も関税は5年目に撤廃されるので、成果が出るまで時間がかかる。輸出はさほど伸びていない。しかも協定には「手のひら返し」を意味するスナップバック条項が設けられた。韓国車の輸入が急速に増えたと米国の自動車業界が判断したら、輸入を制限できる。米国の自動車産業だけに認められる条項で、韓国側には認められていない。米国車の輸入は30%も増えている。

 (12)米国の自動車業界の意見がそのまま協定に実現している。
 典型がエコカー減税の先送りだ。韓国政府は2013年から燃費のいい小型車は補助金を交付し、2000ccを超える中型車には増担金を課す、というエコカー政策を予定していた。ここに米国自動車工業会が、「米国車に不利になる」と抗議し、2年の延期が決まった。ところっが2015年になってもエコカー減税は実施されず、宙に浮いたまま。政府はISDS条項で提訴されることを恐れたらしい。負けたら巨額の賠償金をとられる。

 (13)ISDS条項は相手を萎縮させる効果があるようだ。
 ソウル市では学校給食には遺伝子組み換え食品は使わないと条例で定めているが、ISDS条項との関係が心配されている。対応は決まっていない。国民の健康や阿年のための政策が切り崩され、米国企業の儲けに奉仕する米国化が韓国で進んでいる。

 (14)よく国会が認めたものだ。
 評決の2週間前、李明博・大統領は国会議員全員に書簡を出し、「米韓関係の重要性」を訴えた。南に日本、北に中国・ロシアという大国に囲まれた韓国は、米国との関係が大事だ、経済的な不利益があっても米韓FTAは進めなければならない、という趣旨だった。
 「米韓関係の維持」と引き換えに秘密交渉で国民生活や経済的利益が損なわれる。日本も同じ状況ではないか。

□郭洋春(立教大学教授)/構成:山田厚史(ジャーナリスト、デモクラTV代表)「格差を拡大した米韓FTA ~デモクラTV共同企画 TPPの闇を斬る 第3回~」(「週刊金曜日」2016年5月20日号)
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