(1)丸谷才一は、文学的雑談集『男もの女もの』所収の一編「政治の辞典」では、 『ブルーワー英語故事成語大辞典』から、たとえば「姦通adultery」を引く。
<世界の多くの首都において国会議員により多くおこなはれる活動。政界の性的スキャンダルの主成分。1988年のゲーリー・ハートの大統領選への希望は、ワシントン・ポストのポール・テイラーの、「姦通したことあります?」といふ質問に対して「尾行してごらんよ」と答へたときに壊滅した。ジャーナリズムは直ちにミス・ドナ・ライスを発見した>
そして、この項目の最後を引くのだが、これがまた爆笑もの。
(2)<そしてこの項目の最後にはこんな文句が引いてある。
I would rather commit adultery than drink a pint of beer.
1920年代に下院で禁酒法について演説してゐるとき、レイディ・アストアといふ女の議員が、
「わたしは一パイントのビールよりむしろ姦通を選ぶものです」
と言つた。そのときジャック・ジョーンズといふ労働党の議員が歴史に残る野次をとばした。
「選ばない人、ゐるかい?」(Who wouldn't ?)
と言つたのだ。全員爆笑したといふ。
いいですねえ、この野次。労働党の議員だといふのが嬉しい。本邦の左翼議員にかういふおもしろいこおを言へる人がゐるだらうか。ゐただらうか。
いや、保守側でもむづかしいんぢやないか>
(3)本書の所収の別の一編「ゴシップ!ゴシップ!」で、夏目漱石『吾輩は猫である』を逸話小説と定義する。じじつ、『猫』には、浅田飴からバルザックの小説に登場させる人物の名の定め方まで、毒にも薬にもならぬ話が満載されている。
漱石の逸話好きは、英国人の逸話好きに感染した結果らしい。
丸谷いわく、あんなに大勢の門弟が毎週1回やってきたのは、漱石のゴシップ好きに一因があったのだ。内部に暗いものをかかえた孤独な人間ほど、明るい交友、楽しい社交を欲するはずだ、云々。
ここからさらに、英国の暗くて厳しい天候、英国人のゴシップ好きの理由に議論がおよぶのだが、凡百の文学論より「ゴシップ!ゴシップ!」一編のほうが英文学の真髄を伝えている(ような気がする)。
□丸谷才一『男もの女もの』(文藝春秋、1998。後に文春文庫、2001)
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