語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【経済】マネタリーベース、マネーストックとは何か ~金融緩和~

2013年05月16日 | ●野口悠紀雄
(1)決済に日銀券だけが使われる場合・・・・実際にはこうした取引は行われないが、理解しやすい。
 (ア)操作:買いオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・日銀が日銀券を増刷して銀行に渡す。
   (b)マネーストックの変化
     不変・・・・銀行が得た日銀券はマネーストックに入らないため。

 (イ)操作:売りオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     減・・・・銀行保有の日銀券を日銀が回収
   (b)マネーストックの変化
     不変

 (ウ)操作:市中消化国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     不変・・・・日銀券が銀行から民間主体に移るだけだから。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・上記により銀行券が金融機関の外に出るから。

 (エ)操作:日銀引き受け国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・政府が日銀券で預金を引き出して民間主体に渡すため、日銀券発行残が増えるため。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・上記により日銀券発行残が増えるため。

(2)決済に預金が使われる場合・・・・実際にはこうした取引が行われる。
 (ア)操作:買いオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・代金は銀行が日銀に持つ当座預金に振り込まれる。
   (b)マネーストックの変化
     不変・・・・日銀当座預金はマネーストックに入らないため。

 (イ)操作:売りオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     減・・・・代金は日銀当座預金の引き落としで払われる。
   (b)マネーストックの変化
     不変・・・・日銀当座預金はマネーストックに入らないかため。【(ア)-(b)と同じ】

 (ウ)操作:市中消化国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     不変・・・・銀行の日銀当座預金は国債購入で減り、財政支出で増えるため。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・財政資金の支払いで民間主体の預金が増えるため。

 (エ)操作:日銀引き受け国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・政府の日銀当座預金が減り銀行の日銀当座預金が増えることで支払いが行われるため。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・財政資金の支払いで民間主体の預金が増えるため。【(ウ)-(b)と同じ】

 【注1】定義。
  ・マネタリーベース=日銀券発行残-銀行の日銀当座預金残
  ・マネーストック=日銀券発行残-銀行保有日銀券残+民間主体の預金残

 【注2】(1)および(2)は、マネタリーベースおよびマネーストックがさまざまな操作によってどう変化するかを示す。
 ただし、銀行は日銀当座預金の変化に対応して貸出を調整しないものと仮定する(調整すればマネーストックが変化する)。
 なお、(1)および(2)は、次の関係が成り立つ。
  ・(エ)+(イ)=(ウ)
  ・(ウ)+(ア)=(エ)

 【注3】(ウ)および(エ)の詳説。
  ・(ウ)-① 市中消化の国債発行・・・・銀行が保有している日銀券はマネタリーベースだが、マネーストックではない。これが政府保有になることによって、マネタリーベースは減少する。
  ・(ウ)-② 財政支出・・・・政府保有の日銀券が銀行以外の民間主体に保有されることによって、マネタリーベースもマネーストックも増加する。
  ・(エ)-① 日銀引き受けの国債発行・・・・日銀は日銀券を増刷して政府に渡すが、通貨当局内部の取引なので、マネタリーベースもマネーストックも不変。
  ・(エ)-② 財政支出・・・・政府保有の日銀券が銀行以外の民間主体に保有されることによって、マネタリーベースもマネーストックも増加する。

 【注4】留意点。
  ・(ウ)①+(ア)=(エ)① ・・・・このためマネタリーベースで差がある。
  ・(ウ)②=(エ)② ・・・・マネーストックが増えるのはこの過程においてだ。
  ・マネーストックは(ウ)と(エ)で差がないが、銀行が貸出を増加させればマネーストックは(エ)のほうが大きくなる。

□野口悠紀雄『金融緩和で日本は破綻する』(ダイヤモンド社、2013.1)の第1章補論4
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【社会】ボストン・マラソン爆破事件の背景 ~露国のチェチェン人抑圧・米国移民の不満~

2013年05月15日 | ●佐藤優
 (1)9・11テロは、海外の武装組織に訓練された犯人の仕業だった。
 ボストン・マラソン爆破事件、米国社会に溶け込めない移民が自ら過激思想を抱き、増幅させたところに特徴がある。

 (2)チェチェン問題とは何か。
 ロシアの南、黒海とカスピ海に挟まれたカフカス地方に古くから住むチェチェン人は、自らをノフチ、つまりノアの民と呼ぶ。ノフは旧約聖書のノアのことで、フチは人間を指す。ノアの方舟が漂着したとされるアララト山は、カフカス山脈の南にある。
 領土拡張を目指したロシアがカフカス地方に侵攻したのは、モスクワ大公国時代からで、長い歴史がある(「400年戦争」)。チェチェンへの大規模な侵攻は、19世紀の帝政ロシアだ。帝政ロシアは、支配の拠点として、まず要塞都市ウラジカフカスを築いた。ウラジは支配を意味する。
 ソ連成立後、第二次大戦中にスターリンは、チェチェン人の大半の50万人をシベリアや中央アジアに強制移住させた。冬季に「死の行進」をさせたため、15万人が亡くなった。生き残りは、スターリン死後、故郷に戻り、ソ連崩壊(1991年)の前年に独立を宣言した。
 ロシア大統領となったエリツィンは、軍を侵攻させ、10万人超のチェチェン人が犠牲となった。さらにプーチンが、1999年に軍を派遣した。いずれも内政批判を外へ逸らすのが目的だった、とされる。
 狡猾なプーチンは、武力で強硬派を抑え込む一方、独立勢力の穏健派カディロフを取り込んで傀儡政権を樹立し、2009年にチェチェン戦争の勝利を宣言した。そのカディロフは暗殺され、今は息子が大統領となってチェチェンを統治する。
 現政権は、反対派や批判的なジャーナリストを殺害し、女性にスカーフを強要するなど、厳格なイスラム法を徹底している。市民の反発は強い。
 首都には真新しい高層ビルが建つが、失業率は36%に達する。予算の90%はロシアによる援助が占める。

 (3)チェチェンで抑え込まれた独立派の武装勢力は、ロシアにおけるテロに走った。2002年のモスクワの劇場選挙事件(41人が死亡)を手始めに、コンサート会場の爆破、地下鉄の爆破、ハイジャック、学校占拠などが相次いだ。
 テロは、国境を超えて欧州に波及した。
 2010年、デンマークのホテルで爆破事件が起きた。犯人はチェチェン難民で、爆弾は釘を仕掛けた手製のそれだった。ボクシング経験者の彼の親はチェチェンで医師をしていたが、北欧では医師資格を認められず、下働きを強いられた。ために、彼は社会への不満を募らせた。
 今回、海を越えた米国で、デンマークのホテル爆破事件とまったく同じことが発生したのだ。兄(主犯)は、大学のボクシング選手だった。ネットを見て圧力釜の中に釘を入れた爆弾を作った。父親は弁護士だったが、米国では資格を認められず、自動車整備で生活した。兄弟は、米国に対する不満を募らせ、テロという形で爆発した。

 (4)米国は震駭した。
 これまでは国境でテロリストの侵入を防げばよかった。これからは、国内でテロリストが自然発生的に生まれる時代になったのだ。移民国家の米国は、移民を止めるわけにはいかない。
 帝政ロシアのチェチェン侵攻に従軍したトルストイは書き残している。
 <自己防衛の口実の下に(中略)、あるいは野蛮な民族は文明化するという口実の下に(中略)、巨大軍事力の国家の召使いどもは、弱い民族に対してありとあらゆる悪事をおかす>

□伊藤千尋(「朝日新聞」記者)「ボストン・マラソン爆破事件の背景にロシアのチェチェン人抑圧と米国移民の不満」(「週刊金曜日」2013年5月10日号)

 【参考】
【社会】チェチェン人兄弟はなぜアメリカでテロを起こしたのか ~民族問題~
【読書余滴】佐藤優&鈴木琢磨の、朝鮮人やイスラム教徒の時間軸と日本人の時間軸との違い
【読書余滴】佐藤優&宮崎正弘の、言語・民族・国家 ~グルジアと中国~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(3) ~トルキスタン~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(2) ~ソ連解体の始まり、ナゴルノ・カラバフ紛争~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(1) ~アゼルバイジャン~」     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】福島原発告訴団の第2回総会/ふくしま集団疎開裁判の二審判決

2013年05月14日 | 震災・原発事故
 (1)原発事故から2年が過ぎ、被災地・福島に対する世間の関心がいかに風化しようとも、放射能はやすやすと風化しない。郡山市の労働福祉会館周辺では、4月27日、0.8μSv/時を記録した。国が定める「放射線管理区域」の基準値(0.6μSv/時)を上回る値である。

 (2)同日、同会館大ホールで、「福島原発告訴団」【注】の第2回総会が開催され、福島県内をはじめ全国の告訴人201人が参加した。
「なぜ検察はいつまで経っても強制捜査をしないのか」
「事務局の対応は生ぬるいのではないか」
「証拠をもっと積極的に検察に提供していくべきではないか」
 など、告訴団事務局を叱咤激励する意見が続出。予定の終了時刻を1時間も超えた。原発事故で放射能汚染を引き起こした責任者の刑事責任がいまだに問われていない現実に、告訴人の憤りは増すばかりの様子で、会場は汗ばむほどの熱気に包まれた。

 (3)昨年3月の告訴団結成から1年が過ぎ、告訴人の総数は14,716人に達した。検察当局に対して「厳正な捜査と起訴を求める」緊急署名は全国から108,000筆以上を集めている。

 (4)今後、告訴団は、5月31日13時半から、東京・日比谷野外音楽堂で、「福島原発事故の厳正な捜査と起訴を求める大集会」を開催する。
 同日16時から東京地検前で「検事激励」行動、同日17時半から東電前での講義行動も計画している。

 【注】
【原発】福島原発告訴団、地検に東電本店の強制捜査を申し入れ
【原発】福島原発事故に係る集団訴訟の現在 ~2013年2月~
【原発】集団告訴団14,586人の「次の標的」 ~NHK、東大の学者~
【原発】集団告訴第二陣、ただ今7,600人 ~受付締切は10月末~
【原発】福島県民、東京電力を集団告訴 ~勝俣東電会長の逃げ切りを阻止~
【原発】福島県民はなぜ刑事告訴告発をしたか ~告訴団長は語る~
【原発】検察、告発20件を棚ざらし ~誰も責任をとらない原発事故~
【原発】地検、福島事故に係る刑事告発・告訴を受理

□明石昇二郎(ルポライター)「福島原発告訴団が総会 「検察は厳正な捜査と起訴を」」(「週刊金曜日」2013年5月10日号)

   *

 (1)ふくしま集団疎開裁判【注】で、仙台高裁は、4月26日、申立を却下した。
 が、判決文は、子どもたちが「低線量被ばくにより生命・健康に由々しい事態の進行が懸念される」など原告側主張に沿った画期的な事実認定をしている。国や市の児童・生徒の保護に対する姿勢を厳しく問う内容となった。

 (2)一昨年12月の一審判決では、児童・生徒の健康に関する現状は「危険ではない」と判断した。
 しかし、二審判決では、(a)市内の小・中学校にある152の計測地点中、文部科学省が「安全」とした空間線量0.23μSv/時という基準を下回ったのは9ヵ所だけ、(b)除染も「1回では不十分」なのに、「作業が進まない」・・・・と指摘。
 これを受け、児童・生徒が「低線量の放射線に間断なく晒されているものと認められるから、そうした低線量の放射線に長期間にわたり継続的に晒されるところであり、チェルノブイリ原発事故後に児童に発祥されたとされる被害状況に鑑みれば(中略)がん・白血病の発症で生命・身体・健康を損なわれる具体的危険性があり」と述べている。
 さらに、原告側が求めている集団疎開についても、「国・地方公共団体がその費用により集団疎開措置を施さない限り(中略)【健康被害の】事態を打開できず、ほかに実効的手段はない」と断定している。

 (3)ところが、後半では一転し、「生命・身体・健康に対しては(中略)現在直ちに不可避的な悪影響を及ぼすおそれがあるとまでは証拠上認め難い」という理由で、集団疎開による他地域での教育実施の必要性を否定。
 原告の主張をほぼ全面的に認めながら、申立は却下した。

 (4)判決文を読み、キツネに包まれたような気持ちだ。子どもたちが被曝し、危険な状態にあるという原告側の主張を99%認め、それを回避するために初めて集団疎開を「一つの選択肢」と評価しながら、放射能被害は後になって発生するのに「直ちに影響はない」いう理由で避難させなくともいいと結論づけているのは、支離滅裂だ。【柳原敏夫・弁護士、判決直後に国会内で開かれた弁護団記者会見】

 【注】
【原発】ホットスポットが残る郡山市の学校 ~除染の限界~
【原発】金曜デモの変化・主張の多様化 ~ふくしま集団疎開裁判~
【原発】ふくしま集団疎開裁判 ~ネットの「世界市民法廷」~
【原発】なし崩しの原発再稼働に抗えないメディア ~監視するアーカイブ~
【震災】原発>メディアで異変、脱原発世界会議、ふくしま集団疎開裁判

□成澤宗男(編集部)「ふくしま集団疎開裁判で原告の申立を却下も 高裁は被曝の危険性を指摘」(「週刊金曜日」2013年5月10日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】『海賊と呼ばれた男』の著者、百田尚樹の実像 ~本屋大賞~

2013年05月13日 | 小説・戯曲
    

 (1)本屋大賞は、書店員が売りたい本を選ぶ。
 今年の本屋大賞は、百田尚樹『海賊と呼ばれた男』(講談社)が選出された。
 
 (3)『海賊と呼ばれた男』は、出光興産の創業者、出光佐三がモデル、とされる。
 出光は、1953年、国際的に孤立していたイランにタンカーを送り込み、石油メジャーに対抗して日本に石油を輸入した。いわゆる「日章丸事件」で、これを知った百田は、どうしても描かなければならないという使命感を抱いたらしい。
 だが、出光は手放しで褒めてよい会社ではない。

 (4)出光興産の創業者、出光佐三は、1販売店から従業員1万人、年間売上高1兆5千億円まで大きくした社主だ。その人間尊重の大家族主義によって労働組合はタブーだった。
 定年制がなく、首切りがない温情主義は、他方で、自分の意見や生き方に異議を申し立てる役員や社員は容赦なく切り捨てた。

 (5)百田は、(4)のようなマイナス面を描かない。
 そんな百田は、「Will」2012年10月号で安倍晋三と対談し、最大限に安部を持ち上げた。そこで百田は、「戦後レジームからの脱却」ではなく「自虐史観からの脱却」と主張することを提案した。「橋下徹・大阪市長については大変、期待しています」
 書店員たちは、こんな百田の実像を知った上で選んだのか?

□佐高信「本屋大賞の男」(「週刊金曜日」2013年5月10日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【中国】改善されない環境問題 ~大気汚染・水質汚染・食品汚染~

2013年05月12日 | 社会
 「文藝春秋」今月号は、6つの観点から中国に切り込む。江上剛がそれぞれの分野の専門家にインタビューする。括弧内はインタビュイーだ。
 ここでは、【Ⅵ】環境汚染「日本の技術でも解決しない」(井村秀文・横浜市立大学特任教授)をとりあげる。

 (1)中国の環境問題が依然として解決しない原因は、
  (a)大規模な国土と、特殊な地理状況がある。<例>水・・・・長江や黄河などの大規模河川が国土を横断しているんどえ、上流域で汚染されると、下流域が広く被害を受けてしまう。上流で水を取ると、下流には水が来なくなる。大きな流域全体でコントロールしなければならない。
  (b)酸性雨などの大気汚染も同様。日本列島は平野部が少なく、大都市の面積も限られているので地域単位で解決することが可能だ。しかし、中国では広大な平原に、人口が密集する大都市が多数存在している。発生源も被害を受ける地域も広範囲に及ぶ。
  (c)政府のみならず一般国民に衛生意識が低い。後述。

 (2)(1)-(b)の要因に、中国経済の構造的要因がある。
 現在の急速な経済成長を引っ張っているのは製造業だ。それは大量のエネルギーを消費するが、中国ではいまだに石炭燃料がエネルギー全体の7割以上を占める。石炭の年間消費量は40億トンに近い。
 脱硫装置の付いてない発電所で石炭を燃やすと、硫黄酸化物など大気汚染の原因物質が大量に撒き散らされる。二酸化炭素排出量では、すでに米国を追い抜き、世界全体の4分の1を占めている。
 何を措いても成長を優先させる方針を続けるかぎり、中国は膨大な資源を喰らい、汚染を撒き散らす厄介な存在であり続ける。
 中国政府や党中央の環境対策は、2011年に国務院が発表した第12次5カ年計画でも、「環境保護の取り組み強化」「生態系の保護・修復の促進」などがシルされている。国の環境政策を扱う環境部は、日本の省レベルの組織となり、300人ほどの職員が在籍している。しかし、現状では上からは掛け声だけ。地域の現場まで浸透していない。

 (3)中国では党や政府の指示が絶対・・・・であるかのように見えるが、環境問題に関してはそうではない。
 行政システムに不備があるからだ。中国の環境政策は他分野同様、トップダウンだから、国から地方の省政府や市政府に指示が出る。
 北京五輪(2008年)を前に、トップダウンによって北京の大気汚染はかなり改善されたように見えた。が、北京市長は市内にあった鉄鋼工場を天津近くに移転させただけだ(根本的解決ではない)。
 中国の環境対策は、突然、企業に「閉鎖」や「移転」を命じるような強行手段で、一時的に効果をあげる。が、法律の運用は役人の裁量で行われがちだ(「法治より人治」)。企業と地方政府のコネが幅をきかせがちだ。住民からの訴があっても、地方政府はしっかり対応しないことが多い。工場の監視モニタリングなど科学的に問題を調査して対策を取ろう、とする意識も能力も低い。
 <例>最近、上海で環境規制が強化されると、企業はこぞって隣の蘇州市や無錫市へ移転した。現在、これらの市で取り締まりが厳しくなてきたので、今度はさらに西の安徴省へ移り始めている。・・・・広大な国土で、モグラ叩き状態。

 (4)政府は汚染に係る性格な情報やデータを開示しない。当然、企業に対する適切な指導もできない。
 PM2.5が大きく報じられた発端は、米国大使館が独自の測定結果を発表したことによる。それがインターネットで広まって大騒動になった。仕方なく北京もデータを公表したが、大きな食い違いがあった。
 中国企業の多くは、まだ環境意識が低く、当局がうるさいから最低限の対処をする、といった程度の危機感しか持ち合わせていない。グローバルに展開する大企業も、多くは政府の管理下にある国営企業なので、環境対策をして社会的貢献を果たすというモチベーションが働かない。市場による淘汰も起きにくい。根柢には、自分が儲かれば周りの迷惑など気にしない、という考え方がある。
 日本の公害問題では、地元住民の運動が解決に不可欠だった。<例>水俣病、四日市喘息・・・・地元大学の医師が住民の症状から、「これはおかしい」と調査に乗り出し、深刻な実態を行政に突きつけて政府を動かした。
 中国では、地元の病院yは医師が調査に取り組むことは、まず考えられない。仮に医師が地元政府に訴えても口封じされる。SARSや鳥インフルが全国各地に飛び火した背景だ。
 中国の心あるマスコミや専門家が調査しようとしても、真相究明は難しい。外国人ジャーナリストが現地を訪れると、公安警察が妨害する。
 工場排水による水質汚染の結果、癌患者が大量に発生する「癌症村」、水俣病暮らすの公害問題は、間違いなく起きている。経済発展の恩恵にあずかることができず、汚染問題に苦しむ地方の農民の不満が、暴動を生んでいる。開発のための土地収用をめぐる農民と地方当局/警官隊との衝突は、年に10万件以上起きている(推定)。その多くに環境問題がからんでいる。

 (5)政府のみならず一般国民に衛生意識が低いことも、環境問題が解決しない原因だ。
 日本では、昭和初期から各地に保健所が作られ、予防注射や伝染病の予防システムを作り上げてきた。公害対策も公衆衛生が出発点だった。しかし、中国では公衆衛生がなかなか浸透しない。中国のトイレが汚いことは日本でも有名だ。
 こうした衛生観念、そして公共心の欠如が環境問題の根柢にある。

 (7)1990年代には、天安門事件(1989年)で欧米諸国から激しい非難を受けた直後だったので、日本の提言に耳を傾ける姿勢が今よりあった。竹下登・首相の時、日本が100億円以上の資金を投じて、北京の日中友好環境保全センターを創設するなど、環境対策で日本が援助したことがあった。今では、その経緯を知っている市民は僅かだろうが、北京市最大の下水処理場や、西安の水道の一部も日本の援助で作られた。
 しかし、中国のために貢献したい、という日本側の気持ちがどこまで通じたか、疑問だ。

 (8)中国は、地球環境問題について、「先進国のこれまでの活動が原因だ。途上国である我々には発展の権利がある」と言い続けている。GDP世界第2位となった大国の自覚はない。
 環境問題の改善に立ちはだかっているのは、中国の政治体制だ。言論の自由や人権の尊重などが遵守される民主主義が実現されないかぎり、真の環境対策が実施される日は来ない。

□江上剛ほか「中国 知られざる異形の帝国」(「文藝春秋」2013年6月号)

 【参考】
【中国】恐るべき階級社会 ~農村戸籍と都市戸籍~
【中国】5大リスク ~不衛生・格差・バブル崩壊・少子高齢化・軍の暴走~
【食】中国産鶏肉の危険(2) ~有機塩素・残留ホルモン~
【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~
【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【中国】恐るべき階級社会 ~農村戸籍と都市戸籍~

2013年05月11日 | 社会
 「文藝春秋」今月号は、6つの観点から中国に切り込む。江上剛がそれぞれの分野の専門家にインタビューする。括弧内はインタビュイーだ。

 【Ⅰ】階級社会「社会保障も進学も「戸籍」が決める」(阿古智子・東京大学准教授)
 【Ⅱ】外交「ポスト共産党政権に“保険”をかけろ」(川島真・東京大学准教授)
 【Ⅲ】経済「政経一体システムへの懸念」(柴田聡・財務省調査室長)
 【Ⅳ】軍事「人民解放軍が叛乱を起こす日」(杉浦康之・防衛省防衛研究所教官)
 【Ⅴ】サイバーテロ「狙われる潜水艦、原発プラント」(土屋大洋・慶應義塾大学教授)
 【Ⅵ】環境汚染「日本の技術でも解決しない」(井村秀文・横浜市立大学特任教授)

 ここでは、【Ⅰ】をとりあげる。

 (1)農村戸籍保持者は、中国国民全体の6割以上だ(推計)。人数は今は公表されていない。戸籍制度に対する批判があるせいだ。
 農村戸籍の親の子どもは、どこで生まれようが、農村戸籍だ。
 国家指導者は、みな都市戸籍だ。

 (2)都会の大学に入るには、都市戸籍保持者のほうが圧倒的に有利だ。北京や上海の都市戸籍の高校生は学力が低くても 地元の大学に優先的に入学できる。
 出稼ぎ労働の農民工の子どもは、小学校から北京の学校に通っている子どももいる。が、大学受験の際には戸籍のある田舎に帰らなくてはならない。そして、農村戸籍の子どもも北京の大学を受験できることはできるが、合格ラインが高く、受かりにくい。
 中国の大学は、地域別に合格者の枠を割り振る。昨年、北京大学が北京市籍保持者に提示した数は約600人だった。他方、農村戸籍の多い河南省、山東省は、それぞれ100人、70人だった。河南省の大学受験者数は北京市の約12倍、山東省は8倍近く。北京市籍の学生が、いかに優遇されているかが分かる。

 (3)格差助長の教育制度はほかにもある。「択校」もそうだ。
 義務教育の学校では、択校費を払えば学区外の希望の学校に入学できる。高校入試で点数が少し低くても、点数あたりいくらという択校費を払えば入学できる。
 かつて中国の公立学校には、都市重点校、都市普通校、農村重点校、農村普通校という違いがあった。重点校には、予算と優秀な教師が投入された。2000年代初めに廃止されたが、学校のランキングは依然として残っている。裕福な親は、択校費を払って、我が子をいい学校に入れようとする。
 ここ5年ぐらいで、就職の差別もすごく深刻になってきた。ただでさえ就職難で、毎年150万人ぐらいの大学卒業生が就職できない。農村戸籍の学生は、なおさら就職できない。

 (4)1957年に戸籍制度ができた。当時は毛沢東の時代で、工業化を急いでいた。都市部の工場労働者に食糧を安定供給する必要があった。食糧生産を担う農民を確保するため、戸籍制度が作られた。農民は移動を制限されたが、農村には人民公社が組織され、十分食べていけたので大きな不満は起こらなかった。
 改革開放の時代になると、都市部にもっと労働力が必要になったので、移動を自由化した。ただし、市民権を与えなかった。そこから格差が生まれた。
 一時期、「青色戸籍」があった。不動産を買えば漏れなく付いてくる。しかし今は、都市戸籍の需要が多くなりすぎて、続けられなくなった。
 以前は、農村戸籍でもいい大学に受かっていい企業に入れば、都市戸籍を取ることができた。しかし、この5年ぐらいで、大卒エリートでも都市戸籍
が取れない人が増えた。
 もう都市が飽和状態なのだ。加えて、都市部住民は自分たちの既得権益を守りたいから、新たに都市戸籍を発行したくない。
 都市戸籍の人と農村戸籍の人との結婚は、まず、無い。

 (5)農民は、戸籍制度を無くしてほしいが、都市の既得権益層、特権階級が廃止を認めない。
  国務院は地方政府に、昨年末までに、外地戸籍の子どもたちでも移住先の都市で受験できるような改革案を提出せよ、と指示した。しかし、大都市は軒並みに基準緩和を拒否した。外地戸籍の学生に入試の門戸を開くと、今まで受かっていた都市戸籍の受験生が不合格になる可能性が高くなる。そうした事態に対する親の反発を懸念したらしい。

 (6)戸籍その他、社会の仕組みが格差をどんどん増幅させている。既得権益層はどんどん太り、貧困層はどんどん貧しくなる。いまの格差は、縮まりようがない。
 社会保障も統一されていない。
 <例1>生活保護費(金額は2112年)
  ・上海市・・・・月収1,450元(18,000円)以下世帯 ← 月額570元(7,000円)
  ・湖北省沙洋県の農村・・・・年収1,500元(19,000円)以下世帯 ← 月額300元(3,800円)
 沙洋県の農民が上海に移住すれば、多くが生活保護の対象になる。これほどの経済格差が現実にある。これを全国統一した社会保障を作るとなったら、上海や北京の人は絶対に認めない。
  <例2>年金保険・・・・日本的国民年金はない。役所や大企業には年金制度が整っていて、きちんと老後生活ができるだけの支給はあるようだ。ただ、都市の人でも年金がない企業に勤めている人は多い。日本以上に少子高齢化が進んでいるから、年金基金自体が安定していない。農民にも養老年金があるが、まだ制度を作り始めたところで、基本的に老後生活は年金に頼れない。
  <例3>医療保険・・・・農村合作医療保険があるが、給付水準がごく低い。癌のような大手術をすると、1割出るか、どうか。

 (7)農村戸籍の人、低所得の人には、当然フラストレーションが溜まっている。
 組織活動の萌芽がみえたら、中国政府はすぐさま潰しにかかる。
 どんな国でも、国の誤りを追及する運動があって初めて国が良くなるのだが、中国ではそういう動きを抑え込む機能を高めていて、人材や予算を注ぎ込んでいる。軍事費より治安維持管理費のほうが上回っている、という話もある。
 対外的に強面を見せる中国政府は、国内の不満に怯えている。体制に近い人のみが既得権益者となり、一般国民の気持ちが離れて行っているので、政権基盤が脆い。
 政府が国民を信頼せず、国民同士の信頼もなくなって、社会の荒廃が進んでいる。一昨年、広東省で2歳の女の子が何回も車に轢かれて瀬死状態になっていたのに、誰も助けずに見ていた。みな厄介なことには関わりたくない。自分の利益にはならないことには手を出さない社会になった。
 いまの中国は不平等な競争社会で、社会的な階層が固定化されつつある。腐敗をチェックする仕組みがないので、政治システムが変わらないと悪循環は変わらない。

□江上剛ほか「中国 知られざる異形の帝国」(「文藝春秋」2013年6月号)

 【参考】
【中国】5大リスク ~不衛生・格差・バブル崩壊・少子高齢化・軍の暴走~
【食】中国産鶏肉の危険(2) ~有機塩素・残留ホルモン~
【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~
【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【官僚】マイナンバーで焼け太る官僚とITゼネコン

2013年05月10日 | 社会
 (1)マイナンバー法案が今国会で成立しそうだ。
  (批判1)国家による個人情報独占管理
  (批判2)情報漏洩でプライバシーが丸裸
 実は、この法案には(1)の批判とは次元の異なる深刻な問題がある。

 (2)問題1・・・・この法律ができても、国民が期待したことは実現しない。
 <例1>マイナンバーができても、事業経営者、農家、政治家などの脱税を取り締まることはできない。銀行口座の名寄せもしないし、口座とマイナンバーのリンクもしない(個人情報保護のため民間には使わせない、と既得権益層を守るために言っている)。サラリーマンだけに厳しい不公平な税金徴収構造はそのまま温存される。むろん、政治資金の監視にも使えない。
 <例2>医療機関の診療報酬チェックにも使えない。そもそもレセプトの電子化の義務化さえ、医師会の反対でできていない。電子カルテを患者がどこでも自由に持ち歩く・・・・などということもできない。
 <例3>生活保護不正受給防止のための所得把握にも使えない。

 (3)では、メリットはあるのか?
 引っ越しの際に市役所に提出する書類が1枚で済む。・・・・その程度のメリットしかない。

 (4)住民基本台帳のシステム構築に400億円近く、維持運用経費を毎年150億円程度かけてきたが、住基カードの普及はわずか5%。誰も知らないから身分証明にも使えなかった。カードはそのままお蔵入り、壮大な無駄遣いに終わった。
 今回も同じ轍を踏むのではないか。

 (5)官僚は、検討の段階で2つのワーキンググループだけを作った。すなわち、(a)個人情報保護と(b)情報連携基盤技術のGWだ。そこには、官僚とお抱えの「ITゼネコン」なるITベンダーたちの思惑があった。
 (a)のWGで「個人情報保護を徹底すべき」と綺麗ごとを並べ、(b)のWGで「そのためには住基ネットとは別に巨大なシステムが必要」という結論を導いた。さらに、新たな連携システム構築に3,000億円、その他諸費用込みで5,000億円が必要、などと算盤をはじいた。
 連携システムはせいぜい100~200億円だ、と新進IT企業から指摘され、政府は今、300億円でできる、と言い始めた。10倍以上サバを読んでいたわけだ。が、彼らはまだ諦めていない。新たな機構のシステムに数千億かかる、などと言い出している。

 (6)問題2・・・・希望者向けだった住基カードと異なり、今回は全員にカードを配る。
 カードの代わりに携帯やスマホなども使ったほうが便利だが、それではICカード関連企業が儲からない。だから強制発行とした。
 官僚向けのオマケもある。事業仕分けで10人もの天下りを受け入れている、と問題になっていた総務省の団体を衣替えし、より強固な天下り機関として延命させる計画だ。

 (7)なぜこんなことになるのか。
 「個人情報保護」という錦の御旗を使って医師会などの反対を後押しし、(5)で述べた新たな機構の巨大システムを利権に仕立てていく。
 その過程で、官僚お得意の霞ヶ関文学を駆使して、あたかも最高裁が「政府による個人データの一元管理は違憲だ」と言ったかのように宣伝している。国民もマスコミも彼らに操られ(そのことに気付かず)、「反対」を叫んできた。
 かくて、「ITゼネコン」と官僚が癒着してできた利権構造がますます肥え太る。

□古賀茂明「焼け太る官僚とITゼネコン ~官々愕々第62回~」(「週刊現代」2013年5月11・18日号)

 【参考】
【消費税】その欠陥構造 ~政府案では所得分配の公平性を保てない~
【消費税】増税に係る民主党案と自民党案との異同 ~財務族~
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【中国】5大リスク ~不衛生・格差・バブル崩壊・少子高齢化・軍の暴走~

2013年05月09日 | 社会
(1)貧困と衛生状態の悪さ
 鳥インフル発生、感染拡大はいまの中国を象徴している。生きている鳥を売買する後進性と不衛生。販売されていた鳥からウィルスが発見されても市場を閉鎖せず、一部しか消毒しないいい加減さ。
 日本的健康保険制度が整備されていないから、庶民は医療費を払えない。重症になるまで医療機関に行けず、治療が手遅れになる。重症で入院した患者は、高額の医療費に頭を抱える。新規患者を早期発見できない。多数の潜在患者が疑われる。所得格差拡大が、新型感染症の拡大を招く。
 感染を地元の新聞が報道するようになると、報道管制が行われる。政府のコントロールが効く通信社、新華社の記事だけを掲載するよう、中国共産党が指示する。
 2003年、中国で大流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染拡大を政府が隠蔽したため被害が拡大し、300人以上が死亡した。江沢民から胡錦濤に交代した直後のことで、新体制が大きく揺さぶられた。
 今回、3月の全国人民代表者大会で国家主席が胡錦濤から習近平に替わった。体制が替わると大きな試練が立ちはだかる。待ったなしの課題が山積みしているのだ。
 課題の第一は、公害と食の安全性だ。
 今年3月、新型鳥インフルが感染拡大する上海を流れる黄浦江の上流で、1万頭の豚の死骸が見つかった。浙江省の養豚業者が不法投棄した。当局は、「水質に影響はない」」とさっさと安全宣言した。
 3月下旬、四川省の川で1、000羽のアヒルの死骸が発見された。当局はこれも、「水質に影響はない」で済ませた。
 この冬、PM2.5が問題になった。直径2μm以下の粒子状物質の総称だが、呼吸器系疾患や肺癌の危険性が高まるので問題になった。
 2010年に中国国内で大気汚染で健康を損なって死亡した人は、1,234,000人に及び、中国における死者の15%を占める。
 経済成長を優先したため、健康被害が広がっている。公害反対運動は弾圧されるから、対策は進まない。

(2)格差拡大が社会不安を助長
 格差は縮まるどころか広がるばかりだ。(a)「都市と農村」、(b)「東部と西部」、(c)「富裕層と貧困」(もっとも深刻な格差)が3大格差だ。
 (a)中国の経済発展は1972年に小平が打ち出した「先富論」に端を発するが、上海などの沿岸部がまず発展して豊かになったものの、農村部は発展から取り残された。
 中国建国当初に毛沢東が定めた制度では、都市と農村では戸籍が異なり、後者から前者に移動できない。都市に出稼ぎに行っても定住できず、都市で子どもが生まれても都市戸籍は与えられない。子どもの教育は戸籍のある農村で受けさせるしかない。これは重大な差別で、住民の不満が高まっている。
 (b)東部・沿岸部(上海など)が発展する一方、西部・内陸部(チベット自治区・新疆ウィグル自治区など)の発展が立ち後れている。他方、四川省などでは遅ればせながら発展し始めている。東部・沿岸部の発展により地価・労賃が高くなったため内陸部へ工場を移転させる企業が増え、働き場所が増えてきたからだ。
 (c)中国には、手のつけようのない腐敗・汚職が蔓延し、これが極端な富裕層を生んでいる。学校教師に対する付け届けから、公有地使用権を販売する段階での賄賂まで、公務員の権力濫用、私腹肥やしが後を絶たない。昨年までの5年間における公務員汚職の立件は218,639人。その前の5年間から4%増えている。摘発されない汚職はもっと大量にある。汚職できる権限をもつ幹部公務員の多くは共産党員で、共産党員を警察や検察は摘発できない。警察や検察のトップにある共産党員は、自分たちに不利になる捜査はしたがらない。
 共産党中央規律検査委員会が「除名」して、はじめて警察も検察も捜査できるようになる。
 共産党員など権力者ばかりが特権を享受し、所得格差は広がるばかり。メディアは、共産党に都合の悪いことは報道せず、チェック機能がない。
 中国のネット人口は5億人を超える。中国版ツイッター「徴博」(ウェイボー)ユーザーが急増している。権力者の不正などの情報はネットを通じてあっという間に拡散し、デモや抗議集会の呼びかけに大勢が集まるようになった。当局はサイバーポリスを動員して当局に不都合な書き込みを削除しているが、追いつかない。
 社会の風通しが悪いと、ガスが充満し、小さな火花で大爆発を起こす。

(3)バブル崩壊で成長に翳り
 3月、全国人民代表大会で、習近平・新指導部は2013年の経済成長目標を実質7.5%に設定した。中国としては低い数値だ。
 従来、最低8%の経済成長を維持する政策(「保八」)をとっていた。「保八」でないと、学校を新規に卒業して就職しようとする若者の雇用を確保できなかった。その目標を掲げられなくなったのは、中国経済がバブル崩壊過程に入ったことを意味する。中国経済は不動産取引による土地バブルが高度成長を支えてきた。それが限界に達したのだ。
 中国経済のバブル化は、リーマン・ショックがきっかけだ。米国発の不況に対処するため、4兆元(≒57兆円)の内需拡大策を打ち出し、景気対策を進めた。世界経済の落ち込みを下支えする効果があったが、中国国内ではバブルを惹起した。殊に上海、北京、重慶などの大都市で不動産価格が暴騰。庶民さえ住宅ローンを借りられれば、分譲マンションを購入し、価格が上がったところで転売。あるいは、高騰した土地を新たな担保にして新規融資を受け、不動産投資を続けることで、地価がさらに上昇した。
 中国国内の金融機関による新規融資額は9兆5,900億元(2009年)。当時のGDPの4分の1にも達した。無茶な融資がバブルを惹起したのだ。
 地価の上昇は地上げをもたらした。各地で無理な土地開発が進み、土地を追い出される人たちが相次いだ。
 中国では土地は「人民のもの」=国のもの。どう使うかは「人民の代表」が決める。つまり、地方政府の役人が勝手に使用権を売って利益を上げた。地方政府は、民衆から土地の使用権を安く買い上げ、企業に高値で販売する。差額が地方政府に入る。地方政府自ら「土地ころがし」をした。この金額は中国のGDPに参入される。中国のGDP増大には、こうしたカラクリもあった。
 当然、住民は反対し、争議が絶えなかったが、大部分は泣き寝入りした。
 バブルの背景には、中国の外国為替管理の問題も潜む。人民元を意図的に安く据え置いているのだ。中国人民銀行が慎重に管理し、人民元高にならないようにしている。ドルを人民元に交換しようとする需要を抑制するには、供給を増やせばよい。人民元の札をどんどん刷ってドルと交換すればよい。中国は、このようにして人民元を低くして輸出攻勢をかけてきた。
 しかし、この方法は大きな副作用を伴う。商品の供給量が同じで、カネだけ増えたらインフレになる。溢れたカネは有利な投資先を探す。中国の場合は不動産だった。かくて、不動産バブルが起きた。
 バブル防止のためには人民元が高くなるのを容認すればよいのだが、輸出への悪影響を恐れて踏み切れなかった。人民元をコントロールしようとしている限り、今後も中国はバブルやインフレに悩まされる。バブルは何時かははじける。

(4)労働者の減少
 中国沿岸部の外資系工場では、労働者のストライキが頻発している。賃金引き上げ、労働条件改善を求めているのだ。
 労働力不足になってくると、経営者は強気に出られない。労働者のほうが強気に出る。いまや、こういう状況なのだ。
 中国は、急激な少子高齢化が進み、15~59歳の生産年齢人口は、遂に去年から減少に転じた。中国の前途は明るくない。
 発展途上国が急激に工業化を進めると、膨大な労働人口が農村から都会へ入ってくる。農村の人口が減って、都会を中心に工業部門の人口が増えていく。これ以上の労働力の移転が無理となれば、人手不足が起き、労働力確保のため人件費が上がり始める。労働力が確保できず、人件費が上がり始めた段階で、その国は高度成長が続けられず、転換期を迎える。そのターニングポイントが「ルイスの転換点」だ。いま中国は「ルイスの転換点」に達した、と目される。
 この原因は、「一人っ子政策」のツケだ。
 生産性が低く、食糧不足に悩まされた1970年代、「一人っ子政策」が実施された。これは今も続き、出生率が低下して少子化となり、社会全体の高齢者の割合が高まる高齢化社会となった。
 人権無視の政策によって、中国の経済成長は今後急ブレーキがかかる。

(5)軍の暴走
 1月30日、東シナ海で、中国海軍のフリゲート艦が、海上自衛隊の護衛艦「ゆうだち」に対して、火器管制用レーダーを照射した。火器管制用レーダーは、攻撃目標に狙いを定めるための装置で、レーダーを照射された段階で自衛のための攻撃が国際法上認められている。ことほど左様に危険な行為を中国軍は仕出かした。
 中国人民解放軍の暴走であった。
 中国人民解放軍は、国家ではなく党に帰属する。かつて小平は元軍人として軍ににらみをきかせたが、いまの共産党幹部は文民で、軍の制服組をコントロールできていない。
 危険なことだ。軍にしてみれば、尖閣諸島問題など、周辺諸国との緊張関係を創り出せば軍事予算を増やすことができる。軍は、緊張を作り出すことが、自分たちの利益になる集団だ。その軍の増長を抑制できるか。

(6)チャイナリスクへの対応策
 (a)公害対策には、日本の経験と技術が役立つ。
 (b)バブル崩壊と労働力不足には、中国以外の地域への工場進出、市場開拓を進める。
 (c)軍の暴走を抑制するには、日本が確認した中国軍の暴走・独走を公表し、中国政府にコントロールさせるよう仕向ける。

□池上彰「日中大激突! 今知るべき5つのチャイナリスク」(「週刊文春」2013年5月2・9日ゴールディンウィーク特集号)

 【参考】
【食】中国産鶏肉の危険(2) ~有機塩素・残留ホルモン~
【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~
【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【食】中国産鶏肉の危険(2) ~有機塩素・残留ホルモン~

2013年05月08日 | 社会
 (1)中国産鶏肉で問題なのは、抗生物質だけではない。それ以上に怖いのは、有機塩素だ。
 DDTやBHCなどの有機塩素系農薬や殺虫剤は毒性が問題となって1970年代に世界中で禁止された。日本ではほとんど検出されなくなった。しかし、中国の土壌ではいまだに有機塩素が高レベルで残留している。
 有機塩素は神経を侵し、発癌作用がある。脂肪に蓄積しやすく、肝臓などに脂肪組織のあるところに集まる。肝臓で濃縮されたら、肝機能障害を発症する。【鑑森定信・元富山大学副学長】
 有機溶剤も有機塩素化合物で、昨年、印刷会社の元従業員が胆管癌を発症し、少なくとも8人が死亡して社会問題になった。
 中国では、日本の土壌汚染対策基本法に基づくBHC残留基準値0.0025mg/Lの59倍、0.1473mg/Lも検出されるのだ。1997年の152倍0.38mg/Lよりずいぶん下がったが、日本の残留基準値以下になるのは50年先と言われている。
 中国で残留値が高いのは、いまだに使われているからだ。中国でも1983年に禁止されたが、今でもネット販売で入手できる。農薬として効くから、全国で出回っている。【高橋五郎・愛知大学教授】
 7種類あるBHCのうち最も毒性の強いγもネット販売されている。「鶏の成長ホルモン」剤まで堂々とネットで販売されている。

 (2)有機塩素による汚染の影響が深刻なのは、コメよりも鶏肉のほうだ。
 有機塩素に汚染された土壌に植えた穀物からは、必ず有機塩素が検出される。残留BHCが0.14mg/Lの土壌にトウモロコシを植えると、ほぼこの数値がトウモロコシから検出される。これを鶏に食わせると、約10倍に濃縮される。
 さらに、採卵鶏は2年近く飼育するから、有機塩素で汚染されたトウモロコシを食べさせると、かなり蓄積する。その後廃鶏は食用として販売し、その残滓を肉骨粉にしてブロイラーや採卵鶏に食べさせるから、さらに生体濃縮される。【高橋教授】
 こうした危険な中国産鶏肉は日本の検疫でチェックされない。通常、重金属や有機塩素は検査しないのだ。

 (3)さらなるリスクとして、残留ホルモンがある。
 エストロゲンE1は通常は牛肉から、エストロゲンE2は通常は鶏肉から検出される。マクドナルド、ロッテリア、モスバーガーのハンバーガー中のエストロゲン(女性ホルモン)を測定した結果からすると、調理の過程で鶏の油脂などが混ぜられている可能性がある。ハンバーガーを好んで食べるのは、ホルモンの影響を受けやすい若い世代だ。子どもたちに与える影響が懸念される。

 (4)BHCのような化学物質に対し最もリスクが懸念されるのは対峙や新生児だ。妊娠中の人が容易に有害物質を多く含んだ食品を摂取すると、その一部は確実に胎児へ移行する。成人に比べ、胎児は有害物質に対して敏感だ。【田辺信介・愛媛大学沿岸環境科学研究センター特別栄誉教授】
 日本にはポジティブリスト制度によって、食品に残留するBHCの濃度が決められている。しかし、業界や政治家の意見を反映した緩い基準で、科学的根拠はない、という専門家もいる。

 (5)日本マクドナルドが調達・使用している原材料は、中国で過熱加工された鶏肉だ(河南大用食品を含む)。その安全性をどうチェックしているか。
 取材申込みに対し、日本マクドナルドは書面でのみ回答する、という。
 中国産鶏肉を原材料とするメニューに関する質問以外は、曖昧な回答ばかりだった。
 そのはぐらかすような回答から浮かび上がったのは、日本マクドナルドは抗生物質を禁じてはいないし、同社の鶏肉にも抗生物質が使用されていることだ。そして、検査は、中国の業者と中国政府に任せっぱなしであることだ。
 また、鶏肉に含まれるDDTやBHCなどの有機塩素系農薬の検査基準についても、検出原価地も検査項目もサンプル数も明らかにしていない。
 むろん、問題は日本マクドナルドだけではない。中国産鶏肉調整品の代表例は、唐揚げ、焼き鳥、チキンナゲット、ミートボール、竜田揚げだ。輸入された22.2万トンのうち、半分は外食産業で消費されている。
 消費者が中国産鶏肉を食べている意識がないのは、外食産業の場合は表示義務がないからであり、味付けしたものや加工食品は表示義務がないからだ。【垣屋達哉・食品表示アドバイザー】
 最大のリスクは、中国に日本人の食と健康を預けてしまっていることだ。安いから中国産を食べるということは、それなりの覚悟を伴うということだ。【あるオーガニック検査員】

□奥野修司+本誌取材班「あなたはそれでもチキンナゲットを食べますか マクドナルドの中国産鶏肉が危ない!」(「週刊文春」2013年5月2・9日ゴールディンウィーク特集号)

 【参考】
【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~
【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~

2013年05月07日 | 社会
 (1)今年1月、中国共産党系機関紙「北京青年報」が載せたニュースは、大中国を震駭させた。「河南大用食品グループ」が、病気で死んだ鶏を長期にわたって加工販売し、中国のマクドナルドとケンタッキー・フライド・チキン(KFC)に販売していたのだ。その数日前、中国KFCが「成長ホルモンと抗生物質を過剰投与していた鶏」を使用していた事実を認め、謝罪したばかりだった。
 火の粉は日本にも及んだ。日本マクドナルドは、鶏肉原料の一部に河南大用食品グループの鶏肉を扱っている、と認めたからだ。

 (2)河南大用食品グループは、年間4億羽を出荷し、世界中に輸出している。同社は、日本や中国のファストフードチェーンの調達基地だ。
 河南大用の加工工場は、北京から南南西に500kmに位置する。毎日10万羽を屠畜する。
 ここから南へ300kmの周口市に、河南大用へ鶏を納入している養鶏場がある。幅20m弱、奥行き100mの建物に窓はなく、倉庫そのもの。この鶏舎が12棟、隣村にも12棟並ぶ。1棟に5万羽を入れるから、この2ヵ所だけで120万羽。かかる養鶏場が河南省にいくつも点在している。
 鶏舎は日本に比べるとかなり劣悪で、1坪当たり90羽近い超過密飼育だ。
 この大用の鶏が、2月に、あちこちで数万羽大量死した。

 (3)問題になっているのは、河南大用だけではない。中国産の鶏肉すべてが問題だ、と言われている。
 河南大用の養鶏場で数万羽が大量死した理由は、上海の獣医によれば、成長ホルモンや抗生物質の過剰投与が問題になって以来、河南大用がこうした薬粒を簡単に使えなくなったためだ。逆にいえば、中国では抗生物質なしでブロイラー産業が成り立たないのだ。
 陽が差さないウィンドレス鶏舎と、1坪当たり(40羽が適正とされるスペースに)100羽近く飼う金儲け一辺倒の養鶏が横行している。
 人間が飲めないような水を飲ませたうえ、満員電車のような中で育てると鶏はすぐ病気になる。【大久保武・茨城大学農学部教授】
 病気の中でも、特に病原性大腸菌症が深刻だ。15年前から世界的に蔓延した。野放図に抗生物質を使ったため、耐性菌が次々に現れ、今は100種類くらいあって、特にO78は強毒性だ。抗生物質がないと、バタバタ死んでしまう。
 抗生物質を使っても、出荷前に休薬期間を設ければ、鶏からほぼ排出される。しかし、中国では出荷直前まで抗生物質を使う。中国でも休薬期間が定められているが、それを守れば半分は死ぬ。抗生物質を使っても、1割超は病死するのだ。死なせないため、出荷直前まで抗生物質漬けにする。

 (4)容易に抗生物質が売買されることこそ問題だ。2011年、中国は、「飼料添加剤管理条例」で、①飼料として与えてよい原料、②飼料に加えてよい添加剤、③飼料に加えてよい薬剤を定めた。しかし、このリストに載っていない薬物を探す方が難しいほど広範囲に認めた。特に鶏は何でも使ってよい。そこに薬剤販売会社、飼料会社、鶏を買う行や、さらにブローカーが介在して農家に薬を売りつける競争をしている。中国の養鶏農家は、どんな薬でも使う。【高橋五郎・愛知大学教授】
 抗生物質に手を出すのは、仲介業者に買い叩かれているせいもある。仲介業者への卸値は500g4.6元くらい。原価が4.4元だから、出荷時に鶏が2.5kgになっても1羽当たりの利益は1元(16円)。卸値は仲介業者が決めるし、飼料もそこから飼うので、手元に残るのはわずかだ。【山東省の養鶏家】
 中国でも危機感を抱いている養鶏家はいるが、大半は無関心だ。自力で日本のレベルに到達するには40年はかかる。現状で中国から鶏肉を輸入するのは非常に危険だ。【ある農業指導員】

□奥野修司+本誌取材班「あなたはそれでもチキンナゲットを食べますか マクドナルドの中国産鶏肉が危ない!」(「週刊文春」2013年5月2・9日ゴールディンウィーク特集号)

 【参考】
【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド

    ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?

2013年05月06日 | 社会
 (1)「週刊文春」が、中国産食材の“安全性”について、すさまじい告発キャンペーンを張っている。キャンペーンは3月28日号に始まり、4月4日号、4月11日号、4月18日号、4月25日号、そして5月2・9日ゴールデンウィーク合併号で第6弾になる。

 (2)中国から輸入される食糧は、年間でおよそ400万トン。
 水産物において、日本は全輸入量の18.2%を中国に頼り、農産物はアメリカに次いで2位。全輸入量の10.5%が中国からだ。もはや中国抜きに日本の食糧事情は語れない。
 それらのことごとくが日本の食品衛生法を犯している・・・・ことが、キャンペーンの骨子。厚生労働省が摘発した中国産食品の最新リストをもとに、編集部が作成した一覧に読者社喫驚するだろう。それらは、こんな感じで記載されている。
  (a)品名・・・・活あさり・冷蔵あさり・殻付きあさり・レトルト殺菌あさり
 (b)検出される毒性物質・・・・プロメトリン(除草剤)
  (c)備考・・・・平成24年度厚労省発表の輸入違反事例によれば、水産物の中でもっとも違反が多かった。中国の海や河川は工場の排水による重金属類や畑から流れた農薬、糞尿などで汚染が深刻となっている。川から海へ流れた汚染物質を貝が食べてしまい、有毒物質を体内に溜め込む結果に。

 (3)(2)の伝であげられている60品目は次のとおり。
  (a)活うなぎ、蒲焼きうなぎ、活はまぐり、天然活はも、生食用冷蔵むき身ウニ、イカ丸ごと唐揚げ、焼きちくわ(魚肉ねり製品)、かに風味かまぼこ、シマガツオ西京焼き、ズワイガニフレーク、ゆでだこ、ネギトロ(冷凍)、しめさば(冷凍)、しゃこ類(冷凍)、たいらぎ類(生食用冷凍)、たこ焼き(冷凍)、牡蛎フライ(冷凍)、さんま揚げ(冷凍)、養殖むき身エビ(冷凍)、エビフライ(冷凍)、冷凍トラフグ(養殖)、米、うるち精米、いったピーナッツ、大粒落花生、小松菜、菜の花、福神漬け、つぼ漬け・刻みタクアン、塩蔵ごぼう、れんこん水煮、スイートコーン(レトルト殺菌)、ブロッコリー、ほうれん草(冷凍)、塩味えだまめ(冷凍)、ねぎ(冷凍)、アスパラガス(冷凍)、ピーマン(冷凍)、にんにく(冷凍)、乾燥大根の葉、乾燥しいたけ、乾燥きくらげ、乾燥ぜんまい、シロップ漬けあんず、米菓久助あられ、油条(揚げパン)、ハトムギ、プーアル茶、野菜ジュース、ウーロン茶、辣油ソース、とうがらし、人工甘味料、チヂミ(冷凍)、ギョウザ(冷凍)、炭火つくね串、ソーセージ、ローストンカツ、羊のしゃぶしゃぶ。
  (b)プロメトリン、マラカイトグリーン(動物用医薬品)、ロイコマカライトグリーン、トリフルラリン(除草剤)、腸炎ビブリオ、大腸菌群、下痢性貝毒、スルファメトキサゾール(抗菌剤)、クロルテトラサイクリン(抗菌剤)、内臓の不完全除去、カドミウム、カビ、アフラトキシン(カビ毒)、スクラロース(人工甘味料)、サッカリンナトリウム、二酸化硫黄、ハロキシホップ、アルジカルブスルホキシド(殺虫剤)、アメトリン(除草剤)、ジフェノコナゾール(殺菌剤)、クロルピリホス(殺虫剤)、放射線照射を検知、アセトクロール(除草剤)、クロルピリホス(殺虫剤)、ポリソルベート80(乳化剤)、TBHQ(酸化防止剤)、アフラトキシン(カビ毒)、フィプロニクル(農薬)、サイクラミン酸ナトリウム(チクロ)、黄色ぶどう球菌、等々。
 これらのそれぞれに身も凍るような「備考」が付く。
 昨年、絶滅危惧種に指定されたハマグリはほとんど輸入に頼らざるを得ず、そのうち中国産は95.8%を占める。1988年には、上海で汚染されたハマグリを食べ30万人以上がA型肝炎に感染した。
 大腸菌のように下痢、嘔吐、頭痛を伴う毒性物質や、発癌性のある農薬を残留させたまま輸入される農産物が多いことも、これらの一覧が教えている。

 (4)キャンペーン第2弾では記者が中国に飛び、作物の生産現場をルポする。悪環境の農地で、いかに危険なことか承知の上で栽培している野菜が日本に入ってきている。
 <例1>上海市を流れる黄浦江に、今年3月、大量の豚の死骸が漂流した。その数およそ1万体。現地で記者は、腐乱した豚の死骸や飛び出た内臓などがぷかぷかと浮く川面を目撃した。
 中国では、伝染病などで病死した豚も取り引きされ、ミートソースなどの加工品に使われていたが、昨年、取引業者らが相次いで摘発されたため、行き場を失った豚の死骸が次から次へと投棄されたのだ。
 ちなみに、上海市当局は、一部の豚が豚サーコウィルスに感染していた事実は認めたが、人間へは感染せず、水質への問題もない、などと述べた。
 ちなみに、その黄浦江ではエビ漁に従事する漁師がいて、浮遊する豚を尻目に漁に勤しみ、獲ったエビは上海市のレストランに売られている。

 <例2>中国最大の農作物生産地、山東省沿岸部。ここで穫れる農作物の約4分の1が日本に輸出されている。中国一の野菜卸売市場から車を15分ほど走らせると、突然、川の色が変わり、異臭が鼻孔を刺激する。緑色に変色した川には、ゴミに混じって油が浮き、このどぶ川のような川の水が無数に点在するビニールハウスに引かれている。
 つまり、汚水を吸って育った作物が、日本に輸出されている。
 川の上流にはレアアース工場があり、川に排水を流している。その工場の煙突からはもうもうと煙が上がり、近づくと靄のように視界をふさぎ、無数のハエがたかってくる。そして、その工場を取り囲むように、養鶏場と麦畑が広がっている。
 農民は儲けるために農薬を濫用する。農薬や化学肥料の販売者も、安全性より農業資材業者の利益優先。だから安全性は二の次。農民としては、安くて良く育つ農薬が欲しい。だから中身が何だかわからないまま危険な農薬を買い、使う。【日本の農業団体の中国担当者】
 食品輸入の際に行なわれる「モニタリング検査」は、全輸入量の1割程度だから残りの9割は検疫をスルーして国内に入ってくる。しかも、そのモニタリング検査は輸入食品の流通を止めずに入っている。本来は一度輸入を留め置いて検査すべきなのに、結果が出たときにはすでに消費者の口に入っていることもある、という杜撰なものだ。【小倉正行・食糧問題専門家】

 (6)中国産の水、氷、ソーセージ、タナゴ、鶏肉、そば、そば粉、おでん(練り物)、肉まん、レーズン、揚げパン、ウーロン茶、紅茶、ニラ、果汁ジュース、いちご、上海ガニ、地構油、即席ラーメン、辛い味つけの肉、煮込み類、火鍋、小麦粉、ポップコーン、醤油、塩、もやし、ザーサイ、春雨、ビーフン、唐辛子ペースト(辣油、チリソース)、清涼飲料水、酒類は気をつけたほうがよい。
 昨年5月、紅茶メーカーのリプトンはWHOが使用を禁じている農薬を使った茶葉を販売している、と環境NGOに暴露された。
 今年1月、中国のケンタッキーフライドチキンが使用していた鶏肉から基準値以上の成長促進剤、抗生物質が検出された。
 スーパーやコンビニで売られている“プライベートブランド”も、中国産の食材を使用していることが多い。だから安い。さらに、激安のファストフードや外食産業、意外なところでは社員食堂でも中国産の野菜等を使用している企業もある。
 <例>うどんの場合、「国産小麦粉100%使用」と商品の表面に明記してあるものを選んで買うようにしたほうがよい。ずるい会社は、たとえ讃岐うどんと書いていても、国産の小麦粉を何%使用しているか明記しない。中国から小麦を輸入し、国産と混ぜあわせて日本で加工すると“讃岐うどん”になってしまう。【椎名玲・食品ジャーナリスト】
 ミックス野菜のように、数種類の野菜が入っているような場合、ひとつの野菜の分量が50%を超えなければ、原産地の表示義務はない。つまり、具材が均等に入っていれば、それらはどこで栽培されたのかわからない。
 安いには安いなりのワケがあるのだ。

 (7)「週刊文春」のキャンペーンは第5弾を迎え、いよいよ各論に入った。外食チェーン全32社・実名アンケートに踏み切った。「使用している中国産食品」「品目数」「安全管理体制」の3点を質問した。
 すかいらーく(ガスト、ジョナサン等)、サイゼリヤ、ジョイフル、セブン&アイ・フードシステムズ(デニーズ等)、ゼンショー(すき家、なか卯等)、三光マーケティングフーズ(東京チカラめし等)、松屋フーズ(松屋)、吉野屋HD(吉野屋)、王将フードサービス(餃子の王将)、ハイデイ日高(日高屋)、コロワイド(甘太郎等)、モンテローザ(魚民、笑笑、白木屋等)、レインズインターナショナル(牛角、土間土間等)、テラケン(さくら水産)、大庄(庄や等)、ワタミ(和民等)、カッパ・クリエイト(かっぱ寿司)、くらコーポレーション(くら寿司)、元気寿司、小僧寿し、オリジン東秀(オリジン弁当、中華東秀等)、ハークスレイ(ほっかほっか亭)、プレナス(ほっともっと、やよい軒)、ドミノ・ピザ、フォーシーズ(ピザーラ)、大戸屋ごはん処、壱番屋(CoCo一番屋)、シダックス、ダイタンフード(富士そば)、ダスキン(ミスタードーナツ)、リンガーハット・・・・の全32社。
 結論から言えば、中国産の原材料を利用していないところは、庄やとリンガーハットの2社のみだ。
 他の30社は、料理の一部で何かしら中国産原料を使っている。
 もっとも多かったところがくら寿司で40品目、次いでピザーラの32品目、餃子の王将で約20点、使用食材全体の約2割を中国産食材が占めると答えたのが元気寿司、約18%がオリジン弁当。その他の企業の使用品目数は1桁台がほとんどだ。
 詳細はHPに記載されている、と答えたのはジョイフル、かっぱ寿司の2社。
 かっぱ寿司のHPには、中国産の食材が60品目以上もあった。ほとんどに中国産が使われているからHPを見てくれと答えたのかも。
 回答は控える、と答えたのが甘太郎、レインズインターナショナル(牛角、土間土間)、さくら水産、プレナス(ほっともっと、やよい軒)、ドミノ・ピザ、シダックスの6社。事実上の取材拒否だ。
 “回答なし”が、東京チカラめし、ほっかほっか亭、富士そばの3社。

□降旗学([ノンフィクションライター)「週刊文春がキャンペーン・中国産食材は大丈夫か!? そして、日本の外食産業は……?  ~新聞週刊誌三面記事を読み解く 【第29回】 2013年4月26日」(DIAMOND online)

 【参考】
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後
【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【本】「八重の桜」歴史ハンドブック ~NHK大河ドラマ副読本~

2013年05月05日 | 歴史
 2013年5月3日付け朝日新聞によれば、NHK大河ドラマ「八重の桜」が契機となって、新たな史実が掘り起こされた。例えば、八重の最初の夫、川崎尚之助の研究も大きく進んだ。
 川崎は、但馬国出石出身で、会津藩士ではなかった。籠城戦で逃亡した、という見方もあったが、近年発掘された史料によれば籠城戦を戦い抜き、東京にて謹慎後、会津藩士らとともに斗南藩へ移った。食糧調達のトラブルの責を負い、裁判の当事者となり、東京にて病死【注】。

 こうした新たな知見も盛り込んだNHK大河ドラマ副読本が『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜』。TVドラマはTVドラマの常として歴史的事実が簡略化されていて、この点が物足りない、という人に便利な本。
 著者は、同社大学神学研究科博士課程(前期)修了後、会津若松教会牧師を経て、新島学園短期大学宗教主任・准教授。「新島襄」「キリスト教入門」を講ずる。
 本書は、テーマごとに見開き1ないし2ページまたは1ぺージごとに記事をまとめてあるから、読みやすい。写真豊富、人物関係図あり年表あり、とざっと眺めるだけでも楽しい。ガイドブックだが、八重の生涯とその関係者、そして変転の激しい時代ををよく浮き彫りにして、頒価1,000円はお得な価格だ。
 本書の構成は次のとおり。

 (1)「ドキュメント 八重の生涯」と題し、八重の2つの人生を追う。写真豊富。
  第1部 幕末のジャンヌ・ダルク(会津編)
  第2部 明治のハンサムウーマン(京都編)

 (2)八重とその時代に対する多角的なアプローチ。
  (a)「明治のキリスト教」ほか、1ページ単位でキーワードを解説。
  (b)兄・山本覚馬および夫・新島襄の小伝。
  (c)(b)以外の関係者(男性)のミニ伝記(人物事典)。
  (d)関係者(女性)のミニ伝記(人物事典)。
  (e)幕末の会津藩研究(会津戦争)。
  (f)史蹟紀行(会津および京都)。
  (g)エッセイ2編(「幕末の会津と八重の戦い」「闘う女の一生 新島八重の生涯」)。
  (h)その他・・・・人物関係図、八重アルバム、コラム「八重異聞」。

 【注】記事「大河効果で新たな史実 研究成果、「八重の桜」に」(2013年月日付け朝日新聞)

□山下智子『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜』(NHK出版、2013.1)

   

     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【社会】チェチェン人兄弟はなぜアメリカでテロを起こしたのか ~民族問題~

2013年05月04日 | ●佐藤優
 (1)米国ボストンで4月15日午後(日本時間16日未明)に爆弾テロが発生し、3人が死亡、170人以上が怪我をした。米国社会はパニックになった。
 チェチェン人系のツァルナエフ兄弟が容疑者に特定された。弟ジョハル(19歳)は米国籍を持つ完全な米国人。兄タメルラン(26歳)は、米国での滞在と就労を認めるグリーン・カードを持つが、米国籍は取得していない(米国長期在住外国人)。

 (2)タメルランについて、ロシア当局は2011年にチェチェン系過激派組織との関連性について米国に事情聴取を依頼していた。
 米国は、ロシアのチェチェン政策に人権の観点から批判的だ。よって、チェチェンに関するインテリジェンス協力は活発でない。
 にも拘わらずロシア政府が米国政府に照会したのは、同容疑者に関するかなりの情報を露連邦保安庁(FSB)がつかんでいた、ということだ。

 (3)チェチェン人男子は、物心がつくと、父方の7代前までの祖先の名前、出生地と死亡地を暗記させられる。7代前までの祖先が誰かに殺害された場合、その男系子孫には「血の報復の掟」が適用される。
 チェチェン人は、旧ソ連の版図に100万人が住む。トルコには150万人(推定)、アラブ諸国には100万人(推定)が住む。「血の報復の掟」があるから、ロシア、中央アジア、中東、西欧、米国に分かれて住むチェチェン人は濃淡の差があってもアイデンティティを保持している。
 チェチェン人はイスラム教徒だ。チェチェン本国のイスラームは、穏健で祖先崇拝を大切にし、聖人を敬う。アルカイダのような過激派と一線を画する。
 これに対して、中東のチェチェン人の中には、世界に単一のイスラーム帝国を建設しようとするワッハーブ派(その中で特に過激なグループがアルカイダ)に惹き付けられている人々もいる。
 チェチェン民族主義と民族に価値を認めないワッハーブ派は論理的に矛盾するのだが、複合アイデンティティを持つ人々の中では、論理的に矛盾する観念が複数並立していることは珍しくない。

 (4)兄のタメルランは、2012年1~7月チェチェンやダゲスタンを訪問した。チェチェン人としての自己意識が、タメルランの中で急速に高まり、それに弟のジョハルも感化された。この民族意識が、チェチェン人とイスラーム過激派の複合アイデンティティを持っている人(またはそのような人が運営するウェブサイト)に触れることで、反米テロリズムにシフトしたのだ。

□佐藤優「チェチェン人兄弟はなぜアメリカでテロを起こしたのか ~佐藤優の人間観察 第21回~」(「週刊現代」2013年5月11・18日号)

 【参考】
【読書余滴】佐藤優&鈴木琢磨の、朝鮮人やイスラム教徒の時間軸と日本人の時間軸との違い
【読書余滴】佐藤優&宮崎正弘の、言語・民族・国家 ~グルジアと中国~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(3) ~トルキスタン~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(2) ~ソ連解体の始まり、ナゴルノ・カラバフ紛争~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(1) ~アゼルバイジャン~」     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【経済】アベノミクスの金融緩和はデフレを脱却させない ~雇用が重要~

2013年05月03日 | 社会
 (1)円安が進み、株価が上がっている。これはまさに、アベノミクスとは何の関係もないことの証明だ。安部政権は、具体的には何もやっていないからだ。実際にやったのは、金融緩和をものすごくやる、と言って騒いだだけで、まだ貨幣供給量を増やしてはいない。予算を増やす、とは言っているが、まだ増やしていない。金融緩和も財政拡大もまだ何もやっていない。やるぞ、と言っただけだ。
 それに対して効果があったとしたら、期待効果が大きいか、もともと何かが変わり始めていて、この発言をきっかけに顕在化したか、そのいずれかだ。
 今の状況は、アベノミクスの中身それ自体の効果ではない。
 民主党政権時代から円安トレンドに入っていた。円安にならないとおかしいのであった。日本が貿易収支赤字になって、経常収支が悪くなれば円安になって、よくなれば円高になる。政権交代をきっかけに顕在化したのだ。

 (2)金融緩和の効果があるかどうかは、100%、経済の状況による。
 実際のデータを見れば明らかだ。横軸を貨幣の発行量(0~120兆円)、縦軸を物価(30~110)の表で1970年から2005年までの推移をみると、がんだれ(厂)の曲線を描く。1990年代まで貨幣を発行したら物価は上がっている。しかし、1990年代に入ると、貨幣を発行しても物価は全然上がっていない。1990年代の最初の時点で貨幣量が40兆円、2000年代が120兆円に迫っている。この間、物価はほぼ水平だった。80兆円増やしても物価は上がらなかった。
 これでも、いま金融緩和して効果があると言うのか?
 景気のよかった1990年代には謳歌があったけれども、1990年代以降成熟社会になったら、全然効果がないのだ。
 1990年以前の日本では購買意欲が高くて、みんなモノを買いたがった。どんどん売れるから企業も投資する。購買意欲が高いときに貨幣量を増せば、みんながモノを買い、生産量も上がっていく。GDPも増えるし、物価も上がる。これが1980年代だった。米国もリーマンショック以前は購買意欲が高くて、カネを渡せばみんながモノを買った。
 ところが、バブル崩壊で不安になって、モノを買うよりカネを持ってお9きいたい、と思うようになった。需要が減り、生産能力を下まわってしまった。そんなとき、カネをポッと渡しても、買わずに貯めこむだけだ。売れ行きは改善しないから物価も上がらないし、GDPも増えない。これが最近の状況だ。

 (3)インフレターゲット派は、大量にカネを発行すれば何時かはターゲットのインフレ率に届くじゃないか、と言うが、(2)に明らかなとおり、貨幣量を増やしても物価は上がらない。もっともっと貨幣量を増やしていったら、ハイパーインフレが待っている。インフレターゲット派は、ハイパーインフレが起こる寸前にやめればいい、と言うが、普通のインフレとハイパーインフレの区別がまったくついていない。
 普通のインフレは円への信用が維持されていることが前提となっている。ところが、ハイパーインフレとなると円というカネはもう紙にすぎない。すると、ドルや金に走る。ハイパーインフレになった国は、実際そういうことが起こっている。
 信用が維持されるかどうかが分かれ目だ。
 信用が維持されていれば、景気がよくても深刻な不況でも、金融緩和に実質的な効果はない。カネが100万倍あり物価も100万倍に上昇した場合、需要も実質貨幣量(カネの量/物価)も、もとと同じだ。不況だと、消費するより貯金するから、需要も増えず物価も上がらない。結局、どちらも実質的な効果はない。
 金融緩和を洪水のようにやって、それが消費にまわらずに死蔵されていくと、一番あり得るのは何の効果もなく、長い不況のままという結果だ。それでは足りないとどんどん金融緩和を続ければ、下手をするとハイパーインフレになりかねない。

 (4)公共事業自体はよい。ただし、中身が重要で、意味のない公共事業はダメだ(穴を掘って埋めるような事業)。必需品もダメだ(民間の仕事を政府が取っただけで経済活動は増えない、クラウディングアウト)。真ん中ぐらいがよい。贅沢品だ。民間は本格的にやってなくて、でもあれば嬉しいという程度の事業をやるべきだ。民間がすでにある程度やっていたら、それを支援する予算をつけてもよい。観光地開発、介護、再生可能エネルギー、安心安全。
 最も重要なのは、直接国民生活に役立つものであること。
 二番目に、雇用を作ること。雇用を新規に作れば、インフレターゲットよりもよほどデフレを抑える効果がある。さらに、恒常的に雇用を作るような制度があれば、賃金は下げどまりする。今から毎年50万人ずつ雇用を増やしていけば、3~4年で完全雇用だ。すると、もうデフレは絶対に止まる。心理状態としても、今年も来年も再来年もずっと仕事が続くなら、安心して消費できる。だから、安定した雇用が必要だ。
 能力に応じて収入に差があってもかまわない。深刻なのは、働ける人と働けない人の格差だ。働けない人は所得がゼロだし、雇われている人はものすごく働かされる。企業はコスト削減のために必死でリストラしている。2人雇うべきところを1人クビにして、1人に2倍働かせ1.5倍給料を払うようなことをしている。今いる人をクビにして新人を入れて訓練するのは面倒だから、若者雇用を止めてしまったりする。それで若者に皺寄せがきている。
 だから、若者を雇う仕事を作ればいい。そうすれば格差などなくなる。民間が作らないなら、政府が作ればいい。

□小野善康(大阪大学フェロー)「「アベノミクス」の金融緩和は、デフレ脱却への道筋とはならない」(「SIGHT」2013年春号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【旅】ゴッホ展/空白のパリを追う ~学際的アプローチ~

2013年05月02日 | □旅
(1)展覧会 「ゴッホ展 空白のパリを追う」

(2)会場 京都市美術館

(3)会期 2013年4月2日(火)~5月19日(日)

(4)入場料 当日:一般 1,400円

(5)主催者あいさつ ~「ゴッホ展 空白のパリを追う」の特長~【注1】
 ファン・ゴッホ美術館の研究チームは、7年間をかけて多くの新発見に基づく新しい解釈や制作年代を提案した。
 パリ時代(1886-1888)、ファン・ゴッホが画家として大きく変貌を遂げた、しかし、この時期はファン・ゴッホの人生の中でも最も謎に包まれていた。弟テオと共に生活していたため、ゴッホ研究の大きな手がかりである書簡がほとんど残されていないからだ。ファン・ゴッホ美術館の研究チームは、長年ゴッホの自画像と見られていた絵が実は弟テオの肖像【写真①】であることを突き止め、二人の強い絆が証明された(世界的ニュースになった)。また、パリ滞在を境に躍進を遂げたファン・ゴッホがさまざまな造形的実験を重ねていたことも明らかにした。
 本展が届ける「ファン・ゴッホとパリ」の謎解きは、世界的なファン・ゴッホ研究に大きく寄与するのみならず、多数の美術ファンの好奇心を刺激する。
 本展の展示作品は、数点の特別出品を除き、ファン・ゴッホ美術館所蔵作品で構成されている。ファン・ゴッホを描いた肖像画1点を除き、すべてゴッホ作品(51点)である。ゴッホの自画像が多数公開され、出品作品のうち36点は日本初公開である。

    【写真①】

(6)ファン・ゴッホ美術館長あいさつ【注2】
 本展(長崎・京都・宮城・広島)では、ファン・ゴッホ美術館所蔵作品のうち、画家のパリ時代の絵画に焦点をあて、その美術史的な画材・技法に係る研究結果を発表する。
 ここ数十年、美術史家、保存修復家、科学者間の協力体制はますます重要になっている。ファン・ゴッホ美術館では、もはやこうした学際的協力体制は特別なものではない。

(7)みどころ
 (a)「ファン・ゴッホについて」・・・・ゴッホのライフ・ヒストリーをパリ時代以前、パリ時代、パリ時代以後に分けて記すとともに、彼の人物と作品の特徴を一筆書きで記す。
 (b)「みどころ・展覧会内容」・・・・展覧会の構成と注目してよいところ。

(8)学際的アプローチ
 「ゴッホ展」で提示された絵画の学際的研究の一例として、ゴッホが使用した色の研究をとりあげよう。「ゴッホ展」で最も印象深かった一つで、色の劣化、つまり絵画作品にも老化があることを教えている。
 ゴッホは、大胆で鮮やかな色づかいが高く評価されることが多いが、経済的理由から、あるいはその色の魅力に屈する形で品質の劣る顔料を使わざるをえなかった。不安定なことで評判の悪かったクロムイエロー(黄鉛)、シトロンイエロー(亜鉛黄)、コチニールレーキ(カーマイン)、レッドウッドレーキ(ブラジリンを使った赤色レーキ)、鉛丹、プルシアンブルーといった色の数々をゴッホは使用した。書簡の文面には使用する絵具の耐久性に対する懸念が伺える。
 こうした態度は、不安定な色の使用を断固拒否し、安定した代わりの色を求めたジョルジュ・スーラ、クロード・モネ、オーギュスト・ルノワールのような同時代の画家たちの妥協のない姿勢とは対照的だ。
 耐久性の乏しい赤色レーキの使用により、劣化の痛手をこうむっている作品の一つが「自画像」(1987年)だ【写真②】。この作品には著しい退色が認められる。ゴッホは、錫で媒染したコチニールにいくらか青をまzせた透明な紫の下塗りをほどこした。元は深く濃い赤色をしていたコチニールは、今ではほとんど見ることができない。結果として、この絵具層は無色透明に近い状態になってしまった。青だけは残されたが、これは単に軽く下塗りしたカルトンに薄く色をつけるにとどまっている。額縁の下に残る少し暗い褐色がかった紫が、上塗り層の元の色合いを示唆するが、この褐色がかった色合いもまた退色の結果だ。
 顔と上着にも有機顔料の赤が使われているが、この色はかなりよく残されている。この部分に使われている独特の明るく鮮やかなオレンジを紫外線光のもとで調べると、錫で媒染したコチニールよりも退色が遅いコップス・プルプリン(アカネの根からとった抽出物)が使用されていることが明らかになった。
 品質の悪い画材が画面に重大な劣化を引き起こし、その結果ゴッホが意図した鮮やかな色彩のコントラストを弱め、今日の作品解釈に影響を与えている。【注3】

   【写真②】

 「ヤマウズラの飛び立つ麦畑」(1887年)【写真③】は、以前は葦原を描いたもの、と考えられていた。しかし、前景に描かれた草花によって、それが誤りであることが明らかになった。ケシ、ヤグルマソウ、カミツレは、どれも耕地でよく見られる花々だ。風で左へなびいて揺れる植物が小麦であることは、短い円筒形に描かれた穂を見ればわかる。前景に描かれた刈り取られた畑は、ちょうど収穫が始まったことを示す。
 テオの未亡人ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲルは、飛び立つ小鳥はヒバリである、と考えた。ヒバリは、当時も今もロマン派にとって自然体験のこの上ない象徴だ。
 しかし、この小鳥はヒバリではない。大きさ、黒い頭部から、もっと大きいヤマウズラであることがわかる。ヤマウズラは、地表近くを飛んで餌である草花の種を探す。(ゴッホ展では、ロッテルダムの自然史博物館所蔵の鳥の剥製も展示する。)
 近年、空高く、画面中央の上端近くに描かれたもう1羽の鳥の存在が指摘された。これこそヒバリではないかもしれないが、あまりにも小さくて特定できない。
 ヤマウズラは、鑑賞者あるいは刈る人に驚いて飛び立ったらしい。これは騙し絵の手法(トロンプ・ルイユ)の効果を高めると同時に、ほとんど遠近感のない風景に奥行きを与えている。
 作品の構図は、水平方向に3つの部分(空・小麦畑・前景の刈り取られた畑)に分けられる。ゴッホは、まず極めて単純な風景の骨格を決めるために、グラファイトを用いてパースペクティヴ・フレームで示された線をたどることから始めたらしい。これらは赤外線反射写真でも確認できるのは勿論、ところどころ肉眼でも見ることができる。フレームの大きさは、およそ46×60cmで、キャンパスの中央に置かれた。ゴッホは、フレームのワイヤーが交差する位置、つまり伝統的な遠近法でいう消失点にあたるところのちょうど上に、左上空へはばたくヤマウズラを描いたのだ。
 ゴッホがパリ時代に制作した作品の中で、明らかに田園風景を主題としたものは、この1点だけだ。この作品は、彼がオランダ時代の終わり頃にいくつか描いた揺れる小麦畑に似ている。しかし、刈る人や麦束が描かれていない点で異なる。ゴッホは、この時はまだパリで大きな人物像を納得できるように描くことができないでいた。【注4】

   【写真③】

 【注1】MBS/財団ハタステフティング(ルイ・ファン・ティルボルフ監修/有川幾夫・日本側監修/尾畑眞人ら・訳)『ゴッホ展』(株式会社DNPアートコミュニケーションズ、2013.4)の主催者「ごあいさつ」・・・・なお、この図版はファン・ゴッホ美術館所蔵のアントワープとパリ時代の絵画について詳細に書かれた文献の要約(ただし、脚注および学術的参考文献は割愛)
 【注2】前掲書のアクセル・リューガー館長「ごあいさつ」
 【注3】前掲書の第2章のうち「What colour was this?-どんな色だったのか?」
 【注4】前掲書の第2章のうち「What is flying there?-飛んでいる鳥は?」

 【参考】
【旅】ジュディ・オングの版画 ~日本家屋または京都の再発見~
【旅】美の響演 関西コレクションズ
【旅】松江 ~須田国太郎を追って~
【旅】エル・グレコから宮永愛子まで
【旅】復興を絵画で表現できるか ~平町公の試み~
【旅】彫刻の街 ~鑑賞者の存在意義・考~
【旅】島根県立美術館 ~震災復興支援特別企画 ふらんす物語~
【言葉】手のなかの空/奈良原一高 1954-2004
【旅】オーストリア ~グラーツ~
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする