第一章(6)
摩訶般若波羅蜜多心経
小学校一年生が読む物語がある。
その字がスペイン語だと難しいと思ってしまう。
だが、スペイン人の子供にとっては簡単なのだ。
ワシはそうでもないが、フランス語でも難解に感じるようだ。
当然、フランス人のガキはスラスラ理解できる。
そのフランス人のソルボンヌ大学教授がいる。
大学教授も様々だが、一応、頭が良いとしよう。
でもスワヒリ語で書かれた小学生用の物語は難解になる。
心経も同じなのだ。
日本人は漢字に馴染みがあるほうだ。
それでも漢字ばかりだと難しく思ってしまう。
「思う事」「考える事」など間違いだらけだ。
自分の判断は・・・ほとんど誤りなのだ。
ほとんどの人間の判断は間違っていた。
正しければ、今の地球のようにはならない。
戦争で苦しむ地球人だらけの星は卒業している。
「思う事」と事実は別な次元にある。
アナタの思いや考えは・・・間違いだらけだ。
心経が難しいと考えるならば、それは間違いだ。
心経は「思う・考える」から解放しようぜ、と書いてある。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)