2019年11月19日(火)クラビはアオナンのRCAというバービア街で客引きギャルに引っかかり、とあるバービアに入った。
シンハの小瓶を1本注文し、ひとりで飲もうと思っていたら客引きギャルが「コネクトフォーをしよう」と言ってゲーム道具を持ってきた。
これは駐在時にバンコクのナーナーやパタヤ、はてはカンチャナブリのバービアでさんざんやった4目並べではないか。コネクト4という名称だったとは、知らなんだ。
5回やったが5回とも負けて、客引きギャルもびっくりしていた。
その後客引きギャルと話をした。どこだったか忘れたがイサーンの出身という事が判り、奥様がイサーン出身の在泰日本人の友人を持つ筆者とは話が合い大いに盛り上がる。
そのうち1杯奢ってくれというので、コーラか何かを1杯奢った。断ってもいいのだが1杯邦貨300円くらい、バービアのギャルは客から1杯奢ってもらうと店からバックが入り、また1日あたり奢りのノルマもあるので1杯奢るのは紳士のたしなみといえよう。
ちなみにこのバービヤには鳴らすと店内にいる全員に一杯づつ奢らねばならないという鐘はなかった。
結局コネクト4で5連敗してシンハ小瓶2本飲んで1杯奢って
チェックビン、勘定を済ませた。邦貨約1,000円くらいだったと思う。釣りの小銭はやはり紳士のたしなみとして取らずに置いて来た。
ギャルは「今からどこに行くずら」(イサーン出身という事でこの言い回しにした)と聞くので「宿に帰る」と言ったら「また来てくんろ」と笑顔で見送ってくれた。いわゆるアニメ声といわれる声の、愛嬌がある良い娘だったがこういう店は店員の入れ変わりが激しいので2年たった今はもうどこかへ移ったであろう。
またこれも一期一会という旅の醍醐味のひとつであると筆者は信じて疑わぬのである。
RCAの通りはだいぶ賑わってきたようだ。
だいたいバービアというのは客層はほぼ白人で、このときも東洋人は筆者以外いなかった。アフリカ系も見ず。
さてバービアギャルには宿に帰るといったがそうは問屋が卸さないという事で次に行ってみた。
次号に続く。
シンハの小瓶を1本注文し、ひとりで飲もうと思っていたら客引きギャルが「コネクトフォーをしよう」と言ってゲーム道具を持ってきた。
これは駐在時にバンコクのナーナーやパタヤ、はてはカンチャナブリのバービアでさんざんやった4目並べではないか。コネクト4という名称だったとは、知らなんだ。
5回やったが5回とも負けて、客引きギャルもびっくりしていた。
その後客引きギャルと話をした。どこだったか忘れたがイサーンの出身という事が判り、奥様がイサーン出身の在泰日本人の友人を持つ筆者とは話が合い大いに盛り上がる。
そのうち1杯奢ってくれというので、コーラか何かを1杯奢った。断ってもいいのだが1杯邦貨300円くらい、バービアのギャルは客から1杯奢ってもらうと店からバックが入り、また1日あたり奢りのノルマもあるので1杯奢るのは紳士のたしなみといえよう。
ちなみにこのバービヤには鳴らすと店内にいる全員に一杯づつ奢らねばならないという鐘はなかった。
結局コネクト4で5連敗してシンハ小瓶2本飲んで1杯奢って
チェックビン、勘定を済ませた。邦貨約1,000円くらいだったと思う。釣りの小銭はやはり紳士のたしなみとして取らずに置いて来た。
ギャルは「今からどこに行くずら」(イサーン出身という事でこの言い回しにした)と聞くので「宿に帰る」と言ったら「また来てくんろ」と笑顔で見送ってくれた。いわゆるアニメ声といわれる声の、愛嬌がある良い娘だったがこういう店は店員の入れ変わりが激しいので2年たった今はもうどこかへ移ったであろう。
またこれも一期一会という旅の醍醐味のひとつであると筆者は信じて疑わぬのである。
RCAの通りはだいぶ賑わってきたようだ。
だいたいバービアというのは客層はほぼ白人で、このときも東洋人は筆者以外いなかった。アフリカ系も見ず。
さてバービアギャルには宿に帰るといったがそうは問屋が卸さないという事で次に行ってみた。
次号に続く。