JBpress 2018.11.14(水) 高濱 賛
13日発売の新著を引っ提げて「反トランプ・キャンペーン」を展開
来年開会の米連邦議会を突き動かす「ピンクウェーブ」
米中間選挙では女性の下院議員が110人も誕生した。上院では12人の女性候補が当選し、非改選の10人と合わせると、22人となった。
当選した女性下院議員候補の中には史上最年少(29歳)の女性や初のイスラム教徒、先住民族(通称アメリカインディアン)の女性、さらにはLGBTQ(同性愛者やバイセクシャルなど)の人もいる。
女性蔑視や同性愛者への偏見を露骨に示してきたドナルド・トランプ大統領に対する女性からの反発が原動力となって史上最多の女性候補が当選した。
米メディアはこれを「ピンクウェーブ」(女性の波)と呼んでいる。その波は選挙後も吹き荒れそうだ。
タイミング的には女性の勝利への祝砲ととも言える新著が13日に出た。
ホワイトハウスを去った後も依然として根強い人気を誇っているミシェル・オバマさん(54)の回顧録(全426ページ)だ。
ファーストレディだった女性が回顧録(ゴーストライターの含めて)を書いたのは11人。
エレノア・ルーズベルトさん(フランクリン・ルーズベルト第32代大統領夫人)とヒラリー・クリントンさん(ビル・クリントン第42代大統領夫人で前民主党大統領候補)はともに4冊を著している。
前ファーストレディが前代未聞の徹底批判
だがミシェルさんの回顧録はこれまでのものと2点大きく異なっている。
1つは、移民として米国にやって来た白人の子孫ではなく、鎖につながれアフリカ大陸から連行された黒人奴隷を先祖に持つ黒人女性がファーストレディになるまでの半生を綴っていること。
赤貧のような生活、人種的偏見と差別を乗り越えてファーストレディにまで上り詰めた半生を描いていることだ。
もう1つは、現職大統領(ドナルド・トランプ第45代大統領)をこれ以上強い口調では表現できないほどの激しい憤りを込めて批判している点だ。
辞めた大統領もファーストレディも自分たちの後を継いだ直近の大統領に対する批判は、たとえ党派が違ってもしないものである。
ミシェルさんはその「掟」をものの見事に破っている。
ところが今のところ、ミシェルさんの行動を批判する主流メディアはない。それどころか出版前のテレビ・公開インタビューを見た市民、特に女性たちからは称賛の声が上がっている。
「黒人としてファーストレディをどう演じればいいのか」
タイトルは「Becoming」(ふさわしく)。
これまでの半生を振り返えり、女性として妻として母として、そして何よりも史上初の黒人ファーストレディとして、いかに「ふわしい存在」になろうと努力してきたか、その記憶と思い出が知的にエレガントに描かれている。
最高の学歴を誇るわけでもなく、低学歴な人たちを見下すわけでもなく、しかも夫であるバラク氏をたて、尊敬する姿勢が行間ににじみ出ている。
最高学府を出て弁護士となり、政治家になった女性たちに見られがちな傲慢さはひとかけらもないはない。
ミシェルさんが人種や国籍を超えて「今最も尊敬される女性」であることが分かるような気がする。
しかもファーストレディ当時は、その知的なファッションで全米女性(特定の黒人嫌いな白人女性を除くすべての女性)の憧れの的でもあった。
ホワイトハウスを去って2年経った今でもミシェルさんの人気度は79%と夫バラク氏(65%)よりも高い。
ファーストレディ当時から政策や外交には口を出さず、意見を述べるのは女性問題や教育、食育に限定していたことも人気度と無関係ではなかった。
(https://abcnews.go.com/Politics/story?id=7416915&page=1)
ホワイトハウスを去った後、ミシェルさんが注目を集めたのは、2016年秋の民主党全国党大会での演説だった。
予備選を勝ち抜き、民主党大統領候補として正式に党大会で指名されるヒラリー・クリントン前国務長官を応援する演説で、ミシェルさんはトランプ共和党大統領候補に強烈なパンチを浴びせる一言を放った。
人種差別的発言や女性を侮辱する発言を繰り返していたトランプ候補に対する痛烈な批判だった。
「When they go low, we go high」(相手が低俗に出るのなら私たちは品位を保って言動しましょう)
つまり、「トランプがいかに下品で下劣な言動を繰り返そうとも、ヒラリーさん、あなたは気品を持って振舞ってくださいね」という助言だった。
元々自分の娘を育ているときに彼女らに口を酸っぱくして言っていた言葉だという。
「黒人だということで白人から口汚く罵られてもあなたたちは品位をもって接しなさい」という戒めだったそうだ。
党大会の後、クリントン候補は、ミシェルさんのその言葉を何度か引用して、トランプ候補の挑発をさらりとかわしていた。
中間選挙中に超党派「投票促進運動組織」立ち上げる
今回の中間選挙中にミシェルさんが動き出したのは7月。「We All Vote」(みんな投票しよう)という超党派の投票促進運動組織を作った時だ。
9月には自分自身が街に出て、有権者一人ひとりに必ず投票するよう呼びかけた。特に、黒人向けには公民権運動団体など20の組織と組んでキャンペーンを続けた。
黒人有権者の投票率はオバマ氏が大統領を辞めて以降、急速に低下している。黒人票の7~8割は民主党に行くとされている。
投票促進運動は超党派と銘打っているが、ミシェルさんとしては黒人の投票率を上げることで民主党候補に肩入れするという狙いがあったことは言うまでもない。
さらにその「戦略」の背後には、ミシェルさんが心の底に秘めていた「トランプ憎し」があり、中間選挙でトランプ共和党を徹底的に叩きのめすという狙いがあった。それが今回出版された回顧録で明らかになってくる。
「私たち家族の安全を脅かしたトランプの罵詈雑言」
以下本書に書かれているミシェルさんのトランプ批判のくだりだ。
「トランプという人物は基本的には女性蔑視主義者であり、外国嫌いな偏屈者だった。私の夫に対する発言はきちがいじみており、卑劣だった」
「夫があたかも外国生まれで米国籍を持っていないというようなことを、あたかも本当であるかのように主張した。まさに謀略だった」
「(オバマ氏の)出生証明書を出せという話は馬鹿らしくて、意地の悪い主張だった。そこには隠そうとしても隠し切れない(トランプ大統領の)人種偏見と外国嫌いが潜んでいた」
「これは極めて危険なことだった。奇人や変人を意図的に挑発する危険性があった」
「万一情緒不安定な者が銃を取って(オバマ家族が住んでいる)ワシントンにやって来たらどうするのか。もしその人物が私たちの娘たちを狙ったらどうするのか」
「トランプ氏が大声でひっきりなしに繰り返す当てこすりは、私たちの家族の安全を危険な目に晒した。このことだけでも私はトランプという人物を絶対に許すことができない」
「夜中ベッドに横たわっている時、ふと今何が起こっているかという思いが広がっていく」
「現職大統領の言動や内政外交政策アジェンダがどれほど多くの米国民を不安にさせ、恐れさせているか、しかも大統領自身がその原因になっていることを知るにつけ、悲しく、息苦しくなっていく」
「(2005年にトランプ氏がテレビ番組の担当者に過激なセクハラ発言*1をしていたことがビデオで発覚したことについて)私は憤りで体の震えが止まらなかった」
「こうした発言をしたトランプ氏もトランプ氏だが、大手エンターテインメント企業が見て見ないふりをしていたことに対する憤りだった」
「こんな女性に対する蔑視発言が現代社会でまかり通り、なおかつドナルド・トランプ氏のような人間が騎士気取りで振舞わっている現実に対しての憤りだった」
*1=トランプ氏が2005年、NBCテレビの番組『Access Hollywood』の撮影現場に着き、専用バスから降りてきた際に番組関係者の男性と交わしていた会話と映像が2016年大統領選の最中にリーク。その中でトランプ氏が「著名人なら女は何でも言うことを聞く。狙った女の下腹部を触ってやればいいんだ」などと言っていた。共和党幹部の中にはこの発言を受けてトランプ候補の支持を降りる人も出た。
(https://en.wikipedia.org/wiki/Donald_Trump_Access_Hollywood_tape)
「私こそオバマを許せない」と直ちに反論
トランプ大統領は9日、発売前に新著を入手した記者からミシェルさんが本の中で「トランプ大統領を許せない」と指摘していることについて聞かれてこう答えている。
「まだ読んでないから何が書いてあるのかは分からない。だが出版元は騒動になるのを望んでいるんだろうから1つの材料を提供してやる」
「私はオバマが米軍に何もしなかったことを絶対に忘れない。(ミシェルはオバマ一家の安全について指摘しているようだが)米国民の安全を守るのは米軍隊だ。オバマはその軍隊をないがしろにしたんだ。だから絶対に許せない」
ミシェルさんは13日発売と同時にブックツアーを開始する。通常、著者は大手書店の店頭でサイン会を行うが、ミシェルさんの場合は多数の市民が押しかけることを想定してショッピングセンターの広場。
しかもサイン会と言うよりもタウンミーティング形式になりそうだ。
目下決まっているのはシカゴのユナイティッド・センター、ニューヨーク市のバークレー・センター、ロサンゼルスではLAフォーラムが会場になる。
会場にはハリウッドからリース・ウィザースプーン*2さんやサラ・ジェシカ・パーカーさんといった著名な女優兼プロデューサーが駆けつけるという。
*2=ウィザースプーンさんは2005年に「ウォーク・ザ・ライン」でアカデミー賞主演賞を受賞。その後女性支援組織に関与するなど社会事業を続け、「信頼できるセレブ100人」のトップテンに選ばれている。
パーカーさんは超人気テレビ・ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」で爆発的な人気を得て、その後、香水やドレスのプロデュースやCM契約で2011年の『フォーブス所得番付』で1位になっている。2人とも民主党支持者。
ミシェルさんは公職を狙わぬ民主党の応援団長
ミシェルさんは本書でも「政治は嫌い。公職など絶対狙わない」と公言している。だが、主要紙の政治記者の1人は筆者にこう予言している。
「ミシェルさんは(ファーストレディ経験者は現職大統領を批判しないという)前例を破ってこれだけ強烈に現職大統領を批判したのだから、民主党支持者たちが彼女を放っておくわけがない」
「自らが公職を狙わなくとも、ミシェルさんが2020年大統領選に向けて重要な役割を演ずるのは必至だ。ミシェルさんは民主党の応援団長として『台風の目』になるだろう」
夫君バラク氏は、来年早々、新著を上梓する。2人のパッケージで大手出版社と執筆契約を結んでいるからだ。
オバマ夫妻による本がベストセラーになるのはほぼ間違いないだろう。
オバマ政権が成し遂げたすべてをぶち壊そうとしているトランプ大統領に対し、オバマ夫妻がタッグマッチで挑む。
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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54655