クーリエ5/14(土) 9:30配信

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BHP社に対する集団訴訟の原告の一人であるアンダーソン・クレナッキ Photo: Jonne Roriz / Bloomberg
社会、環境、ガバナンスに配慮したESG投資への注目が世界中で高まっているが、そのラベルをつけてさらなる利益を得るために豊かな国の投資ファンドは、貧困国で企業から被害を受けた貧しき人々に注目するようになった。一体どんな意図がその裏にあるのか。
【動画で見る】鉱山会社のダム崩壊は、どれほどの破壊力を持っていたのか?
鉱山会社に暮らしを破壊された住人
アンダーソン・クレナッキ(38)は、ブラジル南東部のミナス・ジェライス州を流れるドッスィ川のほとりに住む、先住民族クレナッキ族の一員だ。
クレナッキ族の居住地域の中心地は、2015年11月5日の鉱山会社のダム崩壊事故によって破壊された。鉱山廃棄物を含んだ泥の激流が周囲の田園地帯や水路に流れ込み、19人が死亡したのだ。
汚染は大西洋まで何百キロも広がり、漁業や狩猟に頼る昔ながらの生活はできなくなった。
そして今アンダーソンは、ダムを所有していたサマルコ社を半分所有する英豪鉱山大手BHPグループを訴え、70億ドルの損害賠償を求めている。イギリスでの20万人による集団訴訟の原告の一人となったのだ。
「この目的は単に金銭的な補償を得るだけでなく、鉱山労働者が損害を与えるために私たちの国に来ることはできないというメッセージを送ることです」とアンダーソンは言う。
裏にいる利益目的のファンド
通常、多額の賠償金が見込まれる環境保護訴訟には大きなコストがかかる。被害を訴えたいコミュニティは脆弱なマイノリティだが、彼らと投資ファンドが思いがけず結びついたことで、この訴訟は実現した。
この訴訟資金の一部を負担するのは、ロンドンの高級住宅街に本社を構える資産運用会社のノースウォール・キャピタルだ。同社は自らを「スペシャル・シチュエーション」への投資家と称し、訴訟提起を含む、特殊な状況に着目した投資を行う。
ノースウォールは、BHPに対抗する法律事務所のPGMBMに複数の訴訟の勝訴・和解による収入を担保にした融資を行っているのだ。PGMBMは本訴訟のために約700人の弁護士を集めている。
BHPからは今回コメントを得られなかったものの、このイギリスの訴訟は、ブラジルでの法的手続きや同社が支援した補償制度と重複するために不要だとBHPは述べてきた。
また、ブラジルを拠点とするSPSキャピタルなど他のスペシャル・シチュエーションに着目するファンドも、この訴訟に出資している。
SPSのようなファンドが訴訟資金を提供するのは、高額なリターンが期待できるからだ。業界関係者によると、訴訟によって異なるものの、うまくいった場合には、通常資金提供者と弁護士は投資額の3倍、または賠償金の30%の支払いを受けられるそうだ。
それでも世帯収入が250ドル以下の地域に住むブラジル人の原告には、数万ドルずつが残る。本訴訟を担当するPGMBMの弁護士ペドロ・マーチンスは、「理論的にはブラジルの法律では法律支援を受けられます。しかし実際には、いくらでも資金を払い、国内で最高の弁護士を雇う大企業に対抗できる体力がありません」と言う。
社会的」な投資と言えるのか
しかし、この話は複雑だ。訴訟資金ビジネスは低金利と、環境・社会・ガバナンスに基づく投資(ESG)の急増という2つの大きな金融のトレンドに乗ったものだ。
より収益性の高い投資先を探すファンドは、強力な弁護士を雇えない人々の救済を目的とした長期的な訴訟に目をつけた。ファンドにESGラベルを付ければ、投資家を惹きつけることもできる。
金融データ調査会社のモーニングスターによると、持続可能な投資信託やESGに焦点を当てた上場投資信託の資金は2021年に世界全体で53%増加し、2兆7000億ドルに達した。
訴訟金融は小規模ながら急成長している分野で、FTIコンサルティング社は2021年には約130億ドルに達すると推定している。企業が訴訟に資金を出すのは、他のオルタナティブ資産よりも高いリターンが得られるからだが、この分野でより多くの資金が提供されるのは、著名人の離婚問題や企業による訴訟案件など、はるかに日常的な係争だ。
しかし、ファンドマネジャーたちは、社会的な影響を与えるような高額の支払い案件に可能性を見出している。ノースウォールの創業者で最高投資責任者のファビアン・クロボグは、将来的にはESG関連の訴訟に参加する機会を投資家に提供できるかもしれないと語る。
一方、何を持ってESGとするかは複雑だ。EUやイギリスでは、環境に配慮した投資を定義する規制が作られるものの、社会やガバナンスをテーマにした投資に関しては規制は遅れ、ファンドマネジャーが自分の好きなように投資先を決めているのが現状だ。
「訴訟ファイナンスは、強くESGの色を出しながら、長期的に市場より良いリターンを出せる数少ないアセットです。裁判で得られる報酬は市場の浮き沈みに左右されないので、一種の分散効果をもたらすこともファンドやその顧客に気に入られています」と、クロボグは述べる。
訴訟は「日和見」なのか
かつてアフリカ最大の鉛鉱山があったザンビアのカブウェでも、地域住民に健康問題が生じ、訴訟が起きている。
22万5000人以上の人口を抱えるこの町では、貧しい住民や鉱山労働者が暮らす地域のそばで、何万トンもの鉛が1994年まで産出されていた。数十年にわたる荒廃の結果、数千人の地域住民が鉛中毒になって脳障害を起こしたり、寿命を縮めたり、死亡したりした。
訴状によると、同地の10万人以上の女性や子どもたちが被害を受けたとのことだ。そのなかから13人が原告となり、鉱山の元管理者であるアングロ・アメリカン・サウス・アフリカ社に対し、有害金属の流出を防ぐことができなかったことを訴えた。
アングロ・アメリカンの広報担当者は、この訴訟について「完全に誤った方向で進められ、日和見」であり、カブウェ鉱山の周辺地区に関するいかなる責任も他にあると主張している。同社は1974年にこの鉱山への関与をやめたのだという。
カブウェの訴訟に資金を提供しているのは、ロンドンに拠点を置くオーガスタ・ベンチャーズという小さな訴訟金融会社だ。原告の代理人は、賠償請求の金額はまだ定まっていないと述べた。
簡単には勝てない裁判
この種の訴訟への融資で利益を上げるのは容易ではない。カブウェに関する訴訟については、被告企業の親会社アングロ・アメリカンは、2020年に309億ドルの収益を上げており、何年も訴訟を続ける余裕がある。原告の広報官によると、2022年前半のヒアリングにおいて、裁判に進むべきかが判断されるという。
ブラジルのケースでは、2018年末の4ヵ月間、PGMBMのマーチンスと同僚のトーマス・モージーニョがミナス・ジェライス州をノンストップで回り、集団訴訟に参加する人を探した。その後40人のイギリス人法廷弁護士がブラジルに派遣され、最終的に参加に同意した20万人から陳述書を集めたそうだ。
BHPに対する請求は、手続きの乱用という理由で2021年に英国の裁判所から取り下げられた。しかし、同年7月にロンドンの控訴裁判所は、裁判官が「成功の現実的な見込みがある」と考え、裁判再開に同意した。
そのためファンドや弁護士が高額の支払いを受けられるチャンスはまだある。しかし、アンダーソン・クレナッキは、失われたものはお金では代えられないと言う。
「クレナッキの人たちは、川を家族のようなものと考えてきました。しかしそれは昏睡状態にあり、もう連絡を取ることはできないのです」
Will Louch, Lucca de Paoli and Mariana Durao
https://news.yahoo.co.jp/articles/3cc129b91d1417c1f07aa930acc20b46a5fff93c