nippon.com 12/17(火) 16:47
映画『アイヌプリ』より ©2024 Takeshi Fukunaga/AINU PURI Production Committee
『山女』の福永壮志監督が初めて手がけたドキュメンタリー。前々作『アイヌモシㇼ』撮影中の2018年に知り合った家族に、コロナ禍を挟んでおよそ3年半にわたり密着した。「マレㇷ゚漁」と呼ばれる伝統的なサケ漁などアイヌ文化を継承し、日常の中で“アイヌプリ(アイヌ式)”を実践する人々に迫る。福永監督と出演した家族に撮影の裏側を聞いた。
伝統のアイヌ式サケ漁にひかれて
映画『アイヌプリ』は、北海道・白糠町(しらぬかちょう)で生きるアイヌの家族に密着し、先祖から受け継いだ漁の技法、文化や芸能、信仰を“楽しみながら”次世代に伝えていく彼らの等身大の姿を映し出す。先の釜山国際映画祭や東京国際映画祭でも公式上映され、大いに話題を集めた。
映画『アイヌプリ』の福永壮志監督(左)、出演した天内重樹(あまない・しげき、右)・基輝が東京国際映画祭のレッドカーペットに登場(2024年10月28日) ©2024 TIFF
監督は、阿寒湖畔のアイヌコタン(集落)を舞台とする劇映画『アイヌモシㇼ』を撮った福永壮志。その撮影中に出会ったのが、のちに『アイヌプリ』に出演する「シゲ」こと天内重樹だった。
『アイヌモシリ』には、アイヌコタンの重要な行事「まりも祭り」の場面が登場する。阿寒湖から80キロ以上離れた白糠町に住むシゲも参加していた。シゲは白糠アイヌ協会会長で、聞けばアイヌの伝統的な道具「マレㇷ゚」を使ったサケ漁に取り組んでいるという。
福永監督は2018年秋、シゲに付いてマレㇷ゚漁を見学させてもらった。
福永 ただ自分がやりたいからという純粋な理由で暗い中、冷たい川に入り、手づくりのモリで楽しそうにサケを獲る。その姿に感銘を受けました。それで翌年『アイヌモシㇼ』の完成直前に、プロデューサーと共にシゲちゃんを訪ね、ドキュメンタリー映画を撮らせてくれないかと相談したんです。
シゲ 知らない人がいきなりやってきて、「密着したい」と言われたら、さすがに断ったと思います。でも監督は『アイヌモシㇼ』の撮影を通して、すでに阿寒のみんなと仲良くなっていたので、信頼できました。
(左から)福永壮志監督、天内基輝、天内重樹 天内愛香 インタビュー撮影:渡邊 玲子
撮影は19年秋に始まり、約3年半に及んだ。
映画の冒頭、未明の川べりに現れたシゲ。漁を始める際、まず火をつけたタバコを1本お供えし、神々に祈り(オンカミ)を捧げる。木を削って作ったイナウ(祭具の木幣)が神と人を結ぶ「依り代(よりしろ)」の役目を果たしている。
シゲがサケ漁に使うマレㇷ゚は普通のモリと違い、先端に楕円(だえん)の弧を描く鉄鉤(かぎ)が取り付けてある。鉄鉤はひもで結ばれていて、突き刺すと柄から外れ、獲物が釣り下がるようになっている。
シゲは獲ったサケを鉤から外すと、左手で尾をつかんでぶら下げ、「イナウコレ」と唱えながら右手に握ったイパキㇰニで頭を3度殴る。そして仕留めたサケに「ありがとう、がんばったな」と声を掛ける。サケはアイヌにとって、カムイチェㇷ゚(神の魚)やシペ(本当の食べ物)と呼ぶありがたい食材なのだ。
被写体に“肉迫”するカメラ
やがてカメラはシゲが暮らす家の中に入り、毛穴まで見えそうな距離感で天内家の日常を映し出していく。
シゲ カメラマンも録音技師も足音がしない靴下を履いて忍者みたいに気配を消して。気づいたら「お、いるんだ!」という感じでしたね。撮影が終わると、みんなで一緒にご飯を食べて。
カメラの前で天真らんまんそのものだったシゲの息子、基輝(もとき)も3年半の間に成長していく。
基輝 毎年、秋になると撮影隊が来るのが楽しかった。カメラがあってもいつも通り、ずっとふざけていられたから。
シゲの妻、愛香(あいか)も自然体で撮影を受け入れた。
愛香 「勝手に入っていいよ」と言ったら、本当にまだ寝ている時に入ってきて(笑)、いつの間にかカメラを回していたみたいです。完成した映画を観たら、寝ぼけまなこで朝ごはんを作っているところまで映っていてビックリしましたね。
そんな撮影のアプローチを福永監督はこう振り返る。
福永 ドキュメンタリーは初めてで、こんな風に入り込まないと撮れないと思いました。シゲちゃんのやっていることに魅力を感じて、損得勘定なしでありのままの姿を映像に収めたかった。アイヌに関する作品はまだまだ少なくて、それを作り続けることに意義を感じます。でもいくら自分が撮りたくても、相手が納得した上で協力してもらわないと無理ですよね。当然、嫌なことは撮らない、使う映像は確認してもらうと約束してから撮影に入りました。それでも、すぐに心を開いてくれたのは、天内家のみなさんの人柄だと思います。
命をいただく意識
別の日、シゲはシカ狩りに出かける。シカの鳴き声に似た鹿笛でおびき寄せる。
シゲ シカ撃ちの場面は、普通あんな見事に決まるとは限らないんです。自分の映像を見て、「すご腕ハンターみたいじゃん!」って(笑)。あの日もいろいろ条件がそろわなくて、あきらめて移動しようとした矢先に、パっと見たらシカがいた。食肉にするには頭か首を狙う必要があって、立ったままだとすごく難しいんですが、うまく眉間に命中しました。
シカは仕留めてすぐにナイフで腹を裂いて血抜きをし、その場で内臓を取り出す。サケの頭をたたく場面もそうだが、観客から拒否反応があることは承知の上で、モザイクをかけたりすることなくそのまま映し出す。
福永 シカの解体シーンに抵抗を感じた人もいました。でも、普段スーパーマーケットでお金を払って肉を買うだけだと、生き物を殺(あや)めた上で命をいただいているという意識が薄れがちになると思うんです。シゲちゃんもそういうスタンス。だからあのシーンは外せなかった。
シゲは一人でシカ肉を処理場へ運び、自ら巧みにナイフを操って皮をはぎ、肉を切り分けていく。映画にも登場するシカ肉・クマ肉の販売会社の社員として生計を立てているのだ。
シゲと一緒にマレㇷ゚漁をするいとこの子ども、隆太郎の職業は漁師。漁船に乗って、網で大量の魚を獲る。食べるのに必要なだけ獲るのがアイヌの精神だが、仕事は別と割り切っている。「普段からアイヌを意識していたら、仕事できないもん」という言葉が印象的だ。
伝統の継承、若者の本音
映画はそんな若者たちのありのままの姿をとらえ、アイヌとして生まれた心情の吐露を聞きながら、そのさらに下の世代への文化や芸能の継承へと焦点を絞り込んでいく。
基輝を連れて初めてのマレㇷ゚漁。命の恵みを巡って若い父と子が交わす会話にじっくりと耳を傾けてほしい。
基輝本人は父から息子へのバトンをどう考えているのか、揺らぐ思いもありそうだ。映画の中で語っていた進路についても、すでに心変わりしているらしい。取材では、基輝から「自分のインタビューのところだけカットできないの?」と驚きの発言が飛び出し、「今さら無理だよ!」と監督がタジタジになる場面もあった。
しかしその真意について、すかさず母がフォローする。
愛香 お気に入りのTシャツで映りたかったのに、商標の都合で無地のものに着替えさせられて、テンションがダダ下がりだったんだよね(笑)。
基輝 インタビューで「高専に行きたい」と言ったのも、あの時点では家から一番近かったから。でも白糠に高校ができたからそっちでもいい。朝はギリギリまでダラダラしていたいし。高卒よりは専門学校の方が給料も高くなるからいいなと思っていて。
福永 基輝はマレㇷ゚漁やシカ撃ちをしているシゲちゃんを見て「父ちゃん、かっこいい!」と言うけど、いざ「自分もやりたいか?」と聞くと、「やりたくない」「高専に行く」「給料がいいから」と答える。でも一方で、学校では率先してアイヌ文化を紹介する委員会をつくって委員長になったりもする。全部ひっくるめて彼なんですよ。
シゲ 基輝も思春期に入っていろんな考えが湧き出ているんですよね。白糠高校だとアイヌの行事に参加する場合は公休扱いになるとか、そういう話もしています。コロナ禍でしばらく撮影がなかった間に、自分の仕事を含めて状況が変わったところもあるけど、それはそれで別にいいかなと。
福永 映画を撮り終えてからも生活は続きます。長いスパンで撮っていれば、その間にいろんな変化があるのは当然のこと。アイヌの血を引く若い人が、みんなシゲちゃんと同じ考えを持っているわけでもありません。「アイヌの伝統文化を広める活動を頑張っている人がいます」みたいな映画にするつもりはなかった。シゲちゃんは、あくまで自分が好きなことをやっていて、それが結果的に大きなものにつながっているだけなんですよ。
シゲ 小さい頃から生活の中にアイヌの文化が当たり前にあり、そこで育つ過程で伝統的なサケ漁に触れる機会があっただけ。「アイヌ文化を継承しよう」と特別に意識したことはないんです。だからこそ、自分の子どもらにもそれを強制するようなことはしたくない。自然と興味を持って育ってくれれば、それが一番いいと思っています。
シゲにとって、映画の公開に不安がまったくないわけではない。
シゲ 白糠町にはアイヌが多いですが、いまだ根強い差別もあって、基輝の通う学校の中には、親からルーツを聞かされておらず、自分がアイヌだと知らない子もいます。基輝には、「アイヌであることを気にする人もいるし、気にしない人もいる。ただ、お前は気にする必要はないし、差別されるいわれもない。お父さんも堂々とするから、お前がもし誰かに何か言われたとしても、堂々としてればいい」と言っています。
とはいえ、ワクワクの方がはるかに大きいようだ。取材は10月末、東京国際映画祭での上映に合わせて天内家が上京した際に行われた。前日にはレッドカーペットを歩いたという。
シゲ 監督とは友達として付き合っていたつもりなんだけど、昨日の会場では「世界のタケシ・フクナガ」を見せつけられた感がありましたね(笑)。大勢の観客やマスコミの前で流ちょうに英語であいさつしていて、めちゃくちゃカッコよかった。おかげでこんな貴重な経験をさせてもらえているんだって、基輝と二人でオンカミをしたんです。
基輝 壮志あんちゃん、基輝、本当に斎藤工と会ったんだよね? 夢じゃないよね?
福永 大丈夫、ちゃんと写真も撮ってあるから(笑)。
(文中敬称略)
取材・文・撮影:渡邊 玲子
作品情報
映画『アイヌプリ』 ©2024 Takeshi Fukunaga/AINU PURI Production Committee
・出演:天内 重樹 天内 愛香 天内 基輝 天内 芳樹 平澤 隆太郎 新藤 聡 内山 藤子
・監督:福永 壮志
・プロデューサー:エリック・ニアリ 福永 壮志
・撮影:エリック・シライ
・編集:出口 景子 川上 拓也
・音楽:OKI
・配給:NAKACHIKA PICTURES
・製作国:日本
・製作年:2024年
・上映時間:82分
12月14日(土)ユーロスペース他全国順次公開
【Profile】
福永 壮志 FUKUNAGA Takeshi
1982年、北海道伊達市生まれ。2003年に渡米し、07年ニューヨーク市立大学ブルックリン校の映画学部を卒業。15年、『リベリアの白い血』(原題:Out of My Hand)で長編映画デビュー。20年、2作目の『アイヌモシㇼ』を発表、トライベッカ映画祭(ニューヨーク)の国際ナラティブ・コンペティション部門に正式出品され、審査員特別賞を受賞。23年、長編3作目『山女』が公開。米ドラマ『SHOGUN 将軍』の7話、『Tokyo Vice S2』の5・6話の監督を務める。
渡邊 玲子 WATANABE Reiko
映画配給会社、新聞社、WEB編集部勤務を経て、フリーランスの編集・ライターとして活動中。国内外で活躍するクリエイターや起業家のインタビュー記事を中心に、WEB、雑誌、パンフレットなどで執筆するほか、書家として、映画タイトルや商品ロゴの筆文字デザインを手掛けている。イベントMC、ラジオ出演なども。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f2e94901cbdc668a295f8375a660652b643b7057