東京新聞 2019年11月17日 朝刊
1959年1月、南極昭和基地で第3次観測隊員の北村泰一さんと再会したタロ(左)、ジロ=北村さん提供
ロシア・サハリン(樺太)と北海道を生息地とし、南極観測隊のタロ・ジロで知られる樺太犬(からふといぬ)について、純血種はもはや存在しない可能性が高いことが、名古屋大博物館の新美倫子(みちこ)准教授(動物考古学)の調査で明らかになった。日ロで「最後の純血の一群」と目されてきた個体が、これまで樺太犬の原形とされてきた骨格の特徴を備えていなかった。千年以上、先住民や開拓者を支えた犬は消えてしまったのか-。 (モスクワ・小柳悠志)
樺太犬は五~九世紀、サハリンの海洋狩猟民とともに北海道に渡来した。当時の「オホーツク文化」の代表的遺跡であるモヨロ貝塚(網走市)などから、樺太犬の原形とされる骨が出土している。
大型で耐寒性に優れ、人にも従順なことから、サハリンではギリヤーク(ニブフ)などの先住民や移住した日本人がそり引き用に飼育した。日露戦争後、南サハリンが日本に割譲されると、大量の樺太犬が北海道に渡来。同時に、本州から渡ってきた秋田犬と交雑が進み、雑種化していった。
旧日本軍は第二次大戦時、犬ぞりの輸送力に注目して樺太犬を千島列島に配備するなど活用したが、逆にロシア(旧ソ連)では一九三〇年代以降、ソ連軍によって大量に殺処分された。現地報道などによると一日最大四キロもの魚を食べるため、人間の食料不足をもたらすと判断されたという。
近年はサハリン北部ネフラスカ村で、愛犬家が「最後の樺太犬」と呼ばれる約二十頭を飼育していた。北海道稚内市の犬愛好家が一九九九年に五頭を譲り受けたが、一頭が六年前に死んだ。骨を新美准教授が調査したところ、モヨロ貝塚などで出土した原形の特徴である、太い鼻づらと下あごの底部分の丸みを備えていなかった。
新美准教授は「日ロともに雑種化が進み、もはや以前の樺太犬はいないと考えられる」と結論づけた。今後、調査結果を樺太犬を巡る骨格の変遷としてまとめ、発表する予定という。
「樺太犬を無方針に飼育するならば、いつかは雑犬化し原形は失われる」。タロ・ジロら南極犬ぞり隊を編成した長野県出身の動物学者、故犬飼哲夫氏は六十年前、自著でこう警告していた。東西冷戦を背景に日ロで保存協力が進まなかったことも、純血が途絶えた背景にあるとみられる。
一方、本紙の取材では、サハリンで現在も二人が樺太犬の血筋を引く個体を飼育していると主張するが、オオカミと交雑させており純血ではないという。飼育者の一人、ニコライ・チャルキン氏(62)は樺太犬を先住民とのかかわりから「ギリヤーク犬と呼ぶべきだ」としている。
<樺太犬> サハリン(樺太)原産の大型犬で雄の平均体長は60センチ余。足の指の間に密毛が生える特徴がある。江戸期の探検家間宮林蔵らが、アイヌ民族やギリヤーク人がそりや船引きに犬を使う様子を記録している。南極探検では明治末期、白瀬矗(のぶ)中尉が樺太犬の犬ぞりを採用。1959年、昭和基地で前年から取り残されていた樺太犬15頭のうち、タロ・ジロの2頭の生存が確認されたニュースは、後に日米で映画化された。ロシア語の通称はカラフトケンかサハリン・ハスキー。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201911/CK2019111702000158.html
1959年1月、南極昭和基地で第3次観測隊員の北村泰一さんと再会したタロ(左)、ジロ=北村さん提供
ロシア・サハリン(樺太)と北海道を生息地とし、南極観測隊のタロ・ジロで知られる樺太犬(からふといぬ)について、純血種はもはや存在しない可能性が高いことが、名古屋大博物館の新美倫子(みちこ)准教授(動物考古学)の調査で明らかになった。日ロで「最後の純血の一群」と目されてきた個体が、これまで樺太犬の原形とされてきた骨格の特徴を備えていなかった。千年以上、先住民や開拓者を支えた犬は消えてしまったのか-。 (モスクワ・小柳悠志)
樺太犬は五~九世紀、サハリンの海洋狩猟民とともに北海道に渡来した。当時の「オホーツク文化」の代表的遺跡であるモヨロ貝塚(網走市)などから、樺太犬の原形とされる骨が出土している。
大型で耐寒性に優れ、人にも従順なことから、サハリンではギリヤーク(ニブフ)などの先住民や移住した日本人がそり引き用に飼育した。日露戦争後、南サハリンが日本に割譲されると、大量の樺太犬が北海道に渡来。同時に、本州から渡ってきた秋田犬と交雑が進み、雑種化していった。
旧日本軍は第二次大戦時、犬ぞりの輸送力に注目して樺太犬を千島列島に配備するなど活用したが、逆にロシア(旧ソ連)では一九三〇年代以降、ソ連軍によって大量に殺処分された。現地報道などによると一日最大四キロもの魚を食べるため、人間の食料不足をもたらすと判断されたという。
近年はサハリン北部ネフラスカ村で、愛犬家が「最後の樺太犬」と呼ばれる約二十頭を飼育していた。北海道稚内市の犬愛好家が一九九九年に五頭を譲り受けたが、一頭が六年前に死んだ。骨を新美准教授が調査したところ、モヨロ貝塚などで出土した原形の特徴である、太い鼻づらと下あごの底部分の丸みを備えていなかった。
新美准教授は「日ロともに雑種化が進み、もはや以前の樺太犬はいないと考えられる」と結論づけた。今後、調査結果を樺太犬を巡る骨格の変遷としてまとめ、発表する予定という。
「樺太犬を無方針に飼育するならば、いつかは雑犬化し原形は失われる」。タロ・ジロら南極犬ぞり隊を編成した長野県出身の動物学者、故犬飼哲夫氏は六十年前、自著でこう警告していた。東西冷戦を背景に日ロで保存協力が進まなかったことも、純血が途絶えた背景にあるとみられる。
一方、本紙の取材では、サハリンで現在も二人が樺太犬の血筋を引く個体を飼育していると主張するが、オオカミと交雑させており純血ではないという。飼育者の一人、ニコライ・チャルキン氏(62)は樺太犬を先住民とのかかわりから「ギリヤーク犬と呼ぶべきだ」としている。
<樺太犬> サハリン(樺太)原産の大型犬で雄の平均体長は60センチ余。足の指の間に密毛が生える特徴がある。江戸期の探検家間宮林蔵らが、アイヌ民族やギリヤーク人がそりや船引きに犬を使う様子を記録している。南極探検では明治末期、白瀬矗(のぶ)中尉が樺太犬の犬ぞりを採用。1959年、昭和基地で前年から取り残されていた樺太犬15頭のうち、タロ・ジロの2頭の生存が確認されたニュースは、後に日米で映画化された。ロシア語の通称はカラフトケンかサハリン・ハスキー。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201911/CK2019111702000158.html