alterna 2025/02/02
株式会社オルタナは2025年1月15日に「サステナ経営塾」20期下期第4回をオンラインとリアルでハイブリッド開催しました。当日の模様は下記の通りです。
① 企業とNGO/NPOのエンゲージメントとは何か
時間: 10:20~11:40
講師: 東梅貞義 氏(公益財団法人世界自然保護基金ジャパン事務局長)
第1講は、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの東梅貞義事務局長が、「経営層が知るべきグローバルな環境・サステナビリティ経営へのリスクと実現へのフレームワーク」をテーマに、講義した。
・WWFは、世界100カ国以上で活動する国際的な環境保全団体で、ミッションに「人と自然が調和して生きられる未来を築く」を掲げる。国内外の生物多様性の保全活動に携わってきた東梅事務局長は、「自然環境の保護だけではなく、人間がいかに自然と共生できるかをテーマに活動している」と話す。
・WWFジャパンは1971年に設立。現在は、「森林」「海洋」「水環境」「野生生物」「気候・エネルギー」「食糧」「市場変革」「金融」「ガバナンス」の9つの分野と、サステナビリティの分野に注力している。
・環境問題や社会課題が山積する中、持続可能な開発に貢献するセクターとして期待されるのが、NGOだ。なかでもWWFは、カナダの世論調査機関グローブスキャンの調査(2024年調査)で、NGOセクターのトップリーダーに選ばれた。
・世界経済フォーラムは、「グローバルリスク報告書(2024)」で、今後10年間で最も深刻なリスクとして「異常気象」を挙げた。次に「地球システムの危機的変化」「生物多様性の喪失と生態系の崩壊」「天然資源不足」と、環境にかかわる問題がトップに並ぶ。
・東梅事務局長は、「こうした中長期のグローバルリスクに対し、企業は『カーボンニュートラル・ネイチャーポジティブ(自然再興)経営』で対応できる」と強調する。そのためのフレームワークとして、次の3つを提案する。
1) コミット:自社の目標設定をする
気候変動対策であればSBTi、生物多様性保全であればネイチャーポジティブ中長期目標設定 (SBTN)などを活用しながら、科学的な根拠に基づいた目標を設定する
2) 情報開示:自社の気候関連財務情報/自然関連財務情報を開示する
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に対応し、金融機関・投資家との対話を行う
3) アドボケイト:政策アドボカシー
政策アドボカシーアライアンスなどに参加し、脱炭素社会や生物多様性の回復を実現するための政策に賛同や要請をする
・東梅事務局長は、「パリ協定と同じように、政治的な強いリーダーシップのもとで、2022年12月に『昆明・モントリオール生物多様性枠組』が採択された。しかし、生物多様性を回復する上での課題は多い。だからこそ先進的な企業リーダーへの期待が高まっている」と話す。
・世界の「生きている地球指数」(WWF)によると、この50年間(1970~2020年)で、調査対象の野生生物種の個体群の大きさが平均73%減少したという。
・TNFDフォーラムに参加している日本企業は273社、TNFD Adoptersに参加している日本企業は135社に上り、東梅事務局長は、日本企業の積極性を評価する。その上で、情報開示の中身をさらに充実させるため、WWFが独自に抽出した4つの「TNFDキーポイント」を紹介した。
1)TNFD で開示するマテリアリティの選択
2)4つの自然関連課題の特定・評価、および優先地域の特定
3)ミティゲーションヒエラルキー (マイナスインパクト回避の優先)
4)IPLC(先住民族と地域社会)と、影響を受けるステークホルダー
・東梅事務局長は、「生物多様性は、人間の暮らしやビジネスにも大きな影響を与える。近年、企業や行政、NGOなどがそれぞれの強みを活かし、協働するネイチャーポジティブの取り組み事例が増えている。企業が『カーボンニュートラル経営』や『ネイチャーポジティブ経営』を実践するためにも、NGOの力を有効活用してもらいたい」と話した。
②人的資本経営とガバナンス
時間: 13:00~14:20
講師: 大喜多 一範氏(株式会社Future Vision代表取締役/株式会社オルタナ オルタナ総研フェロー)
第2講は、株式会社Future Vision代表取締役/株式会社オルタナ オルタナ総研フェローの大喜多一範氏が「人的資本経営とガバナンス」をテーマに講演した。これからの人材戦略に求められるものとして、3つの視点と5つの共通要素があると語った。
・人的資本経営とは、「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」である。
・2023年3月31日に終了する事業年度の有価証券報告書から、「人材育成方針」「社内環境整備の方針」などこれらの方針に関する指標の内容などの開示が求められた。「従業員の状況」において、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異といった女性活躍推進法等に基づく人的資本指標の開示の拡充も要請されるようになった。
・人的資本経営は、企業ガバナンスの中核に位置付けられるべき要素であり、経営戦略やステークホルダーとの信頼構築を支える役割を果たす。一方で、ガバナンスは人的資本経営を実現するための方向性を示し、透明性や持続可能性を確保する重要な仕組みでもある。つまり、人的資本経営とガバナンスは、企業の成長と価値向上を目指す上で不可分の関係にある。
・経済産業省「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」では、これからの人材戦略に求められるものとして、3つの視点(パースペクティブ)と5つの共通要素(コモンファクターズ)を合わせた「3P・5Fモデル」として整理している。
・3Pは、人材戦略を検討する際の視点だ。①経営戦略と人材戦略の連動②現状と理想のギャップの定量把握③人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着――という3つの視点をもって俯瞰することを求めた。
・5Fでは、すべての企業に共通して取り組むべき人材戦略の共通要素(コモンファクターズ)を定めた。①動的な人材ポートフォリオ、個人・組織の活性化②知・経験のダイバーシティ& インクルールージョン③リスキル・学び直し④従業員エンゲージメント⑤時間や場所にとらわれない働き方――の5つだ。
③ワークショップ: 自社における人権課題の洗い出し
時間: 14:35~15:55
講師: 森 摂(株式会社オルタナ 代表取締役/オルタナ編集長)
サステナ経営塾第20期下期第4回の第3講ではワークショップを行った。人権に関するワークショップを行った。講義の後、グループワークを実施。社内と社内それぞれの人権課題の洗い出しを行い、各グループが全体発表を行った。概要は下記の通り。
■講義
・国連が2011年に「人権とビジネスに関する指導原則」を公布し、日本でも2020年に指導原則に基づき国別行動計画(NAP)を発表した。企業に対しては「人権デュー・ディリジェンス(人権DD)」の導入を期待すると盛り込んだことが大きな特徴だ。
・人権DDはステークホルダー全体を対象にするが、最重要なのは従業員とサプライチェーンだ。特にハラスメントなど社内で起きる人権リスクが顕在化することは、企業にとっても大きな打撃となる。
・経産省・外務省の調査によると、上場企業760社のうち7割が人権方針を策定し、5割強が人権DDを実施ている。しかし、外部ステークホルダーの関与は3割にとどまっている。人権DDにおいて外部の関与は必須であり、この数字はより高まっていく必要がある。
■グループワーク
・グループワークでは、サプライチェーンに対してアセスメントを実施する際に回答率の低さや回答を受け取ってもその後の対応までできていないといった悩みが共有された。参加者の企業の事例として、リスクの高い天然資源についてTier1の94%にアセスメントを実施していると紹介。アセスメントを行うだけではなく、普段からの信頼関係の醸成が回答率の高さにつながっているとした。また、サプライヤー向けに通報窓口を設置しているという事例も共有された。
・社内の取り組みでは、内部通報窓口の設置や人権教育を実施し、特に上位職の受講を義務化するなどの事例が多くの企業事例として報告された。社内浸透についての課題感も共有され、ある企業では専門用語をよりわかりやすい言葉に置き換えたり、膨大な資料をモーション動画にして研修などで使用したという事例が共有された。
・一方、自社の取り組みについて「リスク対応や人権対応ができておらず、これがそもそもリスクであると感じている」という危機感や、「社内の人権アセスメントは従来のコンプライアンスの一環で行っており、改めて人権アセスメントとして何をやっているのか問い直したい」といった声が聞かれた。
④企業事例: 日立製作所のサステナ経営戦略
時間: 16:10~17:30
講師: 増田 典生氏(株式会社日立製作所 サステナビリティ推進本部 主管/一般社団法人ESG情報開示研究会 共同代表理事)
第4講は、株式会社日立製作所 サステナビリティ推進本部 主管の増田典生氏が、「日立製作所のサステナ経営戦略」と題して講義した。
・日立製作所は、リーマンショック後の危機を乗り越えるために、積極的に「ポートフォリオの再編」に取り組んできた。「社会イノベーション事業」にフォーカスし、成長が見込めるデジタルやグリーンに親和性がある事業で「選択と集中」を進めた。
・再編に際して、キーワードは「持続可能な社会の実現」だった。「環境」「ウェルビーイング」の追求を事業の軸に置き、ESGに力を入れてきた。「E(環境)」では、2030年度までに自社の事業所でのカーボンニュートラル、2050年度までにバリューチェーン全体を通じたカーボンニュートラルを掲げる。
・「S(社会)」では、役員層の女性・外国人比率を2030年度までに各30%に増やすことを目指す。2023年には役員の報酬制度とサステナビリティ戦略を連動させ、さらなるサステナ経営の強化を図った。具体的には、短期インセンティブのうち、20%をサステナビリティ戦略の結果に基づいて決定するとした。
・「G(ガバナンス)」の強化にも取り組んできた。取締役の「監督」と「執行」の役割を明確にし、今では「監督」にあたる取締役の過半数を「社外」取締役が務める。
・ダイバーシティの推進も重要課題と捉える。ダイバーシティと企業価値の向上に相関関係があることを示し、経営層への浸透を図った。グループ全体では日本国籍者が4割、それ以外が6割に上る。
・こうした非財務価値を可視化するために、京都大学と連携して「現状分析(ESG経営分析)」と「未来予測(未来シナリオシミュレーション)」を実施した。現状分析では、女性管理職比率が売上高に貢献している結果などを得た。
・未来予測にはAIを活用した。複数の条件をAIに与え、2035年のESG経営のシナリオをシミュレーションした。最も良い未来シナリオに至るために打つべき施策を、AIが描出した。経営幹部からは、「議論を深める材料になる」「人減には限界もある。AIのサポートを期待したい」といった前向きなフィードバックがあった。
・最後に、一般社団法人ESG情報開示研究会(東京・千代田)を紹介した。増田氏が共同代表理事を務めており、会員は120社・13団体に上る(2024年12月1日時点)。同研究会の目的は、企業情報開示のあり方を探ることだ。統合報告書のあり方や、人的資本の開示方法などを検討しており、会員企業・団体を受け付け中だという。
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