ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト October 23, 2014
Dan Vergano,
National Geographic News
シベリアの川岸で見つかった4万5000年前の男性の大腿骨から、現生人類とネアンデルタール人の混血が起きた時期を特定したと、国際的な遺伝学者チームが発表した。
ウスチ・イシムという村落の近郊で発見されたこの大腿骨は、アフリカや中東からこれほど遠く離れた地域で見つかった現生人類の骨としては最古のものに属するという。今回の研究では、大腿骨からDNAを採取し、全遺伝子情報(ゲノム)を解析した。ゲノムを解析された現生人類の骨としては、同じくシベリアで見つかった約2万4000年前の男児のものがこれまで最古だったが、今回の解析で年代を一気に倍近くさかのぼったことになる。
今回のDNA解析の結果、ネアンデルタール人の遺伝子が交配によって初めて現生人類の遺伝子プールに加わったと推定される時期が、今から5万~6万年前にまで絞られた。
「これほど古い初期の現生人類から、質の良いゲノム配列を得られたことは非常に喜ばしい」と研究著者の1人で、ドイツのライプツィヒにあるマックス・プランク進化人類学研究所の遺伝学専門家ジャネット・ケルソー(Janet Kelso)氏は述べる。
同じく今回の研究に参加した同研究所のスバンテ・ペーボ(Svante Paabo)氏が近年行ったDNA研究では、現代人からネアンデルタール人の痕跡が見つかっている。現代のユーラシア人は、一般に遺伝子の約1.6~2.1%がネアンデルタール人との交配の影響を受けている。
◆初期の接触
ネアンデルタール人と現生人類は、早ければ10万年前には中東地域で接触していたことが考古学研究で明らかになっていると、ウィスコンシン大学マディソン校の古人類学者ジョン・ホークス(John Hawks)氏は述べる。しかし今回のDNA解析の結果は、実際に混血の起きた時期がそれよりずっと後だったことを示すとみられる。
これまでの研究では、現生人類とネアンデルタール人が最初に交配した時期は今から8万6000~3万7000年前とされていた。
今回の研究では、遺伝子の交換が行われた後、ネアンデルタール人の遺伝子が時間の経過とともにどの程度失われていったかを計算することで、混血の起きた推定時期の範囲を5万~6万年前にまで絞った。今回の“ウスチ・イシム人”はネアンデルタール人の遺伝子を約2.3%有していたのに対し、現代人は一般に2.1%以下しか有していない。
研究チームは、遺伝子の突然変異率を“時計”代わりにして、現生人類がネアンデルタール人の遺伝子を獲得した時期を推定した。
「今回の研究は、この点に関してかなり説得力があると思う」とホークス氏は述べる。ただし、現生人類とネアンデルタール人との混血が1度限りの出来事だと考えるのは「まず間違いなく極論であり、長期間にわたって複数回の接触がもたれた可能性がある」という。
おそらくは2度目の、より最近の接触が、現代の東アジア人においてネアンデルタール人の遺伝子の保有率がやや高いことの理由になっている可能性があると、今回の研究は述べている。
◆アジアへの移動
今回ゲノムが解析された大腿骨骨幹部は、2008年にロシア、シベリア西部のウスチ・イシム近郊を流れるエルティシ川のほとりで見つかった。川の上に切り立った崖が浸食されて露出した骨を、ロシア人の象牙彫刻家で歴史家のニコライ・ペリストフ(Nikolay Peristov)氏が発見し、採取したものだ。水滴のような形の横断面から、2010年に人骨と断定された。
この大腿骨の年代は、シベリアで見つかっている“最古の狩猟採集民”の遺物が示唆するように、初期の狩猟採集者たちがヨーロッパやアジアへ拡大したのが今から6万年前以降だとする説を裏付けるものだと、研究チームのケルソー氏は述べる。
「この地域に実際に現生人類が存在したことが、今回われわれの研究で証明された。4万5000年以上前のシベリアは気候が今よりやや温暖だったため、現生人類がこの地域まで移動してきた可能性がある」とケルソー氏は述べる。
この大腿骨の持ち主は、現代のアジア人とアメリカ先住民、双方と同程度の遺伝的な近さを有するとみられる。また驚くことに、この人物はそれら現代人に対するのとほぼ同等の遺伝的な近さを、2万4000年前のシベリアの男児や、他のDNA研究で年代を特定された石器時代のヨーロッパの狩猟採集民とも有するようだと、ユタ州ソルトレークシティにあるユタ大学の古人類学者ヘンリー・ハーペンディング(Henry Harpending)氏は指摘する。同氏は今回の研究には参加していない。
一方、同じ現代人でも、ヨーロッパ人とはそれほど遺伝的に近くない。これはおそらく現代のヨーロッパ人が、1万年あまり前に中東からヨーロッパに移住した農耕生活者の遺伝子も受け継いでいるためだ。
DNAから判断する限り、今回の骨の持ち主は、どの現代人の直接的な祖先でもなさそうだ。可能性としては、太古の昔にヨーロッパや中央アジアに移り住み、氷河期に死に絶えた石器時代の人類の一派に属していたのではないかと考えられる。
今回の研究は10月22日付で「Nature」誌オンライン版に発表された。
Photograph by Peter Blakely / Redux
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20141023003