昨日は雨の中、YUJIさんのお通夜に行ってきました。ボジョレーの会のお仲間にいれてもらい、待ち合わせていきました。途中、西日暮里と日暮里を間違えて(わたしがひとり間違えたのですが)青くなってかけつけました。東京の駅名、まちがえやすい。ちなみに、わたしのいるところは、西国分寺。国分寺とよくいっしょにされますが、違う駅です。
菜の子先生の蝶の口みたいな髪型を考えたYUJIさん。菜の子ちゃんの全国不思議案内はこれからまだまだ続くシリーズです。闘病の合間も、意欲をもって絵筆をとっていたそうで、最後まで書けないことが、どれほど心残りだったでしょう。

昨日は、絵の教室の生徒さんたちもいて、やさしい先生で『習っているのに、癒やされに行ってるようだった』といっていました。それが、YUJIさんを現すのにぴったりな言葉におもえました。そんな風にYUJIさんのお人柄にひかれた人たちが、たくさん集まってきていました。
わたしはボジョレーヌーボーの会でYUJIさんとお話させてもらいました。数回でしたが、とても印象にのこりました。去年は、闘病の合間だったのでしょうが、とてもお元気でサインまでしてもらって、それが壁にはってあります。もう、はがせなくなってしまいました。
生きていくというのは、お別れを繰り返していくことでもあるんですね。この年になるとそう思えます。
今年は、親友との別れもありました。
YUJIさんのご冥福を、心からお祈りしています。
菜の子先生の蝶の口みたいな髪型を考えたYUJIさん。菜の子ちゃんの全国不思議案内はこれからまだまだ続くシリーズです。闘病の合間も、意欲をもって絵筆をとっていたそうで、最後まで書けないことが、どれほど心残りだったでしょう。


昨日は、絵の教室の生徒さんたちもいて、やさしい先生で『習っているのに、癒やされに行ってるようだった』といっていました。それが、YUJIさんを現すのにぴったりな言葉におもえました。そんな風にYUJIさんのお人柄にひかれた人たちが、たくさん集まってきていました。
わたしはボジョレーヌーボーの会でYUJIさんとお話させてもらいました。数回でしたが、とても印象にのこりました。去年は、闘病の合間だったのでしょうが、とてもお元気でサインまでしてもらって、それが壁にはってあります。もう、はがせなくなってしまいました。
生きていくというのは、お別れを繰り返していくことでもあるんですね。この年になるとそう思えます。
今年は、親友との別れもありました。
YUJIさんのご冥福を、心からお祈りしています。
