新刊の「音楽する脳」を読んでいたら、次のような箇所が印象に残った。(176頁)
「基本的に人は常に新しいものに触れ続けると脳がその情報を処理するためのエネルギーをたくさん使ってしまうため疲れてしまいます。一方、常に当たり前すぎるものに触れ続けても脳は飽きてしまい、知的好奇心や感動も生まれません。
このように、あまりにも予測からズレすぎず、当たり前すぎない「微妙なズレ」に、人はなんともいえない感動を覚えると考えられています。ある程度わかるけれど、ちょっとわかりづらい「予測や経験からの微妙なズレ」が、知的好奇心や興味をくすぐるのです。」
以上のとおりだが、人が「大きな変化」ではなくて「微妙なズレ」を好むって、なんだか分かるような気がしますね。音楽に限らず選挙だってそう。
たとえば、昨日(13日)行われた注目の「台湾総統選挙」は現在の政権「親アメリカ=中国と対立」を受け継ぐ形で、見事な保守党の勝利となった。
台湾国民は大きな変化を望まなかったわけだが、おそらく「習近平」さんが歯ぎしりをしていることだろう。
香港であんなにひどい「自由と言論の弾圧」をしたんだから、その実例を見た台湾の国民が一斉に引いたのはよくわかる。
「香港と台湾とどちらが大切か」となると、比較にならないほど後者の比重が大きいのに、あんな馬鹿なことをして・・。
結局その報いが来たわけだが、もし本気で台湾の統一を願うなら「北風と太陽」の 太陽政策で行かないとね・・。
おっと、政治の素人の「生兵法」はこのくらいにしておこう(笑)。
で、本題に戻って・・、著者はこの「微妙なズレ」を「ゆらぎ」とも称している。
モーツァルトの音楽は微妙な「ゆらぎ」に満ちているが、実はオーディオにおいてもその「ゆらぎ」を求めて毎日のように悪戦苦闘しているのではあるまいか・・、に思い至った。
音は空気の振動だがその物理現象を「音楽」に変換するのは「脳」なので、毎日同じ音ばかり聞いていても飽きてしまう、で、ちょっとした変化を求めて何かしら「システム」のどこかを弄りたがるのが我が家では常態化している。
このブログの読者ならお分かりのとおりですね(笑)。
これはけっして自慢できるような話ではなく移り気な自分の性格がなせる業だと、これまでやや否定的に思ってきたのだが、脳の働きからするとごく正常な取り組みなのかもしれないと、どうやら自信らしきものが湧いてきた。
これで「また始まったか!」と、他人の目を気にすることなく記事が書ける~(笑)。
というわけで、実践例を一つ。
我が家には6系統のスピーカー(以下「SP」)があり、「そんなに持っていてどうする」と詰められそうだが、それぞれに何かしら「いいところ」を持っているので、どうも捨てがたい。
で、理想としては6つの部屋があってそれぞれにSPを置きたいところだが、それは無理なので仕方なく一つの部屋で聴きたいSPをリスナー席の正面に移動させることになる。
それぞれのSPはある程度の重量があり、持ち上げて移動させるのはよほどの体力の持ち主でないと無理なのでSPの下に移動用の滑車を付けて移動しやすいようにしている。
で、かねてからこの「移動滑車」が無ければもっと音が良くなるかもしれないという思いがずっと捨てきれなかった。つまり、床(コンクリート)と直接に接しているこの滑車が大切な「箱」の振動に影響を与えていそうなことは経験上わかっている。
まあ、ほんのちょっとした差かもしれないが、手間を惜しむようでは「気に入った音」は永遠に得られない(笑)。
そこで、久しぶりに「AXIOM80」(オリジナル)の登場となった。
何しろ、板厚が「1.5cm」なので軽くて持ち上げやすいので、実験には最適。
下に3点支持(前方に二つ、後方に一つ)でインシュレーター(木)を噛ませてみることにした。
これで「滑車」が完全に浮いた状態になった。再度移動させるときはこの木を取り外せばいい。
そして、ワクワクドキドキしながら出てきた音に耳を傾けてみると、なんとまあ・・・。
自画自賛は「はしたない」ので、この辺で止めておいたほうが良さそうだね、読者の不興も買うしね~(笑)。
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