パオと高床

あこがれの移動と定住

藤維夫「苦しむ秋」(「SEED24号」2010/12/10)

2010-12-27 00:17:22 | 雑誌・詩誌・同人誌から
24号の「SEED」には藤維夫さんの詩5編が収められている。その中から、言葉の面白さの一端を感じられた一編、「苦しむ秋」。

秋はどこの空にあるのか
あれは宇宙の空
沈黙の語り部たちの群れ
そこまではるばる降りてきた星のように見上げる
地上からのエコーとともに
樹木も隠れている

19行の詩の第一連である。ここで、すでに詩の言葉は、不可能を可能に変える不在の描写、逆説的に存在させるという行為を見せる。
「どこの空にあるのか」は、反語と言うよりも問いでありながら、秋の不在を告げ、同時に「秋」を表記することで、「秋」の気配を漂わせる。そして、「宇宙の空」とくる。これも言葉によってしか存在しえないものだ。さらに「沈黙」という言葉で、沈黙を語りながら、「沈黙の語り部たち」という表現は、「群れ」につながって、どこか沈黙のざわめきを記している。そして上下の転倒の世界が書き込まれる。言葉は背離を記述する。
そして、第二連。

風に煽られるうつろな世界
ひとりでに滅んで行く風のはやさ
川の落込む流れに沿えば
虚像のさしこむ陽の高さではかられる
おお歩幅の短い痕跡は誰のものか

ここで、文字通り「虚像」のさしこむ言葉の世界への向き合いが語られるのだ。うつろさは風に煽られる。これは逆に実体である。その記述された言葉は、しかし、「ひとりでに滅んで行く」風であり、その速度であるのだ。記述される言葉は、その速度を、どう決め込むのだろうか。ボクらの生の速度は言葉の速度と、どう折り合いをつけるのか。あるいは、時代の速度は、どこで言葉の速度と折り合いをつけるのか。終連は、こうなる。

息に苦しむ秋だったりして
宵の道連れは念珠の坂をくだり
魚と貝 見捨てられた村まで遠い
千年の速さで
歩行はゆるみ
白いダケガンバの森を求めて行くだろう

求められる「ダケガンバ」の森とは何だろう。そこに、再生への契機を孕む詩の速度と同時に、苦しむ秋の現況が見えるのかもしれない。世界の速度は、ボクらの築き上げてきたはずの時間を裏切ってしまう。ただ、言葉は、不在の記述によっても、存在のありかを刻む可能性に賭けられる。


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桜庭一樹『少女には向かない職業』(東京創元社)

2010-12-17 22:51:25 | 国内・小説
ストーリーを話すわけにはいかないのかもしれない。で、多くの人が話を知っているのだろうが、これは「東京創元社」の「ミステリ・フロンティア」の一冊で、ストーリー展開自体も面白いので、筋は書かない。すると、表紙カバーのキャッチにいっちゃう。

「島の夏を、美しい、とふいにあたしは思う。
 -強くなりたいな。
 強くて優しい大人になりたい。力がほしい。でも、どうしたらいいのかな。

 これは、ふたりの少女の凄絶な《闘い》の記録。」

文体は速度感がある、洒落て、軽い文体。ただ、ライト・ノヴェルかと言われると、そのライトの定義もはっきりしないのだが、何だか違う。軽いけど、重いのだ。ゲームのような感覚も取り込みながら、それをうまく借用しながら、何か、今どきの痛さや重さをきちんと伝えてくる。大西葵13歳と宮乃下静香13歳の《闘い》が描かれているのだ。夏休みから牡丹雪の降る大晦日まで、登場人物は歩き、話し、走り、泣く、もちろん笑い、そして……。

一気に読めてしまう、読書の時間が持てた。
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