パオと高床

あこがれの移動と定住

ウィリアム・レイ編『知をみがく言葉 レオナルド・ダ・ヴィンチ』夏目大訳(青志社)

2009-05-29 23:03:57 | 詩・戯曲その他
ダ・ヴィンチの言葉で編まれた一冊。「芸術」「科学」「人生」という三つの項目に分けられている。「芸術」と「科学」が経験を通して深く密接に繋がれている。その言葉もさることながら、差し挟まれた56編のデッサン、スケッチが凄い。

「優れた画家にとって、重要な題材は二つある。人と魂の動きだ。前者を描くことは優しいが、後者を描くのは難しい。」
克明な観察と原理への思考、その先で書かれた言葉だ。

「我々の魂が調和から成り立っていること、その調和は、全体の構成要素がすべて同時に見えた時、聞こえた時にのみ作られるということを知っているか。」と、調和の美を語り、
「この宇宙には、様々な形があり。様々な色があり、様々な性質を持ったものが溢れている。だが、そのすべては、ある一点に集約される…それは驚くべき一点だ。驚いたことに、すべては必然なのだ。すべては自然の法則がはたらいた結果、必然として生まれた。一切、無駄はない。まさに奇跡だ。」と、神と自然を一体化させる。
「自然は喜びに満ちている。植物の種類も実に豊富だ。どれ一つとして似ているものはない。種の違いだけではない。同じ種でも、枝と枝、葉と葉、果実と果実、完全に同じものは決して見つからない。」すでにルネサンス人であるダ・ヴィンチは類似性よりも分析的な差異性に目ざめてもいるのだ。

横になって、デッサン見ながら、書かれた言葉について考えてみる。ため息がでる。

ストラディヴァリウス・サミット・コンサート

2009-05-25 11:47:44 | 雑感
2007年に聴きに行って以来二度目になる。
相変わらず、その音色の美しさと難しさを感じさせないくらい手慣れて余裕すら感じさせる技術に酔いしれた。
ベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツは、ベルリン・フィルのメンバーを中心にした、ストラディヴァリウスを演奏できる奏者による弦楽アンサンブルだ。
今回は、ドイツの四月の変わりやすい気候を思わせるような曲目にしたと解説されていた。確かに、バッハ、ショスタコーヴィチ、ヴィヴァルディ、ヒンデミット、チャイコフスキー、ボッテジーニ、サラサーテ、さらにアンコールでモーツァルトという選曲は、多彩だったかもしれない。
ヴァイオリンがメインの曲から、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと、それぞれの弦楽器がメインを務める曲目が選ばれていて、選曲に工夫が凝らされているという印象があった。
休憩までの前半、バッハに始まり、ショスタコーヴィチからバッハという曲の流れは、まるで、バッハによる20世紀への鎮魂のような感じがした。「コントラバスのパガニーニ」と呼ばれていたらしいボッテジーニの「悲歌第一番」では、コントラバス演奏の面白さと大変さが伝わってきて面白かった。
チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」、アンコール一曲目の「弦楽セレナーデ」、チャイコフスキーの旋律はやっぱりいいな。そして、モーツァルトをお聴かせせずには帰せませんと語りながらのアンコール二曲目、最後の曲になった、モーツァルト、これにつきるという感じだった。満足。
挨拶と解説をする奏者の日本語がさらに上達していた。

ソウル観光(4)国立中央博物館

2009-05-22 02:39:17 | 旅行
国立中央博物館に行った。
なんと入場無料。すばらしい。地下鉄の駅を出て、五月の陽光の中、街路樹のある歩道を歩く。すると国立中央博物館の二棟の建物が見えてきた。その東館と西館の間から南山タワーが借景のように見える。敷地が広い。たくさんの人たちがいたが、博物館に入らずに、その敷地の中の公園や劇場に向かっている人たちもかなりいた。

まず、西館一階のレストランでビビンバを食べて腹ごしらえをする。そして、荷物をロッカーに入れて、さあ、展示品の海へ。ここはカメラ持ち込み可。フラッシュは禁止。

最初に、東館三階の一番奥、あの「半跏思惟像」に会いに行く。類似点の多い、広隆寺の「半跏思惟像」は広隆寺の霊宝殿の中に他の仏様と一緒にいらっしゃって、圧倒的な美しさと存在感があった。仏様は寺内から、博物館に移ったときに、どうしても美術品になると言われることがあるが、この中央博物館の「半跏思惟像」は、むしろそうであることまで含めて、展示に工夫がなされていた。
「半跏思惟像」のためにほぼ正方形の一室が作られていた。照明は極力暗い。そして、薄明かりのようなスポットが四方から、部屋の中央ガラスの中で瞑想している像を照らしている。まるで暗がりに、宇宙空間に、座したまま浮かんでいるように見える。ボクらは、ゆっくりと「半跏思惟像」を回ることができるのだ。心ゆくまで対話ができる。そんな時間が、そこにはあった。

この博物館は、三国時代の展示が新羅室、高句麗室、百済室、伽邯室と国ごとのブースになっていて、それぞれの違いや共通点がなんとなくわかるようになっている。新羅はほんとうに黄金の文化だ。他にドラマ「ソドンヨ」の香炉の元がこれかなと思える香炉など、なかなか、この博物館も時間がいくらあってもたりないようなところだった。疲れたら休めるスペースや椅子が結構多くて、すやすや休んでいる人たちもいた。伝統喫茶店もあって、そこで、お茶した。あまり、ばたばたせずに、自分のペースで、外の景色を見たりしながら、ゆっくり過ごせる場所だ。

一階、メインホールの突き当たりにある十層石塔は威容だった。

ソウル観光(3)チャングム・テーマパーク

2009-05-17 20:20:48 | 旅行
遅まきながら、「チャングム・テーマパーク」に行った。テレビのセットをそのまま開放したところ。ソウル市内から地下鉄に乗り、50分ぐらいで楊州駅に着き、そこからバスで20分くらいというところにある。このバスが結構くせ者で、うまく時間が合わないと、バスを待つことになる。往きは、楊州駅からタクシーに乗った。
セットはなかなか、よく作られていた。面白いのは、こんなところにこれほど凝っているとはと思わせる半面、逆に、これだけのものがよくあんなに豪華に映っていたものだというところがあったりするところで、テレビのマジックである。また、四阿ひとつを撮影の角度を変えることで、いくつかの場面にしていたり、段差をうまく使って別の場所のような印象を与えたり、へえーの連続だった。特に、わかりやすかったのは、チャングムの母とハン・サングンが作った酢を埋めていた場所。そのすぐ横に日記の隠し場所が作られていたのはなかなかだった。それと、よく出てきた牢屋の作りのリアルなこと。
個人でプラプラ回っても楽しいし、ガイドさんの手際よい解説を受けながら、ポイントを押さえて名場面思い浮かべながら回るのも楽しいと思う。トックおじさんの写真の笑顔もよかった。あっ、それから、ホジュンの家もあった。

帰りは、駐車場整理していたお兄ちゃんにバス停を聞くと親切に教えてくれた上に、駅行きのバスが来ると「ヤー、ヤー」と呼びかけて、そのバスに乗れと合図してくれた。韓国に行くと様々な親切に出会う。
ソウルから半日で行ける楽しい場所だった。

この地下鉄一号線、山登りの登山口になっている途中駅が幾つかあって、それぞれの日曜登山グループが、目的の駅で降りていた。本当に、韓国の人は山登りが好きなようだ。

ヘレーン・ハンフ編著『チャリング・クロス街84番地』江藤淳訳(中公文庫)

2009-05-16 09:46:19 | 詩・戯曲その他
1949年10月5日に、ニューヨークに住むヘレーン・ハンフが、ロンドンのチャリング・クロス街84番地にある古書店マークス社にあてた一通の注文手紙で始まる往復書簡集だ。
最後の日付が1969年10月。二十年に渡る交流の手紙は、古書への愛情と人への愛情に溢れていて、静かに心に沁みてくる。お気に入りの古書が送られてきたときの喜び、その本への慈しみ。古書が期待を裏切ったときの落胆とユーモラスにくわえられる手厳しい批判。それらの本を探してくれるマークス社とその担当者への敬意と思いやり。最初は古書の注文だったものが、大戦後の物資の乏しいロンドンへのお礼の肉や卵の送付になり、ついにはマークス社の人々や担当者の家族とのやりとりにも広がっていき、ハンフの友人との交流にもなっていく。その過程で注文の手紙はお互への節度を持った交流の手紙に変わっていく。ここにある「手紙の世界」は、背景にそれぞれの現在を秘めた、物語りきらない物語の世界となって、想像力をやさしく刺激する。そして、最後に読者は二十年という時の経過に、思わず、「あっ」と、気づかされるのだ。
江藤淳は「解説」で、次のように書いている。「『チャリング・クロス街84番地』を読む人々は、書物というものの本来あるべき姿を思い、真に書物を愛する人々がどのような人々であるかを思い、そういう人々の心が奏でた善意の音楽を聴くであろう。世の中が荒れ果て、悪意と敵意に占領され、人と人とのあいだの信頼が軽んじられるような風潮がさかんな現代にあってこそ、このようなささやかな本の存在意義は大きいように思われる」と。
訳者紹介の江藤淳の写真が痛い。

神田の古書店、高田の馬場の古書店、大学のある街のすみにふっとある古書店。それらが頭に浮かぶ。と同時に、行ったこともないロンドンやヨーロッパの街の古書店が、今まで読んだ本から受けた印象で、勝手に頭のなかでだけ作られる。そういえば、古書店ではなかったけれど、須賀敦子さんの書店もよかった。

この文庫本。表紙もしゃれている。